第6話

「まぁ、どう足掻いても一年はここに居なきゃならない訳だし……」 


 賢治は思う。結城レイのミスとはいえ……何もしないで一年を過ごすのはどうなんだと。だったら、アニメの世界を楽しむのも悪くないんじゃないか?


「あぁ……なんだ。その、手伝ってやってもいいかな」


 返事を聞いた千秋は賢治に礼を言うと小さく笑って見せた。


「人数が多いほうが頼もしいね」




§§§




 昼下がりの公園は人影もなく、廃れた鉄棒と塗装の禿げたベンチが横たわっているだけであった。一樹はそのベンチに腰掛け、鞄から取り出した煙草に火を着けた。


 なにしてんだろうなぁ……俺は……。


 溜息と共に吐き出た煙はぼんやりと青空へ漂う。一樹はその様子をただ眺めていた。


 俺は……今すぐにでも帰らなくちゃならねぇんだ。


 一樹は今日までずっと元の世界へ戻る方法を探っていた。魔法使いである結城レイの母親に助力を求め、彼女と共に召喚魔術について書かれた本を読み漁った。一樹は見たこともない文字で書かれた本に最初こそ戸惑ったが、レイの母親から簡単な単語、『帰還』、『破棄』の文字を教えてもらい、その単語が記されたページをひたすら探すという作業を行った。

 しかし、どれも究極の召喚魔術が如何に完璧で、術者と召喚された精霊間の契約の強力さがどれほどのものかを記したものばかりで、究極の召喚魔術の契約破棄について記された本は存在しなかった。

 それは一樹にとって今すぐに帰還することは不可能であることの裏付けでしかなく、調べれば調べるほど諦める他ないことが明確になっていくだけであった。


 一樹はベンチの横にある灰皿スタンドに吸殻を押し付けた。


「一年もこんなところで遊んでいられるほど……余裕なんてねぇよ」


 一樹がそう呟いた時だった。


「お~い!!」


 公園に見覚えのある女の子が駆け込んできた。彼女は息を切らしながら一樹に近づいた。


「はぁはぁ…。ふ~、疲れたぁ」


「んだよ……お前」


 一樹の目の前に立つのはレイであった。彼女はまだ、下を向いたまま息を整えている。短い呼吸を繰り返しながらもレイは声を振り絞る。


「千秋君から聞いたんだよ……。帰っちゃったって」


「それがなんだよ」


「……何か嫌なことでもあったの?」


「……あぁ、あったぜ?」


「やっぱり……そうなんだ」


 そう言って彼女は顔上げ、息苦しさを隠すような笑顔を一樹に向けた。額には薄っすらと汗が滲み、頬も少し赤く染まっている。


「あのね!私、一樹君の力になるよ!」


 えへへと笑う彼女の子供のような無邪気な笑顔は、一彼女の言葉が彼女の純粋な意思であることを一樹に感じさせた。


「あ?」


 それでも、一樹は差し伸べられた手を払いのけた。


「相談してくれたら!私が何とかして」


 レイは一樹の拒絶に気づかないまま、続けて彼に微笑みかけた。だが、一樹は彼女の声も優しさも遮るくらいの怒号を彼女に浴びせた。


「原因はテメェだよ!!」


「そ、そんな……」


 お前が余計な事をしなければ、俺はこの世界へ来ることはなかった。お前の心底どうでもいい、うかれた願いのせいで俺は……。


「……いいから、失せろ」


「……え、でも」


「失せろってんだよ!」


 レイは怯えるように一歩、後退り何かを言いたそうに一樹を見つめたが、踵を返し公園を去っていった。彼女の背中は小さく上下に動き、一樹には彼女が泣いているように見えた。その光景は気分の良いものではない。


「はぁ……」


 一樹はもう一度、煙草を取り出して火を着けた。白煙は形を変えながらゆっくりと空へ舞い、やがて群青へと消えていった。一樹はそれを目で追いながら、また思うである。


 なにしてんだろうなぁ……俺は……。




 

 



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タソガレイション 稲荷ずし @inarisan

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