vs 十戯城グラディエーターズ Ⅲ
前回の試合は、明星が素人ばかりだったために一五分ハーフの試合だった。
故に前半後半それぞれ三〇分フルタイムのこの試合は初めてで、さらに言えば人数も足りないために全員フル出場。
体力面ではかなりの不安があるのだが、しかしそんななかで、
先ほど対戦した
十戯城でも血の気の多い二人にとっては充分すぎるほど効いていて、バッドで地面を叩き威圧してきたが、雪咲は動じることなく構えてみせる。
試合再開。
ここで十戯城は、思わず一秒にも満たない時間硬直する。
それは誰の能力と言うわけでもなく、ただ単に状況が変わったからであった。
実際、いつかやめるとは思っていた。
しかしそれは、状況一変を謀る後半開始直後だと思っていた。
まだ前半のハーフタイムにもなっていないこの状況下で、作戦を変えてくる。
故に一秒の硬直が起こってしまい、それが一瞬の隙となってしまった。
そしてそれは、斧田と鎌谷の二人も同じ。
最初に雨野馳、そして雪咲と来るものだと思っていた二人の最初の視線は動かない雨野馳にあり、そして動いた雪咲に反応するまでに一瞬の遅れがあった。
雪咲に襲い掛かるワーウルフ。
しかし雪咲はそれを逆にブラインド代わりに自分を隠す壁として、自分と二人の間に出させた。
「っ……! どけぇぇぇぇっ!」
斧田がバッドで振り払う。
ワーウルフがよろけて消える。
誰の目に見ても斧田が倒したと思えるこの一瞬、斧田本人は確かな手応えのなさを感じていた。
ワーウルフは自分のバッドを喰らって倒れたのではなく、すでに倒されたのが自分の目の前でよろけただけだと悟ったときには、雪咲が自身の目の前にいた。
バッドという大振り主体の武器では間に合わない間合い。
斧田はとっさに膝を出し、膝蹴りで蹴り飛ばす選択をする。
雪咲は顔面を蹴られて失神、あわよくば戦闘離脱――という道筋を描いていた斧田は次の瞬間の自身の目を疑った。
正面にいたはずの雪咲が正面から消え、視界の隅に確認できる。
背後に回っていた雪咲がナイフを構え、裏拳の形で刺しに来ているのを見て、躱せないと確信した。
だがこのとき、躱せないと思ったのは雪咲のナイフではない。
その雪咲を捉えるためにとっさに振った、鎌谷のバッドだった。
雪咲を捉えたあと、すぐさま自分にも被災するこの角度。
自分を助けるために振ったのに、それが自分にも飛び火するとはなんたる愚かなことか。
馬鹿野郎と、内心で酷く鎌谷を責める。
だがそれは次の一瞬で見た驚きでやめてしまった。
鎌谷が振ったバッドが、雪咲の姿を通過して自分に迫っているように見えたからだ。
驚愕が大きすぎて、鎌谷を責めることなど忘れてしまった。
鎌谷の能力は
振る速度が遅いほど威力を増すという普通なら結局使えないじゃんと思う力。
そして不幸なのは、逆に速度が速ければ速いほど力が削がれるのかと言うとそうではなくて、速い攻撃はそのままの攻撃力で繰り出されるということだ。
故に雪咲を捉えるために全力全速力で振ったバッドは鎌谷が元々持つ攻撃力でもって斧田を襲い、腹に減り込んで胃液を嘔吐させながら吹き飛ばした。
「お、斧田ぁぁぁっ!!!」
斧田の体が短い弧を描いて落ちる。
その手からバッドが離れ、金属音を立てて落ちたとき、雪咲はそのバッドを手に取った。
そしてそのまま、鎌谷へと向かう。
鎌谷はこのとき思った――
(馬鹿が……同じ武器で、しかも手慣れてない武器で俺に勝てると思ってるのかよ!)
