未来から来た女「いかないで……!」


 やっばい、なにあのイケメン。

 うそ、あれってあの九條湊?

 相模くんの金魚のフンの!?

 メガネ取って前髪切ったらあんな感じだったの!?

 

「――――ありえないめっちゃかっこいいんですけど〜っ!」


 屋上で高い声が響いた。


「……誰のマネ? 茉莉」

「湊のイメチェンした姿を見た薄情者の女子たちのマネよ」

「ああ、なるほど」

「ほんと女子って分っかりやすいよなぁ。今まで散々湊のこと眼中になかったくせに、早くも噂を聞きつけてか、休み時間にちらちら見に来てたくらいだし」

「まあ、同じ女として気持ちは分からなくもないけどねぇ。でも確かにイラッとするわね。今までは金魚のフンとか言ってたくせにって」

「そうそう。だから湊、気をつけろよ。女はちゃんと選べよ。俺はおまえの本当の良さを分かってくれる女じゃねぇと認めねぇからな」

「なんであんたが認めないのよ。娘を嫁に出すお父さんか」

「いや、気持ち的には兄をどこぞとも知れぬ女に取られる弟の気分だ」

「それ間違いなくブラコンの弟ね」

「まあ別に、二人の心配は杞憂だと思うけどね」


 湊がお昼に買ったあんこ入りメロンパンを頬張りながら答える。それおいしいんですか?


「祐介の言うその女は、もう選んでるから」

「はあ!?」

「やだ湊、大胆!」

「え、茉莉は知ってんの?」

「朝にね〜、ふふ」

「ちょっと待て、俺は知らねぇぞ。つか心当たりもな、い……――や、待てよ?」


 ギギギ、と相模くんの視線が首ごと私に向けられる。

 ああほんと、憎たらしいくらい晴れてますね天気のバカヤロウ。


「うん、正解。今攻略中」

「ちょっと!? ゲームみたいに言わないでくれません!?」


 思わず突っ込んでしまった。


(ああああああもう最悪ですせっかく三人から離れて一人でお昼食べてる気分になろうと必死に集中してたのにっ)


「そんなことより遠いよ榎本さん。もっとこっちにおいで」

「わざとに決まってるじゃありませんか。私はここがいいんです、放っておいてください」

「ふぅん。じゃ、僕もそっちに行こうかな」

「!? 来ないでっ……来たらこのコーヒーあなたにぶちまけますからね!?」

「いいよ。そのときはちゃんと責任持ってジャージ貸してね」

「あなたのサイズが私と合うわけないでしょう!?」

「君小さいもんね」

「ケンカ売ってます!?」

「いや、かわいいと思う」

「は、はあああ!?」


 むりむりむり。

 やっぱり無理。魔王湊を一人で相手とかほんと勘弁してください!


「茉莉ちゃん助けて……っ」

「えぇ〜、私としては湊もっと押せ! って思うわけだけど」

「思わないでください泣きますよほんと」

「やだもう涙目。湊の言うとおりかわいいよ、ましろ」

「怒っていいですか茉莉ちゃん」


 怒ったましろもかわいいからよし! とかふざけたことを言う友はもうダメだ。無視しよう。

 ならば次の手!


「相模くん、相模くんは私の味方ですよね!? いや違う、九條くんの味方ですよね!? じゃあ私なんか九條くんにふさわしくないですよね? それをあなたの幼なじみに延々と語ってやってください! 一生のお願いですからッ」

