vs 十戯城グラディエーターズ Ⅴ

 六四:六一。

 わずかな点差でリードを許してしまっている十戯城は、後半戦に向けて作戦を変更した。

 

 今まで明星の戦力を甘く見て陣地を攻めなかったが、ここから陣地を攻め落とす。

 陣地を取れば一つに付き一五点。

 陣地を取れば奪還の危険もなくはないが、しかしされたところで十点、追いつけないだろう。

 さらに言えば、明星の戦力での陣地奪還はあまり警戒する必要もないとみた。


 前半戦でさっさと取ってしまえばよかったと思うところもあるが、まぁここまでは前哨戦――もしくは肩慣らしだったと強がっておこう。

 まさかここまで明星がやるなどとは思ってもみなかった。


(せやけどここまでやで? 明星……悪いけど、陣地総取りでこの試合終いや)


 陣地を守るのは、三年生の鏡根望かがみねのぞみを除けば一年生。

 二年生のベテランを出せば、戦闘経験値の差で確実に落とせる。


 さらにいえば、うち一人は無理をして万全の状態とは言い難い。

 陣地攻略、すなわち勝利に繋がっていくだろう。


 そう思っていた十戯城ベンチが、後半開始直前に揺らぐ。

 明星の陣地を守っていた選手が、巨漢の大男以外変わっていたからだ。

 

 陣地争奪の唯一の障害かと思われていた鏡根が引き、一年生に変わっていたのを見た十戯城は一瞬揺らぐ。

 これは何かの作戦ではないか。

 あの一年生、実は隠し球か何かなのだろうかと、考察が働いてしまった。


 その動揺を感じ取って、鏡根と変わった夜兎鳴狩野やとなりかりやは怪しく笑んで挑発する。

 あまりにも夜兎鳴が得意巧みに怪しく笑うので、十戯城がさらに揺らいでいる。

 傍目で見ていた晴渡省吾はれわたりしょうご、ボルト・ウェザーボルト、曇天松信どんてんまつのぶの三人は、コソコソと呟く。


「姐さん、なんか楽しそうだよな……」

「生き生きしてるね……」

「相手からかうのが生き甲斐みたいな笑い方だよな……」

「あなた達? 何か言いたいことでもあるのかしら?」


「「いいえなんでも!」」


 男子が楽しそうな中、女子は雨野馳六華あめのちりっかを中心として吐息していた。

 もう少し緊張感を持って欲しいのである。

 男子のノリは嫌いではないのだが、しかしあまりにも抜けていると敵に舐められそうでイヤだった。


 雨野馳は緊張で、吐息が止まらない。


「大丈夫だよ、雨野馳さん。次も行けるよ」


 雪咲月華ゆきざきげっかがそう言ってくれるが、心配の種は消えない。

 さらに言えば後半戦に入って、雨野馳は危惧していることがあった。


「相手、そろそろ私の速さにも慣れてきたかもしれない……なんか、目で追われやすくなった気がした」

「そりゃ、ずっと同じ速さ見ていたらいくら高速でも見飽きるでしょうね」

「だから次、あの卓須たくすさんに躱されるかもしれない。そう思うと……」

「んだよ、心配すんなってんなこと」


 横から、嵐前静閑らんぜんしずかが肩を組んでくる。

 彼女からの初めてのスキンシップに少し驚いた雨野馳は、思わずビクッと震えてしまった。

 そんなことなど気にせず、彼女はグイグイと身を寄せてくる。


「てめぇが無理なら他の誰かさんがやればいいんだよ。ってか俺に任せとけ! 軽ぅくひねってやるぜ!」

「っていうかあなた、晴渡くんと交代で陣地守るんでしょ? あの人とやらないじゃない」

「あっ! そうか!」

 

(忘れてたのね……でもまぁ、頼もしいけど)


 だったら俺のとこに誘導しろなどと難しいことを軽く言う嵐前に、雪咲は軽く言ってくれるわねとジト目で対する。

 自分を俺と呼び強気な態度の嵐前も、雪咲の誰に対しても変わらない態度には少し勢いを削がれて、へいへい行ってきますよと自分の護る陣地へと入っていった。


「心配いらないよ。だって、あなたはスピード・スターを身につけたもの。あなたは今、この場の誰も追いつけない速度を手に入れたのだから、もっと自信を持って」

「……うん、ありがとう。雪咲さん」

「さ、行きましょう」


 後半戦、開始。


(なんで鏡根は陣地護るのから下がった? あのカマおが、自分より適してるから言うんか?)


