試合〜打ち切り
vs 十戯城グラディエーターズ Ⅳ
明星高校コンキスタ試合会場。
二メートル超えの長身を揺らし、
その傍らには、フードを目深に被った小柄な少女を引き連れ、その姿はまさにデコボココンビであった。
「こんなところに呼び出して……どういうつもりなの、千鶴」
「だってホラ、コンキスタの試合するなら見に行けって、キャプテン言ってたじゃんかさ……」
「そんな言いつけ守るほど真面目じゃないでしょ、あなたは。何が目的?」
「……ハァ、メンタルやられるなぁ、そんな言い方……別に? ただ友達の試合見に来ただけ。ついでに、あれもね」
「あれ?」
神門がチョコレートバーで差した方にいたのは、毛量の多い爆発頭の男。
そして白杖を握る盲目と見られる女性。
応援する明星生に紛れて観戦しているが、明らかにまとっている気迫が他とは違っている。
特に白杖を持っている盲目の女子の気迫は、凄まじいものだ。
しかしそれを感じ取れるのは、コンキスタの戦場を知る者のみ。
それも当然で、彼らは黎明を超えるコンキスタ強豪――いや、最強校。
男の方、名前を
女の方、名前を
「どうっすかぁ? 巳永さん。なんかいい子いますかい?」
「そうですね……十戯城は相変わらず、攻撃的なプレイが目立ちますね。
「対して明星は大したチームプレイもなし、基本あの足の速い子のワンマンプレー。さっきから一人、
「暴走、ですか……さて、それはどうでしょう」
得点、四四:四九。
十戯城が逆転し、徐々に点差を広げている展開。
それも
ずっとリードできていたのに状況を悪くし、尚続ける雨野馳に対して周囲は冷ややかな眼差しを向ける。
チームもまるでそれを止めないので、もはや雨野馳個人の暴走とは言い難く、何かを理由にしてチームが勝利を諦めたのだと思わざるを得なかった。
再度雨野馳が卓須にやられ、周囲はあぁ……と落胆の声を漏らす。
これで四六:五七。
さらに点差が開いた。
前半終了まで、あと二分。
明星ベンチ。
「大丈夫か、雨野馳」
「えぇ……」
すでに四回も卓須に挑んで負け、前半だけで酷く疲弊していた。
しかしそれでも、雨野馳を止めるものは誰もいない。
「
「頼まれたました、
「少し、点差縮めておかないとね」
日暮
能力のために体力を温存し、後半戦で一気に挽回という展開に持っていきたかったが、思ったよりもすぐに点差が開き始めてこの段階で二人を解放するしかなかった。
策士霧ヶ峰としても、少し悔しい展開である。
「ねぇ」
敵にとってはまるで予測できない能力で敵を翻弄している彼女は、
バッドを二度と奪われてはならないと、雪咲に接近された二人の警戒は非常に高い。
故に二人を抑えるのに適役な敵役となっていた。
「私の方、少し余裕があるわ。あの二人に行くと見せかけて、あの卓須って人にフェイントをかけてみましょうか」
「……ありがとう。でも、大丈夫。もう少しやってみたいの」
「わかったわ。ただ……悔しいのは、私も同じよ」
「えぇ、わかってるわ。必ず取る……!」
十戯城ベンチ。
「クソ……あのチビ、ずっと俺らマークするつもりだぜ……」
「どうする、分かれるか。それが一番手っ取り早いが」
「おまえが一人でいたらあのチビにスパッとやられちまうだろうが」
「あ? てめぇこそ一人になった瞬間にやられんだろうが」
「てめぇ……俺の方が強いって忘れたのか! 実力の差、思い知らせてやろうか、あ?!」
「てめぇこそ、ぶっ壊してやるよ!」
「やめねぇかてめぇら!」
卓須の蹴りが、斧田、鎌谷の間を滑り落ちる。
エンジン全開の彼女の蹴りは地面を抉り、二人の背筋に悪寒を走らせるほどの窪みを作った。
「二人掛かりで止められねぇとは情けねぇ……それでもてめぇら二年か!」
「「す、すんません姉御……」」
二人を怯えさせる卓須、そしてその様子を観客席から観察している干支の二人を見つけて、戦場ヶ原
(あかんなぁ……まさか干支が見に来る思わんかったわ……特にあの巳永が来るとは思わんかった……保健室登校してる半引き籠もりが、何してんねん……あいつに見られると、厄介やな……)
「どうしたんすかリーダー」
「ん? あぁ……ちぃとばかし……厄介なことになってるわ」
再び明星ベンチ。
干支の選手が見に来ていることに気付いた霧ヶ峰
そしてそれに戦場ヶ原も気付いたのだということに気付き、さらに干支の中でも巳永が見に来ていることに気付いた霧ヶ峰は、明星選手に集合をかけた。
「透視、ですか」
「巳永籠利。あの子の能力は、相手の能力を見抜く。どんなに見分けのつきにくい能力でも、あの子の前では晒されるのんね。条件は、あの子に三〇秒間能力を見られること。だから逆に言えば、三〇秒見られなきゃ見抜かれることはないのん」