――と。
しかし鎌谷は忘却していた。
自分のように傍目からはわからない能力者もいるのだということを。
「“振動バッド”」
雪咲の渾身の一撃を、鎌谷は余裕で防御する。
女子の力ではやはりビクともせず、鎌谷の反撃が出ると誰もが思った。
「っ――?!」
体が動かない。
指一本、眼球さえも。
全身が正座し続けた脚のように、痺れて動けなくなっている。
“振動バッド”などと命名していたが、だが使いこなせない武器で技名が付けられるほどのものが繰り出せるとは思っていなかった。
だがこれは完全に、技として成立している代物だ。
「“振動バッド”は衝撃を叩き込んで、全身の神経を痺れさせる技だもの、動けないでしょう。なんで彼のバッドがそんなに使えるのかって顔ね」
「私ナイフ使ってるけど、別に手慣れてるから使ってるんじゃないの。ただ軽くて小回りが利くから使ってるだけ。私に合う武器は、残念ながら私の手の内にはない……なんでか、相手のものばかり上手く使えるのよね、フフ」
雪咲月華。
能力:
「さて、“振動バッド”は個人差もあるけど大体二分は動けないわ。その間にあなたを葬らん――」
雪咲の背後に、バッドを振り回す斧田。
得物を振れば振るほど攻撃力を増す能力
能力者にバッドなどぶつけても頭など割れないし、試合中は殺人が起きないよう特殊な結界が張られている。
故に本当に勝ち割ることなどできはしないが気絶くらいはするだろう。
これで確実に一人脱落、明星は十人での試合を強いられる――という希望的観測をしていた斧田だったが、さすがに気付くべきだった。
希望的観測は、悉くが楽観的過ぎて現実を見ていないと。
バッドを振りかぶっていたはずの雪咲が消え、背後に現れる。
そして雪咲は全力でバッドを振るい、斧田を打ち飛ばした挙句鎌谷まで巻き込んで吹き飛ばした。
「ちなみに、さっきのはホームランと葬らんを掛けたダジャレじゃなくて、ちょっとした言葉遊びよ。最近の私のマイブームなの」
二度の強い衝撃に撃たれて、斧田はさすがに体力の限界。力尽きる。
対して鎌谷はまだなんとか立ち上がろうとしたが、脚が震えてうまく立てずにいた。
能力者の力とは言え、女子とは思えない力で殴られた。
そう感じた鎌谷は、雪咲の能力を知らないが故に考察し、一つの可能性を導き出した。
「てめぇ……まさか斧田の能力をコピーしやがったのか……?」
「いいえ? ただ一番力の伝道しやすいようにバッドを持って振って、一番力の籠る位置であなた達を殴っただけよ。予想以上の力で殴られたと思ってるのならそれはきっと……」
「あなた達が私より使い方が下手、と言うだけの話ね」
「……クソ、が……」
斧田、鎌谷戦闘不能。
雨野馳ばかりが戦力だと思っていた十戯城は、これで考えを改める。
傍から見れば、
超人的速力をあからさまに武器にしている雨野馳と違い、もはや能力も使っていないのではないかと言う錯覚すら覚える敵は、雪咲を警戒するしかなかった。
試合は、三五:二三で一時中断。
明星ベンチ。
「取ったどぉ」
「「おぉぉぉぉ……」」
晴渡とボルト・ウェザーボルトの二人が拍手で迎える。
無論能力の情報交換は行っているので雪咲の能力は承知していたが、実際にあれだけの威力を発揮するとは思わなかった。
雪咲の苦手とするパワーを必要とする武器ですら、使い勝手のわかっている上級生を相手に負けはしない。
そして何より――
「見てた?」
雨野馳も思った。
なんて綺麗なステップで走るのだと。
斧田鎌谷との戦闘をできるだけ見ていた雨野馳は、雪咲の走法をしっかりと見ていた。
時速百十キロで走る人間が、自分より遅い人の足捌きを見切れないはずはない。
それでも、ギリギリだったが。
「雨野馳さんならすぐできるよ」
