第15話(仮)
「自殺の件にしましても、非常階段を外から登って屋上に出たとすれば、わたくしは感知出来ませんからなぁ。人間が近付けば多少は解かるのですが、見知った者かどうかは建屋内に入って来ないことには……。」
「あの夜、誰が来たかは解からなかった?」
「その夜かどうかは確証が持てませんが、それらしき日の事でしたら確かに、二人分、気配がありましたですよ。朝になるまで何も知りませんで、そんなイタズラをされていたとも解かりませなんだが。確かに二人です、一人ずつが二回。最初は7時半頃、次は12時以降の、恐らくは1時過ぎでしょう。間違いありません。」
見回りを済ませた後だった上に、その侵入者は中庭にまでは来たものの引き返していった為にそのままにしたと山田さんは証言した。
「7時半頃ってのが例の自殺だな、それじゃ。次の1時過ぎはサバト。けど、死体は無かったんだもんな、同一人物かも知れない?」
「最初の気配は屋上へ上がったものの、すぐまた降りて行きましたよ。その後もうろちょろしてましたが、校舎内には足を踏み入れずに引き上げました。次にまた来たのが1時過ぎで、またうろちょろ。アレでしょう、イタズラするに下見をしてたんでは?」
「じゃあ、目撃談の方が嘘?」
「人が飛び降りれば、わたくしさすがに気が付きますですよ。」
「うーん。」
手詰まりだ。耕助と共に骸骨も同じ方向へ首をかしげた。
「そうか、二人が同一でない場合もあるんだな。」
耕助の思いつきに、即答が返る。
「例の彼女が自殺するつもりで来た可能性はあります。けれど思いとどまって、帰った。その後にイタズラ目的の不心得者が……いや、二人がバッティングの可能性もありますぞ。どういうわけか、彼女は校庭辺りで待ち、相手は一人で中庭まで来てバケツをぶちまける……」
そんな相手は彼女にとってはただ一人だろう。小林修一郎。どう転んでも結局のところ、三人の証言はいずれも信用に値しないという結論に至る。
「校庭まで出られちゃうと、もう感知も出来ないわけ?」
「はい。面目ない。」
あまり面目ないとも思っていなさそうな軽い返事だった。
耕助が再び、事件を振り返った。
「娘さんの父親が殺された時刻は、警察発表によれば5時前後で、その時間帯に中富が付近をうろうろしてたわけだろ。だったら、彼が殺した可能性だってあるんだ。」
「電話連絡だけだった岡野にも、所在不明の修一郎にも嫌疑は掛かるでしょうな。しかし、警察は娘の犯行と断定しているのですから、何らか物証なりがあったのでは?」
「警察だからなぁ。」
耕助は半信半疑だ。このところ、警察は不祥事続きであまり信用する気にはなれなかった。しかし、娘が犯人でなければそれこそ自殺の動機も、行方を晦ませる理由さえも消えてしまう。
「う……ん、」
机につっぷして眠りこけていた紅緒がようやく目を覚ました。
「やだ、よだれ……。」じゅるりと啜って彼女は大きく伸びをした。「んー、なんかほっぺが硬い。顎、おかしいわ。」彼女の頬には机の木目が、顎の辺りまで印刷されている。眠りこけているとばかりに思っていた紅緒は、やにわに自身の見解を述べだした。
「三人のアリバイどうこうより、今回の射殺事件と本当に関係あるのかどうかよ。なんでいきなり小林修一郎の名前が出てきたのかもよく解かんないわ。記者が接触した渚先生は、鬼九嶋の関係者よ。ねぇ、山田さん、小林修一郎と鬼九嶋豪三郎の関係ってどうなってる?」
「はて? 同じ自権党の議員さんというくらいではないですか? 選挙区も被ってはおりませんし、ライバルという事もないかと。父親の小林純二元議員の方でしたら、多少の関連はございましたでしょうが。当時はなにせ、彼の推し進めていた法人行政改革の真っ只中でございますです。」
耕助が身を乗り出した。
「て事は、関連してたのは実は父親の方?」
「不幸な母娘を救い出す為に、当夜は完璧なアリバイを作り出している御仁でございます、そのパーティには恐らく、件の鬼九嶋議員も参加していたでしょう。八方塞りは変わりませんですよ。」
「それは解かってる、小林議員に何か現在に至ってまで、強請りのネタにされかねないような秘密があったのかどうかだ。駆け落ち未遂なんかじゃ生ぬるい、けど、それが殺人の嫌疑だったら充分だろ?」
「では、娘さんは殺されていると?」
紅緒も賛成だ。頷き、付け足しに言った。
「警察は指名手配をしていたのに、まったく見つかってないのよね。その夜のうちに消えてしまったなんて、おかしいでしょ。だけど、実際には殺されたんじゃなくて自殺。その死体を修一郎が隠した。サバトで誤魔化したのよ。」
「なぜ?」
「父親に迷惑を掛けない為でしょうね、法人行政改革。だったら、彼女には申し訳ないけど、行方不明になってもらった方がまだマシ。」
辻褄は綺麗に合わさったように見える。だが、耕助はやはりまだ首を傾げていた。
「自殺なら隠す必要はないだろ? けど、自殺を殺人と勘違いした誰かが、工作をしたのかも知れない。中富か、岡野。」
「それなら屋上に登ってきた人数は二人になるわよ。学園に来たのは三人。同一を含むとしてもね。山田さん、確かに二人だけなのね? その夜に学園に来た誰かは?」
「二人だけでございます、はい。」
骸骨ははっきりと断言した。踏まえて、次には耕助と紅緒がそれぞれに意見を出す。
「屋上に登ったのは一人で、そいつはだけど、降りてるんだよな? だったら、自殺もなかった事にならないか?」
「そうよね。警察発表でもばら撒かれた血の分析はやってて、ニワトリの血だって確認されてたんだっけ? て事は、自殺はなくって、だけど殺したと勘違いした誰かが工作したって事になるわけ?」
「それで今になって、調べ始めた記者を殺害した?」
「ありえますな。16年も経っているわけですから、今さらアレは勘違いでしたでは通らない。それで已む無く口封じという筋書きで御座いますかな。」
「辻褄はあうんだ……けど、なんか、」
「納得いかない?」
口をへの字に曲げた耕助に、紅緒が面白そうな顔で茶々を入れる。
「ちょっとな。」
「じゃあ、最後の証人を訪ねてみようよ。自殺したかも知れない彼女の、母親。」
紅緒の提案に、耕助と山田さんは虚を突かれたように肩を震わせた。
【ボツ】【未完】無題、ラノベ系 柿木まめ太 @greatmanta
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