未来から来た女「神は私の敵でした」
――"僕は君が好きだよ。たぶん、初めて出逢ったときから"
「〜〜っんなはずあるわけないでしょうが湊のバカァァア!」
がばっと勢いよく起き上がる。
はぁ、はぁ、と肩で息をして、額に滲んでいる変な汗を拭った。
ピピピ、ピピピ、と鳴る目覚まし時計は、今が朝であることを無情にも伝えてくる。
ああなんだ夢か、と湊の告白を夢にできたらよかったのに――実際夢にも見たけれど――残念なことに告白を思い出すたびに沸き起こる熱が、それを現実だと知らしめてくる。
仕方ない。よし、じゃあもう一回寝よう。
(そうですよ、そうすれば今日が月曜日だなんて現実からも逃げられ――)
「ましろおっはよー。なに、まだ寝てるの? さっさと起きて。遅刻するよ」
「――はぇ!? 茉莉ちゃん!? なんで!?」
「んー? お迎えに上がりました、眠り姫」
「じゃなくてっ」
「はは、いい反応するねぇましろ。やー、実はなんかさ、湊に頼まれて。仮病使うかもしれないから、絶対連れてきてって」
(こ、行動を読まれている……!?)
なんて恐ろしい男、九條湊。
あの人実は予知能力者とかそんなんじゃないのだろうか。
「ま、私としても? 土曜日逃げてったきり戻ってこなかった二人の話も聞きたいし?」
「そ、それは……」
茉莉ちゃんがとても意地悪そうな笑みを口元に浮かべている。
こうなった茉莉ちゃんは何がなんでも自分の訊きたいことを私から聞き出そうとするだろう。
未だかつて私がその魔の手から逃れられた試しはない。
「と、とりあえず支度していいですか。学校、ちゃんと行きますから」
「そだね。じゃあ外で待ってるね〜」
茉莉ちゃんがいなくなったあと、私は部屋で盛大なため息を響かせた。
それから急いで支度を整えて、外で待たせている茉莉ちゃんと早く合流するため朝食も摂らずに家を出た私は、あまりの天気の良さに思わず空を恨めしく見上げる。
私の憂鬱な心とは真逆の、この晴れ晴れしさ。
それがなんだかあのひとに「大変なことになっちゃったね〜、ぷぷ」とわざとらしく笑われているような気がして、無性に空に向かって罵倒したくなった。
けどそれは八つ当たりもいいところ。
チャンスをくれたあのひとには、感謝しかない。
だからすぐに気持ちを切り替えて、私は茉莉ちゃんの名前を呼んだ。
「思ったより早かったね」
「そりゃあ待たせてますから」
「ふふ、ましろのそんな真面目なところが好きだぞ」
「ありがとうございます?」
「ありゃ疑問形。まあいいや。実はさ、ましろを迎えにきたのは湊に頼まれたってのもあるんだけど、もう一つあって……」
「?」
いつもはっきりものを話す茉莉ちゃんにしては珍しく、言葉を濁すような言い方だ。
いや、これはもしかすると、照れている?
彼女が自分の髪をいじりながら何かを話すときは、確かそんなサインを秘めていたはずだと思い出す。
「じ、実はね、ましろと湊が出て行ったあと、私は祐介と取り残されたわけじゃん?」
「えーと、それに関しては大変申し訳なかったと言いますか……」
「いや違うんだよましろ。私はむしろ感謝さえしている」
「え、感謝?」
勝手に逃げて、勝手に帰った私を? なにゆえ?
「その、ほら、湊があんなにかっこよく変身したじゃない? それに見惚れた私を見て、祐介がその、あ、焦ってくれたらしくてね?」
「う、うん?」
茉莉ちゃんがこそっと、私に耳打ちしてきた。
「実はあのあと、祐介から本気の告白されちゃって……」
「え」
「中学のときも、わざと負けて本気で告白してくれてたってことが分かって」
「え、え、」
「その、付き合うことに、なりました」
「えぇーーーーっ!?」
「もうっ叫びすぎ!」
そんなこと言われても!
これが驚かずにいられます? 否、いられませんよ!
だって一年前は、二人は付き合っていなかったのだ。
どう見ても茉莉ちゃんは相模くんを忘れていないだろうに、相模くんが色んな女の子と付き合っているのを見て「ほんと最低だよね、あいつ」と悲しそうに怒ったりなんかして。
そしてそんな茉莉ちゃんに、私は何も言えなくて。
だから二度目の高校生活で、相模くんが実は茉莉ちゃんのことを本気で好きなんだと知ったのは、まさに青天の霹靂だった。
私なんかがその想いを勝手に伝えることはできないから、どうにかして二人の恋を応援しようとは思っていたけど。
「おめ、おめでどうございまずぅぅっ」
「なんであんたが泣きそうになってんの!」
「だって、だって奇跡……っ」
「まあ、確かにそうかもね」
茉莉ちゃんが照れくさそうに眉尻を下げる。
でも私は内心で首を横に振った。
違う、違うんですよ、茉莉ちゃん。
そう、囁きながら。
(一年前、二人の心は、本当はどんどん離れていく一方だったんです)
だから私は湊の幼なじみと言えど、相模くんにあまりいい感情を抱いてはいなかった。
私が知っている相模祐介くんという人は、イケメンで、湊の幼なじみで、茉莉ちゃんの好きな人で、そしてとても軽薄な人だということ。
湊もあまり私を相模くんに近づけたがらなかったから、誤解はより深まっていくばかりだった。
でもその誤解が解けて、茉莉ちゃんと相模くんの誤解も解けて、一年前は選ばなかった答えを選んだ二人が、私にとっては奇跡だったのだ。
(だから、本当におめでとうございます、茉莉ちゃん)
羨ましいなと、どうしても思ってしまうけれど。
二人が付き合うようになれたのは、素直に嬉しさが込み上げる。
「じゃあこれからは、私に遠慮せず二人で帰ってくださいね。お昼ご飯も気にしないでください」
「うん、だから、4人で食べよう。お昼」
「……はい?」
なんだって?