「はっ! てめぇなんざぁ俺らで充分だぜ! 行くぞ鎌谷かまたに!」

「おぉさ斧田おのだ!」


 雪咲の相手をしていた斧田鎌谷バッドコンビが、早速夜兎鳴の陣地へと侵入し征服を試みる。

 それに合わせて嵐前の護る陣地にも二人、そして曇天の護る陣地にも二人が入り込み、総勢六人での陣地征服に走った。


 確かに後半戦開始直前、そうしようとチームで決めていた。

 戦う相手が一年生になっても、それは変わらず決行して構わない。

 

 しかし何かしらの警戒はあっていいもので、不用心に突っ込んでいいものではないはずである。

 あまりにも軽率。

 あまりにも無警戒。

 関西出身の祖父の影響で関西弁の出る戦場ヶ原龍一せんじょうがはらりゅういちだが、このときばかりは東の人間に聞かせるために、標準語が顔を出した。


「こんの阿呆ども!!! 罠ってわからねぇのかぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 戦場ヶ原の咆吼も空しく、斧田鎌谷コンビが、夜兎鳴にバッドを振るう。

 二人ともそれぞれ夜兎鳴の頭と腹に向かって振ったが、両者当たった手応えと感触に違和感を感じて硬直する。

 それは硬いような柔らかいような――粘着質な、モチモチというかネバネバというかそんな感触。

 それは夜兎鳴の手から伸びている真白で、二人のバッドを受け止めて凹んでいた。


「……“鏡餅”」


 バッドを受け止めている白いそれが、今度は飛び出てくる。

 そして斧田と鎌谷の二人にぶつかり、まるで二人の攻撃が跳ね返ってきたかのような威力で吹き飛ばし、陣地から外へと跳ね飛ばした。

 吹き飛ばされた二人は、もはや虫の息。

 まるで本当に自分の力で殴られたくらいの衝撃が返ってきたことに、衝撃を隠せない。


「な、なんだ……?」

「こいつ……今何をした? あの白いのは、なんだ……?」


 二人とも、夜兎鳴の能力がわからず困惑の色。

 だが陣地の中央で夜兎鳴が指を曲げて来いよと挑発してきて、戦闘意欲を刺激される。

 何より上級生かつ上位チームとしてのプライドが逃げることを許さず、二人はバッドを持って再び殴り込んだ。


「舐めんなよガキがぁぁ!」

「先輩拝めこらぁぁ!」

「何度やっても、結果は同じ。鏡をいくら殴っても、痛むのは結局自分の手。ただしあなた達が殴るのは鏡じゃなくて……」


ですけどね」


 再び手から伸びた真白が、二人を弾き飛ばす。

 またしても二人は自分が今繰り出した力と同じだけの力で返され、再び陣地の外まで弾き飛ばされる。

 さらに今度はワーウルフにぶつかり、陣地にいながらにして夜兎鳴にポイントまで与えてしまった。


 未だ戦闘不能にはならない根性を見せる二人だが、たったの二撃ですでに満身創痍。

 対する夜兎鳴には傷一つついていないという、圧倒的の差を見せつける。

 詳細も掴ませないその能力の強さに、二人はただ驚嘆で固まるのみであった。


 そんな二人を遠目で見つめ、夜兎鳴はクスリとほくそ笑む。

 指と指の間で伸びる粘着質な真白を見せつけ、来れるものなら来てみなさいと再び挑発して見せた。

 そして関西弁の戦場ヶ原を真似、似非えせの関西弁を脳内から引っ張り出してきた。

 これもまた、挑発である。


「強くてごめんなさいねぇ。うちの能力、怖くて仕方ないやろけども……堪忍な?」


 夜兎鳴狩野。

 能力:万能餅――体から餅を繰り出す。伸縮、硬さ、大きさ、太さ、重さ、なんでも自由自在。応用力が高く、まさに万能。ちなみに、食べられるらしい。


 圧倒的実力差、与えられた能力の差を見せつける夜兎鳴。

 しかしその隣の陣地では、嵐前が二人の先輩に対してラッシュを喰らっていた。

 

 直接的な攻撃力を持つ能力者二人に、嵐前は防戦一方。

 腕を盾にしてガードし、ただ二人の拳を受けるのみ。

 上級生の凄まじい猛攻コンビネーションを為す術もなく撃ち込まれ、今やノックダウン寸前化と誰もが思うその中で、嵐前はボロボロになりながら企み笑顔を浮かべていた。


 嵐前を攻める十戯城の男女コンビは、それに気付かずさらに猛攻を仕掛ける。

 そして男の蹴りが嵐前の腹部の真ん中。

 女の警棒が右頬を打ち抜いたその瞬間、嵐前の能力が発動した。


 嵐前の内から溢れる力が、暴風となって吹き荒れる。

 そして今の今まで自身を攻め続けていた二人に物凄い速さで肉薄すると、目にも留まらない速度での猛ラッシュを叩き込んだ。

 十や二十では終わらない。

 百や五百でも終わらない。

 その数、千。


「“千嵐せんらん”!!!」


 千の打撃を受けた二人の体が、高く高く宙へと舞い上がる。

 その体中に青あざができてしまいそうなほどの衝撃と威力が、彼らの体の中に染み込んでいた。

 それをやった嵐前は、清々しいほどたくましく笑い、切れる息を吐き出しながら拳を高々と掲げる。


「千倍返しだこの野郎……!」


 嵐前静閑。

 能力:讐撃リベンジ・カウンター――受けたダメージを最大千倍で与えて来た対象に返す。相手に返したダメージの五〇パーセント、体力と傷が回復。対象が無機物でも発動可能。