「……でも、教えてもらってたけど今まで一度も——」
「そりゃそうだよ。だってこれ……」
雪咲は雨野馳に耳打ちする。
それを聞いた雨野馳は少し驚いた様子だったが、雪咲はそりゃそうだよと付け加えた。
「さてと……ところでみんな」
雪咲は皆に振り返る。
そのときの雪咲はとてつもなく清々しく、さっぱりとした笑顔で厭らしく言って見せた。
「もしかして、ここから私の独壇場? 私が全員倒していいの? ……別にいいけど。ありがとう手柄をくれて。あなた達はせいぜいワーウルフとでも戦ってるといいわ」
明らかに、いらないとすら思える雪咲による挑発。
しかしこれが功を奏して、明星の士気を高めることとなる。
主にこの、晴渡&ボルトのコンビと彼女によって――
「ぬぁぁぁぁっ、雪咲の野郎……おいしいとこばっかり持っていきやがってぇ……!」
「ま、ショーゴは囮作戦で腕ボロボロだからな、無理しなくていいよ。代わりに僕が、君の分まで活躍してあげるさ」
「あ”?!」
「負けてられないな、晴渡くんボルトくん!」
「
地面を操る能力者、日暮
精神的な話もそうだが、物理的にでもある。
情熱青春フルスロットル、元気溌溂少女日暮要にとって、負けているというのは耐えられないことで。
「これはもう、私達も全力全開で力を奮うしかない! 雪咲くんに遅れはとれんぞ!」
「「は、はい!」」
「勝利を目指す奇跡の流星ぃ!」
「「明星スターダスト、ゴー!」」
うるさい、と
しかしその手に握り締めたライフルの調整を終え、静かに闘志をむき出しにしていた。
そしてそれは、
「まったく、声を上げなきゃやる気が出ないのかしらねぇ……」
「でもさっきまでの意気消沈してたときよりいいじゃない。僕も頑張らなきゃ」
「……ま、気持ちはわかるわ。じゃあ私もそろそろ能力発揮しないとねぇ」
「夜兎鳴くんの能力、そういえばまだ知らなかったな。楽しみだよ」
「フフ……楽しみにしてなさい。まぁ解説はしてあげないけど」
「結局みんなやる気満々じゃねぇか……一人除いて」
未だ燃え上がらない
そこまでの付き合いがないうえにしかも最上級生で部長の彼にどうしたものかと悩んだが、結局普段の調子で行くしか選択肢がなかった。
故に彼女は普段から友達にするように、鏡根の肩を捕まえて力強く組む。
「しっかりしろよ部長。これ負けたら、うちら解散なんだろうが」
思えば、嵐前だけは知っていた。
あのとき現場にいたのだし、元々彼女のお陰でこの試合が実現したようなものだった。
「俺はまだ、コンキスタに対してそこまでの情熱は正直持ってねぇ。だけどさ部長、あんたは三年間続けて来たんだろ。部長としてここまで部、守って来たんだろ。だったらよ、今までの情熱ぶつければいいじゃねぇか。このまま戦ってそんで負けたら、悔いしか残らねぇ。その情熱は、不完全燃焼させていいもんじゃねぇだろ」
「現に見ろ。俺と同じ、最近までそんなコンキスタに情熱なんてなかった野郎が、立ち上がったぞ」
走法はわかった。
練習だっていっぱいした。
それは、戦っている十戯城の選手から見ればまるで足りない練習量だろうけれど。
だがそれでも、練習はした。
あとはその成果を出し切って、走るだけ。
「雨野馳ちゃん、行けるのん?」
「……あの卓須って人と勝負させてください。今度は、勝ちます」
「いいのんね。勝てるまで勝負してくるといいのん。負けて取られた点は――」
「――私達が取り返す。だから思う存分やってくるといいのんね」
「はい!」
青白い眼光が、強い闘志を
全身から湧き上がるオーラのようなものを感じた鏡根は、心の中で雨野馳に問いかけた。
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