第5話
昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。
久しぶりの学園生活は何もかもがアニメ調ではあるが、かつての高校生活を思い出させ、賢治たちをノスタルジックな気分にさせていた。彼らはそんな中で、それぞれの青春時代の思い出話に花を咲かせて――いるはずもなく……。依然として柴野は苛立っていた。もう、午前の授業はずっとである。
「もう、帰っていいか」
一樹は机の横に掛けてある鞄に手を伸ばした。こんなところで長居してもしょうがない。なにより、周りで楽しそうにはしゃぐ学生が目に入るのが苦痛で仕方がなかった。
「まぁまぁ、そう言わずにさっ」
帰ろうとする一樹を止めたのは千秋だった。
「うるせぁな! んだよテメェ!」
一樹は机に鞄を叩きつけて千秋を睨んだ。
「最後まで居なよ。せっかくだからさ」
「面倒くせぇんだよ。なんで、また高校生しなきゃらなねぇんだ」
「仕方ないよ。学校へ通う代わりにアパートの部屋を借りれたわけだし」
一樹たちは今、レイの母親から借りたアパートで寝泊りをしていた。彼女の母親は夕日坂学園の理事長で弘大曰く、お金持ちなのだそうだ。理事長は娘の失敗で一樹たちに迷惑をかけたと非常に申し訳なく思っており、彼らにはこの世界で何不自由なく暮らせるようにと色々手回ししていた。寝床に生活費、娯楽費、その他諸々が全て理事長の懐から賄われている。もちろん、この学園におっさん共が入学できたのも彼女のおかげである。
「そんだけの金があるなら、あの野郎を金で釣ればいいだろうが」
「上手くいかないから俺らを呼んだんでしょー?」
千秋の隣の席の弘大が振り向いた。授業中はほぼ爆睡だった彼の寝起きざまの間延びした声は一樹の神経を逆撫でする。
「知るか、んなこと」
「別に好き勝手やればいいと思うぜ? 俺達は謂わば被害者なわけだしな」
賢治は教科書をペラペラ捲りながら独り言のように呟いた。そして、わざとらしく音を立てて教科書を閉じ振り向いた。
「むしろ、俺達のためにアイツが何かすべきだと思うがな」
なんとなく今の俺ソレっぽくない? と思った賢治であった。
「だから、こうして学校へ通えるようにしてくれたじゃないか。住む場所だって」
賢治の言い分に千秋が反論する。いくら自分の意に反してここへ連れてこられたといっても、その分良くしてもらっているじゃないか。何も、異世界で路頭に迷っているわけではない。これ以上の要求は何もないはずだ。
「当たり前のことだろ? それに、学校へ通えるようにしたことに関してはいらないお節介だしな。ただ、手伝わせたかっただけだ。主人公……、藤宮隼人たちと同じクラスにしたのもそういう魂胆だろう」
「俺はお節介だなんて思わないけどね~。 だってここ、可愛い子いっぱいいるし♪」
弘大は目をキラキラさせながら語り始めた。
「おまけに、その可愛い子たちはみんなアニメのキャラ、大人気の美少女だぜ? これは願ってもないチャンスだと思わない?そう! チャンスなんだよ! 美少女とイチャイチャできるチャンス!」
「思わねーな。俺はお前みたいなキモイオタクじゃねぇんだよ」
アニメ、ましてやハーレムアニメなんて――そんなオタクコンテンツとは一切縁のない人生を過ごしてきた一樹には、弘大の語るこの世界の魅力が何一つ伝わってこない。
美少女とイチャイチャだ? それだけのために俺の――――。そんなこと、容認出来るわけないだろ!
「柴野、君は結城さんを手伝ってあげないのか?」
千秋の問いかけに一樹は呆れて声も出なかった。その言い草ではまるで千秋は彼女を手伝うように聞こえる。
「お前……」
「俺達がここに来たのが彼女のミスだとしてもさ。やっぱり、俺は手伝ってあげたいな。だって、可哀想じゃない? 一度しか使えない魔法を失敗してしまったなんて」
一樹には千秋が理解できない。手前勝手な理由で自分たちを召喚したあの女の言いなりになるなて……。しかも、失敗した彼女を憐れんでいる。自業自得じゃないか、可哀想なんて思う隙が何処にあるっていうんだ!?
「言っておくけど、俺もあの子を手伝うつもりだぜ?」
弘大も千秋の意見に賛成らしい。しかし、その理由は
「ヒロインたちとラブラブ出来て、あの子は藤宮とラブラブできて、完璧じゃん!」
単純にして明快、利害の一致だ。
「なら、勝手にしろよ。気持ち悪い」
一樹はそう吐き捨てると席を立ちそのまま教室の扉の方へ向かった。一樹が扉の引き手に手を掛けたとき、賢治は彼を呼び止めた。
「何処へ行くんだよ」
「……帰るんだよ」
一樹は振り向きもせず教室を去っていった。
帰る……か。賢治は一樹の去った方を眺めながら、現実の世界で自分が住んでいるアパートの部屋を思い出した。ベッドと机でいっぱいいっぱいだが、物は綺麗に整理されていて清潔感のある部屋だった。オシャレと利便性を追求したレイアウトは賢治が内定を貰ってから入社までに悩んで悩んだ末に辿り着いたものである。本当はソファも置きたかったのだが……どう考えてもスペースが無く、結局ソファを取るかベッドを取るかの二択になってしまい、悩んだ末ベッドを選んだのだった。いつか、自分が描いた理想のレイアウトにできるくらいの広い部屋に住もうと賢治は思っていた。
そういえば、ここで1年過ごすってことは――。賢治は何か非常にマズイことを思い出しそうになったが、それは千秋の声によって頭の中の奥へと沈んでいった。
「君はどうするんだい?」
「え、俺? 何の話だっけ?」
「結城さんのことだよ」
「あぁ……そうだなぁ俺は」
俺は――――。
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