「嵐の前の静けさにゃあ気付くこったな」


 曇天の陣地へと向かう二人の十戯城メンバーは、曇天の目の前でクラウチングスタートを見せるボルトと対峙していた。


位置についてオン・ユア・マーク……用意レディ……」


 ボルトの全身から、迸る電光。

 大気との摩擦音を擦り鳴らしながら、ボルトの黒い肌を青白く照らす。

 明らかな突撃体勢を見せるボルトが突進してくる前に倒してしまおうと考えた二人は、それぞれ剣を持って斬りかかった。


 同時、ボルトの電光が弾ける。


「ゴー!!!!!」


 瞬殺。

 電光をまとったボルトの突進が、二人をね飛ばし舞い上げる。

 その速度と熱はまさに電光石火。

 ボルトの走った直線状に擦りついた足跡が燃え盛って残っており、さらに電光が駆け巡ってボルトの残光を作り上げていた。


 一瞬で二人を片付けたボルトは、真白の吐息を吐き散らして落ちて来た二人に人差し指を向けて拳銃の真似でパンとやってみせた。


 ボルト・ウェザーボルト。

 能力:電光石火ライトニングアクセル――体内に溜まった静電気を元に加速する。動けば動くほど体内発電し速くなる能力だが、体内の電気が放出されると元に戻る。


「リッカと違っていつでも速くはないけど、最高速は俺の方が上だぜ!」

「明星、選手撃破デロッタ! 六人撃破セイス・ドロップアウトにより、三〇点!」


 観客席から、今日一番の歓声が上がる。

 実力では上位のはずの十戯城を圧倒した今この瞬間、フィールドも観客席も一体となって盛り上がった。


「うぉっしゃぁぁぁぁぁっ!!!」

「声荒げないで頂戴……ま、気持ちはわかるけどね」

「おぉ、カマ野郎。ほい」

「……はいはい」


 喜びから絶叫するボルトの隣で、夜兎鳴と嵐前がタッチする。

 彼らがまさか上級生を撃破できるとまでは想定できていなかった戦場ヶ原は、驚愕で固まるしかなかった。

 思わず、本当に思わず、先月晴渡とボルトが見ていたマンガのようなセリフが出て来てしまうほどに。


「……んな、アホな……」


 三人がそれぞれ二人ずつ撃破している間、囮兼小ポイント稼ぎをしていた雨野馳は息を切らして膝を付く。

 そこに手を伸ばされて来た手は腕からボロボロで、しかしとても強そうに見えたそれは、雨野馳の体を引っ張り上げて立ち上がらせた。

 晴渡が、ニッと笑う。


「やったな」

「私は何もしてないわ」

「何言ってんだ。おまえのお陰で勢いがついて、みんな奮起されたんだ。おまえはしっかりやってるよ、エース」

「……あ、ありがと」

「あぁ、ところでその……ちょっといいか?」

「え――」


 晴渡の手が、雨野馳の顔に伸びてくる。

 硬直する雨野馳をよそに、晴渡はコンキスタをやるうえで欠かせないVVヴァーチャルヴィジョンに干渉するための装着する機器をいじる。

 名前もついていないこれは片耳に装着するものなのだが、繰り返し激走したためか雨野馳のそれが耳からズレて落ちそうになっていた。

 普通に装着すれば能力者同士の戦いでも落ちないし壊れないのだが、雨野馳は少し付け方を間違っていたらしい。


「……これでよしっと」

「あ、ありがと……」

「おぉ! じゃあ次行こうぜ! 次は俺達の番だからな! 気張っていくぜ、雨野馳!」

「え、えぇ……」


 一足先にベンチに戻っていく晴渡。

 その後姿に見入っていた雨野馳は、背後から来る雪咲に気付けなかった。


「ねぇ」

「?! な、なに?!」

「今思ったのだけど、六華って呼んでも平気?」

「え、えぇ、いいけど……」

「じゃあ私も月華でいいよ……で、晴渡くんとイチャイチャできて嬉しかった?」

「そ、そんなことしてません!」

「ホントに? ホントにホント?」

「ホントだって! そんなことより早く戻ろ! 月華!」

「はいはい、そういうことにしときますよ。六華は可愛いなぁ」

「だから違うんだって!」


 勝者の風格すら、わずかながらに漂わせる勢いのある明星。

 一瞬の攻防、霧ヶ峰佳子きりがみねかこと共に戦場ヶ原を抑えていた鏡根は、一足先に戻ったベンチでその様子を見て吐息した。

 

 最初から、何も心配することはなかったのかもしれない。

 最初から彼らを信じていればよかったのだ。

 今の明星に、やる気のない選手などいない。

 大丈夫、今のみんなとならやれる。


「……みんな、ちょっと話があるんだ」

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