「じゃあ雨野馳は平気だな。元々六秒くらいしか持たねぇし、雨野馳の速さに追いつけねぇだろうし」
「さらっと酷いこと言うわね……」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「晴渡くん、酷いわね」
「酷いね」
「自分だってボロボロの癖にねぇ?」
「そんなに責めないでくれ! 悪かったって! ホントごめん雨野馳!」
平謝りする晴渡。
雨野馳は少し不機嫌そうにそっぽを向いたが、しかしその視線に十戯城の卓須を捉えて小さく吐息。
そしてそのまま靴のつま先を地面に叩いて臨戦態勢へと自身を持って行き始めた。
「あ、雨野馳……?」
「問題ないわ。さっさと始めましょう」
一人先にフィールドへ戻っていく雨野馳の背中に、晴渡は声を掛けることすらできず硬直。
さらにその晴渡の虚しい背中を見て、雪・雷・夜のトリオが同時に吐息した。
「反省して、晴渡くん」
「ショーゴ、素直なソーリーがベストだったね」
「あなたは女の子に気の利いた言葉とか無理なんだから、行動で示しなさい」
「……はい、ホントすんませんでした……」
そんなこんなで、五分のインターバル終了。
試合再開である。
雨野馳が、もう五度目になる卓須へのアタック。
その間にいるワーウルフをすべてごぼう抜きにして加速、最高速度で肉薄する。
しかし卓須のエンジンはすでに燃え上がっている。
一度火が点けばなかなか消えない卓須のエンジンは、雨野馳の速度に追いつく馬力を生み出して雨野馳に蹴りを叩き込んだ。
回し蹴りによって吹き飛ばされた雨野馳だが、体勢を立て直して再び挑んでくる。
自分に襲い掛かってくるワーウルフを正面から抜き去り、卓須に飛び膝蹴りを叩き込んだ。
だが惜しい。
卓須に受け止められ、遠心力を利用して投げ飛ばされる。
しかし雨野馳は再度、ワーウルフを抜き去って加速した勢いで肉薄した。
「は! 何度やろうと結果は同じなんだよ!」
(そう……このまま続けても結果は同じ。そんなことはわかってる。だから、だからやるの!)
大幅で距離を詰めていき、卓須から三メートル弱のところから歩幅をグッと縮める。
姿勢を低くしながらあと一歩まで接近して、そこから左右いずれかに駆けこんで彼女の視界から外れる。
問題はその速度とタイミング。
遅ければ余裕で目で追われて反撃され、タイミングが遅ければそのまえに攻撃が飛んでくる。
しかしどうしても自身の最高速より上が出ず、タイミングが掴めない。
抜く相手によって、視界から自分を消せるタイミングが違ってくるのだ。
卓須のようなスピード系統の能力者相手ならば、間違いなく今の全速力を超えた速度と、その速度を落とさないままでタイミングを合わせなければならない。
間違いなく至難の業だ。
速ければいいというものでもない。
三度目の接近もタイミングを合わせるため歩幅を調節した瞬間に、卓須に見切られ蹴りを叩き込まれる。
蹴り飛ばされた雨野馳は転げ、体勢を立て直すもさらに追撃の正拳突きを喰らって晴渡のいる陣地まで吹き飛ばされた。
「雨野馳!」
味方が陣地に入り込むことは、反則ではない。
陣地を護るリーダーと他の選手でも陣地を徹底的に護る作戦、
故に雨野馳がダウンしていない今、まだ試合は続いていた。
「雨野馳!」
「……まだ、まだ間に合わない……もっと速く、走らないと……」
「……なら、いい考えがあるぜ」
雨野馳が晴渡陣地に入り、作戦会議をし始めて卓須は焦る。
二体一はあまり気乗りしないし、作戦としてもまだ陣地を攻めるほどではない。
そこまでの窮地でもない分無理をする必要もなく、しかし何度も向かって来る雨野馳を今ここで叩き潰して、後半さらに人数の少ない状況で明星に戦わせるのも戦術としてもありだろう。
戦場ヶ原が霧ヶ峰と対峙している今、作戦指示は望めない。
今までの経験則から考えられる最善手を最低でも五通りは選出し、そこから一通りを厳選する。
それができるのが初心者と経験者の絶対的な差だと、卓須自身自負している。
故にそのプライドに賭けて、卓須は自らの選んだ戦術に大きな自信をもって実行した。
「くたばりやがれ雨野馳ぃぃ!」
晴渡の陣地に侵入し、雨野馳潰しに出る。
ついでに陣地を取れれば取ってしまう。
取れば一五点、逆転は難しくなるだろう。
故に潰す。
「行くぜ雨野馳ぃ!」
「ちょ、本気?!」
晴渡が雨野馳の後ろへ回る。
そして後ろを向き、右手にエネルギー弾を作り出した。
(は? 何それ、まさか彼をブースターに走るとか無謀なこと言ってんじゃねぇだろうな……! 馬鹿にしてんのかこらぁ!)
