第14話(仮)

「フムフム、それでお二人とも寝惚けて腫れぼったいお顔でいらっしゃる、と。」

 フラスコのお湯がしゅんしゅんと音を立て始めると、骸骨の白くて細い指先が繊細な動きでこれを取り上げた。まるで上品な作法のように、優雅な軌道を描いて二つのビーカーへと熱湯が注がれる。今夜はダージリンとオレンジペコだ。

「はい、召し上がれ。今日はお茶菓子にチョコレートがありますよ。」

 いつも思うのだが、この紅茶やお菓子の入手ルートこそが七不思議ではないだろうか。耕助は一瞬だけ浮かんだその質問を、いつも通りにあっさりと掻き消して、熱いダージリンをゆっくりと啜った。お月見会は定時開催ではない、連日連夜はさすがにキツい。

「サバトがあったのは知ってるの? 山田サン。」

 カップ代わりのビーカーにふぅふぅと息を吹きかけながら、紅緒が質問した。

「はて? わたくし、こう見えましても由緒正しき骸骨模型でございまして、この学園内の事はほぼ把握いたしておりますが、実はたった一つだけ、弱点と申しましょうか、旧校舎から出ることだけは叶いませんのですな。ですから、校舎外で起きた出来事に関しましては、いや、面目次第もございません。」

「つまり、中庭でサバトが行われてたとしても解かんないってこと?」

「はい、平たく申し上げればその通り。」

「役立たず。」

「面目ない。」


 山田さんは、旧校舎に一歩でも足を踏み入れない限りは感知出来ない、と今日になって暴露した。今日まで二人共それを知らなかったわけだ。いつしか紅緒は舟を漕いでいた。

 耕助も、ともすればテンポ良い会話のうちに睡魔に持っていかれそうだったが、なんとか踏みとどまって目を擦る。

「えーと。じゃあ、サバトが本当に行われたかどうかは解からないわけ?」

「いえ。例の年かははっきりしませんですが、いつだったか、中庭で大騒ぎになった事件はありましたですね。私は音声しか聞いておりませんので、見たわけではありませんが。」

「やっぱり何かはあったんだ?」

「はい。中庭が血みどろだー、とかの先生方の声を聞きました。ニワトリの頭がどうとか。で、廊下になにやら白い羽なんぞが舞い散っておりましたね。翌朝の事でございますですよ。夜の最後の見回りの際にはそのようなものは見ませんでしたから、わたくしてっきり明け方にでも不審者が侵入したものかと、そう思っておりました。」

「じゃあ、夜中になんか儀式めいた事なんかは無かったんだ?」

「それはありません。喋ったりすればさすがに聞こえますので。」

 最後の巡回はいつも12時だ。このところは、二人の夜更かしに付き合う日のみは3時頃になるそうだが、それ以外は当時からずっと、12時きっかりに回っておしまいにしていたと山田さんは証言した。

「校舎内への侵入がありました場合は時間外でも対応いたしますが、普段はスルーさせていただいております。はい。」

 フラスコを洗い、三脚やバーナーと共に片付けながらで山田さんは付け足して言った。

「このニワトリは可哀想に、学園で飼育されていた鶏小屋のものだったようですな。犯人は解からず仕舞い、生徒にショックを与えてはいけないと秘密裏に処分されたのです。」

 居なくなった三羽のニワトリは逃げたことにされたらしい。


「ニワトリ小屋があったのは新校舎の側ですので、そちらの騒ぎはわたくしの耳にはさすがに届きませんですな。憎っくき犯人めは校庭にあったバケツに血を絞り、鶏の頭と共にばら撒いていきおったのでしょう。タチの悪いイタズラだとして警察にも届けられましたが、件の殺人事件と同じくこちらも未解決のままですな。」

 いや、生徒に見られる前に後始末を付けた先生方はご苦労であられました、と山田さんは言い、それからひとしきり犯人への悪態を吐いた。

「サバトはあったけど、自殺の方ははっきりしない、て事か。」


 耕助は伸びをするついでと、疑問をも投げ出した。

「んー、証言者の三人が三人とも、実際のところはアリバイがないんだよな。」

「そうなんですか?」

「うん。捜索に出た二人も、修一郎自身も、単独で過ごしている時間が長すぎるんだ。もう一つ決め手に欠けるというか、正直、もっとヒントが欲しいよ。」

「今の状態はアレですな、まるきり『藪の中』でございますかな。」

「そう、そういう感じだ。どこかが妙な気がする。」

 何せ十年以上も前の事件では、一介の高校生に調べられる範囲は狭すぎた。

「後は、今日になって知り合った例の記者からの情報に頼るしかないって感じだよ。」

「学園内ではいずれの件もひた隠しにされた可能性の方が高いでしょうな、女生徒の自殺があったかなかったか、その彼女が父親殺しに関わった後の話も、サバトの事実も隠されたわけですし。」

「警察の調書でも見られたらなぁ、もう少しは事情が解かるんだろうけど。事件があったっていうアパートにしても、本当にその女生徒が犯人なのか?」

 耕助の疑問に、骸骨の手が止まる。くるりと背中越しに頭部だけ回して、山田さんは耕助に向き合った。

「推理小説としては穴だらけの展開ですな、確かに。」

「だろ? 今のトコ、あらゆる可能性の何一つとして塞がれてはいないんだ。まさしく、『藪の中』って状況だよ。」

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