「え、ちょっと待って。なんで俺が一生のお願いされてんの?」

「もはやあなただけが頼りなんです!」

「うわ、ちょ、分かったから離せっ。今メシ食ったばっか!」


 そう言われても私は相模くんの肩を掴んで彼を揺らし続けた。

 こっちとしては死活問題だ。私じゃなくて湊の死活問題なのだ。

 嫌われるように仕向けたはずなのに、何がどうしてこんな結果が生まれたのか全く理解できない。


「ねぇ、榎本さん」

「っ、」


 すると、背後から冷やりとした空気を感じると思ったら、いつのまにかすぐ後ろに湊がいた。


「悪い人だね、君は。付き合いたての彼氏に、その彼女がいる前で触れていいと思ってるの? ね、茉莉」

「え? いや、私は別にましろなら……――――あ、やっぱごめんましろ。ダメだわ。うん、ダメだったわ」

「ご、ごめんなさい茉莉ちゃん! そんなつもりは……っ」

「うん、分かってるよ。分かってる。でも私もごめん。腹黒には勝てない」

「え?」

「何か言った? 茉莉」

「や、なんにも」

「祐介、おまえも隙見せんなよ。茉莉に飽きられても知らないからな」

「き、気をつけます」


 これはいったいどういうことだ。

 急に茉莉ちゃんも相模くんもなんか萎縮してしまった。

 いや、分かってる。湊がそうさせただろうことは分かってるんだけど、何が引き金になって湊にそんな行動を取らせたのかが分からない。

 孤立無援とはまさにこれだ。私の援護をしてくれる人なんて、ここには誰一人としていなかった。


「ほら、もう諦めなよ。そもそもなんで僕が今日メガネして来なかったと思ってるの」

「あ、そういえばメガネはしてこようかなって言ってたよね? なんでやめたの?」

「おいまさか、湊おまえ……」


 相模くんは何か思い当たることがあったらしいけど、私と茉莉ちゃんは全くその理由が思いつかなかった。

 面倒くさがり屋の湊なら、土曜日に言っていたように女子予防としてメガネをしてきてもおかしくはない。

 いや、むしろその逆だ。してこないほうがおかしいのだ。

 まさかこの期に及んで自分の顔が他人に与える影響を知らないとは言わないだろう。


「本当のことを言うと、自分の顔の造形については物心ついたときからすでに気づいてたんだよね」

「え?」

「まあ、あの両親の子供だしなぁ。よく美少年美少女だねって言われたな……ハハ」


 相模くん、それは美少女については触れないほうがいいやつですね? よし、黙ってよう。


「でもちょうど目も悪くなってきたし、周りは鬱陶しいし、父さんがいい感じのメガネをくれたしってことで、小学生デビュー? みたいなものをしたわけだ」

「逆デビューだけどな」

「そしたらさ、周りが一気に静かになった。僕は結構冷めた子供だったから、6歳にして『ああこの顔は整っている顔なのか』って学んだんだ。武器を見つけた、とも言えるかもしれない」

「ぶ、武器……」

「そう。この先その武器を使うことは、たぶんないだろうって思ってたんだけど……」

「ま、さか」

「ん、さすがに分かってくれた? この武器使って君を口説けば、君を落とせる確率も上がるかもしれない。それに僕より自信のないやつは、僕には勝てないと勝手に自滅してくれる。ある意味虫除けでもあるわけだ」

「な、なに言っ、て」

「だから覚悟しておくといいよ。こっちはもう千年以上我慢してるんだ。ぽっと出の若造に君をくれてやるつもりは、最初からないからね」

「い、意味が、意味が分かりません……!」

「……うん、そうだろうね」


 湊がどこか悲しそうに微笑んだ。

 そんな顔は初めて見たから、私は喉に言葉が詰まって何も言えなくなってしまう。

 それに、こんな熱いともとれる告白だって、一年前はしてもらったことがない。

 しかも千年前とかよく分からないことも言われるし、なんだか初めて見る湊ばかりで、正直私は戸惑っていた。

 

 心臓はドキドキとうるさくて。

 熱があるんじゃないかというくらい顔は火照っている。

 胸の奥がきゅうっと縮んで、甘い痛みがじんわりと広がっていった。

 

 誰か助けて。

 こんなのもう、呼吸困難に陥りそうだ。

 私はただ……ただ、湊を死なせたくないだけなのに――!


「私は……でも私は、ごめんなさいって言いました。あなたと付き合うつもりはありません!」


 ああ、息が苦しい。胸が痛い。

 今度の痛みは、ただただ苦いだけの痛み。


「それは聞いた。でもそれじゃあ納得はできない。だってあの日の君は、僕のことを嫌っているようには見えなかったから。それとも君が僕のことを嫌いだって面と向かって言ってくれるのなら、少しは諦めることを考えてあげてもいいけど」

「そんなの決まってるじゃないですか! 私は、私は九條くんなんか――」



 ――湊なんか、大っ嫌いです!!

 ――危ないましろッ!!



(あ……やだ……なんで、いま……)


 今、それを思い出すの――


「わた、し。私は……っ」

「榎本さん? ――! どうしたの榎本さん、震えてる。茉莉、手を貸して!」

「え、ましろ? なに、どうしたの?」

「わたしっ……わたし……どうしようっ」

「ましろ落ち着いて。大丈夫だから、ね? 気分でも悪くなった?」

「違います、違うんです! どうしよう。私が……私があんなこと言ったから……!」

「だめ湊、ましろ混乱してるっ」


 湊……? 湊がいるんですか?

 どこ、どこに? 湊はどこですか……っ。


「榎本さん、僕が触れてもいい? 保健室まで運ぶから」

「みなっ、湊……湊ですかっ? 本物の? ごめ、ごめんなさっ」

「榎本さん? 何を言って……」

「謝ります! 謝りますから! 大っ嫌いも訂正します。好きなんです……大好きなんですっ。だからいかないで、湊……っ」

「……分かった。分かったよ。"ミナト"はここにいるから。大丈夫だよ。保健室行こう? おいで、運んであげるから」


 一年前と今がごちゃ混ぜになってしまった私は、目の前にいる湊が私に向けて手を広げてくれたことが嬉しくて、その広い胸に飛びつくようにしてしがみついた。

 あの日の湊が、実はけろっと立ち上がって「なんで泣いてるのましろは」って、呆れたような困ったような顔で私を手招きしてくれている幻が見えて。

 

 もう、なんでもよかった。

 幻でも、夢でも、なんでも。

 とにかく湊に会いたかった。

 会って、ちゃんと謝りたかった。

 謝って、今度は大好きって、本当の気持ちを伝えたかったんだ。


「……ごめ、なさ……みなと――――」


 絶対的に安心できる温もりに包まれながら、私はやがて、意識を手放していた。



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