「それでね、帰りに関しては祐介は部活やってるし、毎日一緒に帰るわけじゃないと思うの。だからたまには私と一緒に帰ってくれると嬉しいな」
「それは、はい、もちろん喜んで。いやでもその前に、お昼なんて言いました?」
「4人で食べようって」
「おかしいですね。私の計算では一人足りませんが」
「おかしいのはましろの頭ね。わざと湊を抜いてるでしょ」
そうですけどそれが何か? とはもちろん言えない私である。
代わりに意味不明な笑みを浮かべてみた。
「……ふ、茉莉ちゃん。バカですね。私に付き合いたてほやほやのカップルの邪魔なんてできるわけがないでしょう!」
「あ、コラましろっ、待ちなさい!」
私は駆け出した。
この話はなかったことにしよう、そうしよう。
幸い茉莉ちゃんとはクラスが違う。教室に逃げ込めば難は逃れられるかもしれない。
しかもあと数十メートルというところに校門は見えている。
神は私の味方だ。
「あ、おはよう榎本さん」
「――っ!?」
前言撤回。
神は私の敵だった。
「よかったよかった。茉莉はちゃんと連れてきてくれたね」
なぜに門の前に!? という白々しい疑問は持たない。
むしろわざわざ茉莉ちゃんを私の家に召喚したくらいなのだから、そんな湊が教室でなく門の前で待ち構えていることくらい予想できたはずだ。
告白された土曜日。
もちろん私は脱兎のごとく逃げ出している。
でも、でもですよ? ちゃんと言ったんですよ、私。
さすがに無言で逃げるのは酷いと思ったので、痛む心を無視して決死の覚悟で一言ちゃんと伝えている。
――ごめんなさい!
って。
まあほぼ言い逃げだったのは否めないけれど。
ああもう、ほんとやだこの人たち。なんなのこの同中メンバーズ。
人を追い詰めるのが趣味なんですかと訊いてやりたくなる。
「ナイス湊! 全くもう、急に走らないでよね」
(走りたくもなりますし今だって全力で逃げ出したいですよ!)
「なんで榎本さんが茉莉から逃げてるの?」
「それがさぁ、お昼の話をしててね? ましろって見た目はクールな感じだからか、そのせいでなかなか友達できないみたいでねぇ。私がいなくなると一人になっちゃうし、じゃあ祐介と湊も含めた4人で食べれば問題ないねって祐介と話してて」
「ああ、なるほど。僕はかまわないよ」
「あ、ほんと? ありがと〜。じゃあやっぱりあとはましろだけなんだけど……」
「私は大丈夫です! 一人で平気です!」
「え〜、そんな寂しいこと言わないでよ」
「うっ、でもむしろそっちのほうが私としては……」
「じゃあさ、こうしない?」
私の言葉を遮るように、湊がわざとらしい笑みを作った。
その瞬間私はなんとか逃げようとして、
「はいストップ」
「うぐっ」
首根っこを湊に掴まれる。
「前から思ってたけど、榎本さんってなんか僕に対する反応が速いよね。まだ何も言ってないのに何を言われるか分かってるように逃げようとするし」
(そりゃあ、一年近くあなたとお付き合いしてましたからね、私)
おかげで湊が良からぬことを考えているときにだけ、私の危機察知能力は素晴らしい反応をしてくれるようになった。
「まあいいや。それで提案なんだけど、榎本さんには二つの選択肢をあげるよ」
「せ、選択肢?」
「そう。茉莉の言うとおり、4人でお昼を食べるか、または僕と二人で食べるかの、二つ」
「なんっ、なに言ってんですかあなた!?」
「さあ、どっちがいい?」
「三つ目! 一人で食べる選択肢でお願いします!」
「残念。それを選んだら問答無用で僕と二人きりコースだ」
「一つ目! ならばせめて一つ目でお願いしまっ――――あ」
「うん、決まりだね」
(〜〜〜〜っなぜ!?)
まんまと湊に乗せられた自分が悔しくて仕方ない。
なぜああもこの人は私の扱いに慣れているのか! おかしいよね? おかしいですよね?
だって私たち――というか湊にとっては――知り合ってまだ二ヶ月ほどですよね!?
「なんかさ、あんたたちのほうがカップルに見えるのは私の気のせい?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「いいや? そうとも限らない。僕は榎本さんに告白したし、あとは君次第かな」
「え!? ちょっとなにそれましろ! 聞いてないんだけど!?」
「じゃ、教室行こうか」
事もなげにそんなことをバラしてくれた湊に、私はもはや唖然とするしかなかった。
まさか彼がここまで強引な人だったとは知らなかったのだ。
いや、付き合っていた頃も確かにその片鱗は見せてきたけれど、振られた相手にそこまでするとは思ってもみなかったから。
私はこのあと、自分がどうやって教室まで辿り着いたのか全く記憶になかった。
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