vs 十戯城グラディエーターズ Ⅱ

 倉科丈介くらしなじょうすけ、再起不能。


 選手交代を余儀なくされた十戯城の戦場ヶ原龍一せんじょうがはらりゅういちは、次なる一手を考える。


 雨野馳六華あめのちりっかの速度は、一度止まれば失われることがわかった。

 ならばその速度に追いつくのではなく、真正面から止めるのが理想的である。


 現に倉科はそれで雨野馳を止めた。

 霧ヶ峰佳子きりがみねかこによる妨害で倉科は倒れたが、しかし彼の犠牲の代わりに雨野馳を止める手段を見出したのだ。

 

「リーダー、どうします」

「せやなぁ……霧ヶ峰佳子。あの人強いからなぁ」

霧細工職人ミストメーカーは厄介っすからね……なんでも作れるって反則でしょう」

「いやいや、あの能力自体はそう強くないわ。あの能力であそこまで戦える霧ヶ峰はんが強いねん。うちの連中であの人の戦闘力に勝てるんは、せいぜいうちか大西くらいやろ」


 そう言って、今日は審判をやっている大西佐助おおにしさすけに目をやる。

 怪我をしていることを咎めるつもりはないのだが、しかしこの状況で彼がいないことを悔やまないなんてこともなく、戦場ヶ原はただ吐息した。


「まぁないものねだりしても仕方ない。今いるメンバーでやるしかないわなぁ……とにかく、霧ヶ峰はんはうちが抑える。あの速い銀髪の子ぉは……今は放置や。卓須たくす、次行くで」

「うっす! 待ってたぜリーダー!!!」


「……ボッコボコ!!!」


「「「フルボッコ!!!」」」


 一方、明星ベンチ。


 スポーツドリンクで栄養補給した雨野馳は、ベンチで座り込んでいるだけ。

 他の皆が作戦会議をするフリをしているのか、それともまた霧ヶ峰が何か作戦を立てているのか、その実態はわからない。

 少し不満はあるが、しかし先ほどの霧ヶ峰の特攻は雨野馳を含む全員が知らなかったからこそ不意をつけたもの。

 実績がある上、霧ヶ峰の戦闘経験は部の中でも群を抜いている。

 まだ二回目の雨野馳達若輩者に、意見することなどできなかった。


「向こうもそろそろ来るかんね。戦場ヶ原くんは、多分私を止めに来る。雨野馳ちゃんを止められる人がいるかどうかは……わからないけど」

「全員まだほとんど動き見れてねぇっすからね……まぁ元々そういう作戦だったわけっすけど」

「そこで……雪咲ゆきざきちゃん、出番だかんね」


 試合再開。


 明星は三度目も同じく、晴渡省吾はれわたりしょうごのエネルギー弾を囮にして雨野馳を走らせる。


「はっ! 何度も同じ手が通じるかよバァカ!!!」

「死ねやこらぁぁっ!!!」


 金属バットを持った二人が、自ら雨野馳の前に立つ。

 ワーウルフを次々抜き続ける雨野馳は、その速度を上げたまま二人の間を突っ切った。

 

 突っ切られた二人は風圧に負け、軽くよろける。

 そのよろけた瞬間に、今度はナイフを持った白髪の少女が肉薄してきた。

 バットを持った一人――斧田正おのだただしが思い切り振りかぶる。

 斧田からわずかにタイミングをズラして、鎌谷正かまたにただしもまたバットを振るった。


「その頭かち割ってやらぁ!」


 斧田正。

 能力:全力抜刀フルスイング――得物を振れば振るほど攻撃力が増す。増加量に得物の重さは比例しない。

 

「喰らえダブルバットスイング!」


 鎌谷正。

 能力:脱力抜刀ゼロスイング――得物を振る速度が遅ければ遅いほど攻撃力が増す。増加量に得物の重さは比例しない。


 二人のスイングに、雪咲月華げっかは臆することなく突っ込んでいく。

 そして二人のバッドが雪咲の小さな頭にぶつかるか否かというところまで迫ったとき、スイングコンビは自身の目を疑った。

 

