第13話(仮)
「ちょーっと整理とか、させてよ。」
難しい顔のまま、紅緒が提案した。
「そだな、ややこし過ぎてワケ解からん。」
「呼び出し食らった俺はさらにワケ解かんねーよ。」
少しばかり怒った声で大輔が言う。確かにその通りだったので、整理ついでに彼に説明する事とした。
「ええとだな、渚。こないだ旧校舎の中庭で殺人事件があったろ?」
「うん。」
「殺されてたのは週刊誌のライターで、なんか小林修一郎に関するスクープを握っていたらしいと思われてるんだよ。」
「違うわよ、小林修一郎と思ってたら、鬼九嶋が出てきたのよっ。」
「うん?」
「あー、そっか。とにかく、なんかのスクープを握って、誰かを強請っていたらしいんだ、その記者ってのが。それが原因でその誰かに殺された。ここまで解かるか?」
「ユア・アンダー・スタン?」
「うん。」
「んで、その死に方ってのと同じ七不思議があってさ、旧校舎の屋上から女生徒が飛び降り自殺するってんだけど、この女生徒がどうも16年前に小林修一郎と駆け落ち騒動を起こした子がモデルだったらしいんだ。解かる?」
「駆け落ちは未遂だったんだけどねっ。」
「うん。」
「だけど、当時の記事とか色々を当たっても、学園で自殺者なんか出てないんだ。で、この女生徒ってのが、駆け落ちはしてなくて、その代わりに父親を殺して逃亡してるらしい。オケ?」
「父親はDV男で、母親はパート中で、事件の時間帯はずーっと不在だったのね。」
「う、うん。」
「小林修一郎を捜しに来てた秘書の二人が目撃者で、一人が旧校舎の屋上から誰かが飛び降りるのを見たんだと。けど、死体はなかったそうだ。代わりにニワトリの血がぶちまけられてたらしい。朝の発見時かな、それ聞いてなかったな。」
「だからね、飛び降り自殺の七不思議はなくって、だけどサバトが行われていたっていう七不思議は実際にあった事なのよね。でも、駆け落ちくらいのネタでは強請りも出来ないし、殺されるほどの理由にもならないでしょっ、て。」
「うん?」
「そんで、殺された記者が先月にか、お前のとこのじーちゃんと会ってたらしいんだ。そしたら、お前の口から鬼九嶋の名前が出たんだ。なんか覚えてない?」
「うんん?」
耕助と紅緒は整理がついたが、大輔は目を白黒させていた。
「それ、それって本当に、その16年か前の駆け落ちの事件と関係あんの?」
大輔の疑問はもっともだ。二人は首を傾げつつ、今のところは他に糸口がない事も付け足しで大輔に説明した。耕助は最後に今回の発端の話をした。小林ちさととの経緯だ。
「だから実際は、小林修一郎が無実だって辺りを証明したいだけなんだよ、彼の妹にしてみたらさ。だから、殺された記者の追っていたスクープが兄貴とまるで関係がないって解かればそれでいいって感じなんだ。」
「でも、それじゃ今度はうちのじいちゃんと関係があったみたいになるじゃんか!」
「そうなるのよねぇ、」
首を左右交互にひねりながら、紅緒は納得のいかない顔付きでまさしく不満タラタラだ。大輔のじいさんは先年、教員生活にピリオドを打ったばかりで、老年とはいえ闊達だったはずだ。突然の訃報で、朝礼時に黙祷を捧げたことも記憶に新しい。
「心臓発作というのは確かなの?」
「病院に運ばれて診断受けての結果だよ、解剖まではなかったから確実とは行かないだろうけど。あの年代だと突然死はよくあるみたいに言われたぞ?」
「突然死に見せかける方法はあるんだよ。バイアグラは併用禁止薬剤に指定されていて、副作用で心臓発作を起こす危険のある薬品が複数確認されている。他に、どこぞの保険金殺人では精神安定剤と睡眠導入剤の合わせ技が使われた。完璧に証拠は残るけどな。」
後を引き受けるように紅緒も口を出す。どこか楽しげだ、物騒な話だというのに。
「不審な死ではないと判断されたら解剖は行われないのよねぇ。知ってる? 日本で起きる突然死のほとんどは、解剖もされずに自然死として片付けられちゃうのよ?」
多額の保険金が掛けられている、夫婦仲や家族間が巧くいっていない、などの理由が見られ、不審とされる事情がある場合のみに解剖に伏されるのが通常だ。
さらに、犯罪を疑っての司法解剖にまで回される件数は、全体の僅か数パーセントだと紅緒は言った。対抗心というわけでもないが、こうなると耕助としても薀蓄を語りたくなるのが人情というもの。さらりと割り込んで能書きを垂れてしまう。
「それに、カリウム製剤で血栓を引き起こさせてってのも、あまり実践的じゃないけど推理モノのトリックなんかで使われるな。病院でもたまーに、カルシウム製剤との誤用事故が起きたりするんだ。カリウムは証拠が消えてしまうんでな。」
四日ほどで血中から排出されてしまう薬剤が高濃度カリウム製剤だ。だが、現在では厳しい管理に置かれ、一般人が入手する方法はほぼない。
「お前らなんでそんな物騒なネタばっか詳しいんだよ?」
二人の薀蓄話に感心するどころか、思い切り厭そうな顔で大輔は身を引いた。
「今夜も月が綺麗でしょう。」
「そうね、とっても綺麗よね。」
もはや暗号と言っていい掛け合いに、大輔一人がきょとんとしている。月がどうのと言いながら、二人の表情は重苦しく、眉間に皺を寄せている。連夜のお月見会だ。
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