「必殺! “
雨野馳が首を傾げて開けたスペースから伸びて来た晴渡の手から、連射されるエネルギー弾。
晴渡のエネルギー弾をブースター代わりに使って加速してくると読んでいた卓須は、進行方向の変更を余儀なくされる。
繰り出されるエネルギー弾の一つ一つは小さいが、しかし数が多くて意識していないと躱すのは難しい。
しかも当たればそれなりに痛いので、躱すしかなかった。
だがその中を、雨野馳が駆け抜けてくる。
晴渡のエネルギー弾と同じ方向へ走り、エネルギー弾を躱しつつ抜かしながらグングンと加速していった。
そして晴渡と卓須はあることに気付く。
雨野馳の加速度が凄まじいのだ。
卓須は何が何だかわからなかったが、雨野馳の能力の詳細を知っている晴渡は仮説を立てられた。
普段抜いているモンスターは一体一体だが、しかし今は同時に三つ四つのエネルギー弾を抜いている。
すなわちその数に比例して、加速度が増しているのではないかと。
つまり雨野馳の能力は、今わかっている段階でも――
雨野馳六華。
能力:
――ということになるわけだ。
驚異的である。
そして脅威的である。
これはすさまじいコンボを完成させたのではと、晴渡は驚くしかなかった。
「いっけぇ雨野馳ぃ!」
無我夢中。
とにかく走る。
目の前の卓須に全神経の九割を注ぎ込み、残りの一割で抜く対象を瞬時に見定める。
エネルギー弾を躱すために絶えず走り回っている卓須に、全速力で向かって行く。
驚異的な速度で、近付く度に卓須にとっての脅威となって迫ってくる。
その速度に、卓須はビビることすらできなかった。
何せビビっている間に、雨野馳が卓須の目の前まで肉薄してきているからである。
「クソがっ!」
卓須が迎え撃つために拳を構えたそのとき、雨野馳は何も見ていなかった。
何も聞こえていなかったし、何も感じていなかったし、世界には自分以外の何もないくらいに感じていた。
しかしそんななかで、迫ってくる敵を見つけ、自分に襲い掛かってくる攻撃を見つける。
そしてそれらすべての速度を目で追ったとき、雨野馳は――
――卓須の視界から消えていた。
(きえ……)
雨野馳に一瞬注意が散ったことで、卓須に降り注ぐエネルギーの散弾。
ぶつかって弾けてダメージを与えていき、ついに卓須が止まったとき、背後から側腹部を蹴り飛ばす長い脚があった。
「て、め……!」
このとき、卓須を蹴り飛ばした雨野馳は気付いていなかった。
自身が今一瞬だけ、卓須を抜いた瞬間に出した速度。
自身の最高速一一〇キロを大幅に超える――二四〇キロに達していたことに。
その、二四〇キロの速度で蹴り飛ばされた卓須はもはや一時的にでも意識を喪失するしかなく、そうでしか体がダメージを誤魔化せないほど、強烈な一撃が繰り出されていた。
「あ? ん、だぁぁぁぁぁぁっ?!」
「はぁぁぁ?!」
蹴り飛ばした方向にいた斧田と鎌谷すらも巻き込んで、三人をフィールド場外へと吹き飛ばす。
審判の男子生徒が駆け寄ったときには、すでに三人共一時的意識喪失を余儀なくされていた。
「明星、
「っしゃあああ!!!」
「雨野馳さん……」
「雨野馳さん!」
「ヒュー! リッカァァァァ!!!」
三度目どころか四度目、さらには五度目の正直。
それをたった五回というか五回もかかったというか、それは人によるだろう。
しかし今、雨野馳六華は晴渡省吾と共に、卓須昴という格上を倒したのである。
これが盛り上がらない道理があるか。
得点は、六四:六一。
まだまだ予断を許さない点差ではあるが、前半終了と同時。
明星は十戯城相手に再びリードを奪ったのである。
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