 雪咲の姿が、一瞬で消えた。

 

 そして次の瞬間、手首に感じる鈍い痛み。

 見るといつの間にか背後に回っていた雪咲が、二人の手首を手刀で突いてバットを落としていた。


「んの、野郎!」


 とっさに前に跳び、落としたバットを拾い上げる斧田と鎌谷。

 

 それを追った雪咲は、ナイフを振り回して鎌谷の方に斬りかかる。

 しかしその使い方はまるで子供で、ナイフをただ振り回しているだけ。

 そこに武術も剣術も何もなく、本当に素人の振り方だった。


「んだぁ?」

「馬鹿にしてんのか!」


 雪咲のナイフを避ける二人の後方から、フィールドを一周してきた雨野馳が迫る。

 二人は雪咲の攻撃に気を取られ、気付いていない様子だ。


 後ろから蹴りを入れて再起不能――できなくても隙を作ることくらいはできる。

 自分にだってできることくらいあるのだと、速度を保ったまま突っ込んだ。


 が――


「っとぉ」


 突如襲い掛かってくる、黒い何か。

 牙を剥き、熱い咆哮を放ってくるそれを見たことがなかったために、雨野馳は恐ろしさから軌道を変える。

 しかしその軌道を変えた先に、卓須すばるが待ち構えていた。


 黒い何かによって誘導された雨野馳に、卓須は思い切り回し蹴りを叩き込む。

 顔面を思い切り蹴られた雨野馳は吹き飛ばされ、三体ものワーウルフと曇天松信どんてんまつのぶを巻き込んで倒された。


「やっとエンジンかかってきたぜ……よくもやってくれたなぁ、銀髪!」


 卓須昴。

 能力:エンジン――体内にエンジンを持ち、体内の栄養と酸素を燃やすことで爆発的速力を得る。寒い環境下だとエンジンがかかるのに時間が掛かる。


「……今日は肌寒くて、エンジンかかるのに時間かかっちまったぜ。もう逃がさねぇ」


「十戯城、選手撃破デロッタ! 二人撃破ドス・ドロップアウトにより十点!」


 二二:一八。

 未だ双方相手の陣地を奪うことはなく、明星リードで進んでいる。


 しかし早くも、雨野馳による攻撃が通じなくなってきた。

 相手にも卓須という速度の領域で勝負する選手がいる以上、経験値の差で勝率は薄い。

 作戦を変えなければならないが、明星に相手陣地を奪うだけの実力者がおらず、陣地奪取は狙えない。

 幸運なのは、相手も陣地奪取にそこまで意欲的ではないということだ。


 十戯城の戦術は、おそらく大円にいる選手を撃破し続け、戦闘不能にして戦力を削いでいくという作戦。

 これを用語では殲滅作戦アニィキラキオンという。


 使いどころとしては相手陣地を護るのが味方チームの誰よりも強い選手ばかりであったときに大円内で得点するのを狙ったときがオーソドックスだ。

 しかし今回の十戯城がこの作戦を選んだのはそんな理由ではない。

 十一人という少数で挑んでいる明星に控えはなく、ルール上陣地を護る三人と大円で戦う一人以上が欠けた時点で負けとなる。

 故に十戯城はその攻撃力でもって、明星を棄権に近い形で敗退させようとしていた。


「その調子や、卓須。これからあの銀髪の子ぉの相手はおまえに任せるさかい、気張れや?」

「うっす! 任せろリーダー! あんな奴、軽くひねってやるぜ!」


 卓須に任せる戦場ヶ原の背中から、伸びているのは黒い体。

 漆黒の縄体をくねらせて、四匹の大蛇が舌を鳴らす。


 戦場ヶ原龍一。

 能力:八岐大蛇ヤマタノオロチ――体内に八匹の大蛇を飼う。伸縮も自在で万能だが、操作する度に精神的に疲れてくるので長期戦に不向き。


「さて、どうでる……? 明星」


 明星ベンチでは雨野馳と曇天が起き上がり、試合続行可能と判断されていた。

 しかし雨野馳のダメージが思ったより大きい。

 しかも厄介なことにそれは肉体的なものよりも、精神的なものの方が大きそうだった。

 その様子を見て、晴渡が霧ヶ峰に進言する。


「先輩。雨野馳ばっかりにやらせないで、俺達ももっと攻めないっすか。陣地落とせば一五点取れる。俺とボルトの二人掛かりでやれば……」

「それは無理なのん」

「なんで――!?」


 前触れもなく、霧ヶ峰は晴渡の袖を捲る。

 すると現れたのは、青く腫れ上がった晴渡の腕だった。

 思わず雨野馳は引いてしまう。


「本当はこれ、もう下がるレベルなのねん。晴渡くんの陽動ももうやめさせる予定だったし、この腕で格上の相手と戦わせるわけにはいかないのん」

「でも――!」

「晴渡くんはよくやったのんね。ワーウルフ程度なら、フルパワーじゃなくても倒せるでしょ。ここからはモンスター討伐だのんね」

「それじゃ勝てない!」

「じゃあどうやったら勝てるのか、晴渡くんわかってるのん? 私でもわかってないのんね」

「それは……だから……」


 晴渡は意気消沈してしまった。


 自分の限界も実際はわかっている。

 もうフルパワーで打てないこともわかっているし、今撃てる火力ではせいぜいモンスター討伐が精一杯だということもわかっている。


 だが負けたくない、諦められない。

 自分が囮をやらないで、誰がやるんだ。

 誰が雨野馳のために道作ってやるんだと、自分に言い聞かせ、それでもやると言いたかった。


 だが言えない。

 霧ヶ峰の言葉が強く刺さっていた。


 どうやったら勝てるのか。

 それを必死に考えている霧ヶ峰と違い、ただ勝ちたいというだけで色々言っている自分。

 勝つことだけではなく、チーム全員の体力や気力を考慮し、不具合不調も加味して作戦を立てる。


 正直そんなことができるほど、頭なんてよくはない。

 そういうことは一年ならば、夜兎鳴狩野やとなりかりやや曇天の方が得意だろう。

 だがその二人ですら何も言えないのなら、自分にそれ以上のことなど言えるはずもない。

 ただ自分のしたいようにしただけでは勝てない。

 コンキスタの非情な部分に直に触れて、今強く実感していた。


「……曇天くん、晴渡くん。日暮ひぐらしちゃん、月神つきがみちゃんと交代なのねん。相手はしばらく陣地を攻めては来ないでしょう。その分しっかり休むのんね」

「……はい」


 チームが沈み切っている。

 その中で、雨野馳は卓須を見つめていた。

 

 自分のような付け焼刃の蹴りではない。

 敵を倒す本物の蹴り。

 喰らってわかった、あれがコンキスタで繰り出される本物なのだ。

 今まで自分がしていたのは蹴りではなく、ただ敵に向けて脚を出していた、ただそれだけ。

 

 その蹴りが自分にも出せたなら。

 相手を確実に倒せるだけの蹴りが繰り出せるのなら、きっとこんなに苦労していない。

 触ってはいるのだ。

 この試合中でもう、陣地を護る三人以外は全員触った。

 それら全員を蹴り飛ばせれば、確実なポイントにできれば――


「雨野馳さん」


 雪咲が声を掛けて来た。

 雨野馳は返す言葉が見つからず、深く俯く。

 そんな雨野馳に、雪咲は優しく言葉を投げかけた。


「やろうよ、あれ」

「……でも、まだ私には……」


 雪咲は雨野馳にナイフを手渡す。

 それを受け取るために雨野馳が顔を上げた瞬間、雪咲はその顔を取って自分を見上げさせた。


「見てて」

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