危機 明星スターダスト

 十遊戯高校との試合が決まったとはいえ、それは口約束。

 場所を提供しなければならない明星のコンキスタ部は、高校に正式な許可を取らなければならないわけである。

 

 雪咲月華ゆきざきげっかが半ば強引に試合を申し込んだ翌日、試合に賛成した鏡根望かがみねのぞみは明星の理事長に許可を取るべく理事長室に向かっていた。


 理事長の明星琢磨みょうじょうたくま

 五年前に父の後を継いで理事長に就任した、比較的若い教師だ。

 左半身で充電。右半身で放電するという能力者でもある。


「十遊戯との練習試合……?」

「はい。部員が勝手にした口約束ですが、これも何かの機会。皆のレベルアップのためにも、必要かと――」

「鏡根くん」


 威圧されざるを得なかった。

 何せ鏡根のすぐ側を、青白い電光が通過していったからである。

 

 明星は経営的な手腕でも知られた男。

 だが恐ろしいのは、その能力によって築いた過去の実績。

 

 十六年前のコンキスタ世界大会レギュラー出場。

 そして当時、岩壁と恐れられたロシアの有名なコンキスタプレイヤーを再起不能にした実績から、雷光の名で世界に轟いた。

 コンキスタの世界から退いたのが、まだ早いとすら思える偉大な大先輩であった。


「僕は確かにコンキスタプレイヤーだった。日本一に輝いた経験もあるし、世界とも戦った。君達後輩の背中を押すのは、僕の役目だと思ってる。だが今、僕は理事長だ。厳しい話、勝つ見込みもないチームにいつまでもお金と時間をかけてやれるほど余裕はないんだよ。父はその点、寛大だったようだけどね」


 そう言って、理事長はパソコンを操作する。

 そして出したのは、明星スターダストが今までに出した公式の戦績だった。


「二五年前の世界大会優勝から、翌年は全日本大会準決勝で敗退。そのさらに翌年は準々決勝で敗退。その後は東京都大会で敗退を続け、年が経つごとに戦績は落ち、今や都大会一回戦で敗退するチーム……悪いがこの戦績で応援してくれと言われても、そう簡単にできはしない」


 理事長はあくまで今、理事長として発言している。

 それはよくわかっている。

 しかしそんな言葉よりも、次に繰り出されたかつて英雄だったコンキスタプレイヤーだった彼としての言葉の方が、よっぽど胸に刺さった。


「コンキスタはね、ただ好きってだけじゃ続かない競技なんだよ。どんなスポーツだって、怪我をする恐れは充分にある。それが対人競技ともなれば、どんなに気を付けたって死人が出ることすらある。その中でも、コンキスタの危険度は別格だ」


「相撲や柔道みたいに、体のどこかが地面についたら負けなんてルールはない。空手や合気道みたいに、形がどれだけ美しくてもなんの意味もない。アメフトやバスケのように、ボールの取り合いのための衝突なんてものもない。敵を倒し、陣地を征服する。それが征服コンキスタだ。どれだけ技術が発展し、人の体に傷を残さないよう進化していっても、人が気絶するほどのダメージを受ける競技だ。本来弱い人間には、薦めないどころか禁止する競技なんだよ」


「わかるかい、鏡根くん。一回戦で何もできず敗退するようなチームに、わざわざ強いチームとの対戦なんて許せない。黎明との練習試合も、向こうでほぼ決定してしまっていたから許したんだ。例外中の例外なんだよ。そして例外っていうのは、そう易々とあってはならない!」


 理事長の言葉が、自分達の身の安全を思ってのことだと言うのは重々承知している。

 だが一縷の悔しさもないのかと問われれば、首を横に振って応えただろう。

 

 十戯城は、昨年と比べれば確かに弱体化しただろう。

 だがその実力はおそらく、今の明星よりもずっと上。

 何も去年の十戯城は、当時の三年生だけが強かったわけではないのだから。


 コンキスタは危険な競技。

 それはわかっている。

 だけど、それでも――


 反論できないのが悔しかった。

 自分達は確かに、東京最弱の称号を負うに――皮肉にも相応しいチームになってしまった。

 二五年前の栄光など、もう微塵もない。

 

 だけど戦いたい。

 今までの自分達だったら、そんな機会はなかった。

 去年までは、他の部活からの助っ人を使ってなんとか試合していた本当の弱小チームだ。


 だが今年は、みんなが入って来てくれた。

 

 雨野馳六華あめのちりっか

 晴渡省吾はれわたりしょうご

 雪咲月華。

 ボルト・ウェザーボルト。

 曇天松信どんてんまつのぶ

 夜兎鳴狩野やとなりかりや

 そして――


「失礼しまぁす、っとぉ……」

 

 鏡根の側を、一人の女子生徒が通過する。

 セミショートの髪の半分が黒く、半分が白いというその女子生徒は、同年代からしてみれば大きく膨らんだ胸元から紙を一枚取り出し、理事長の机に叩きつけた。


「ほぉれ理事長、バイトの許可証もらってきたぜ? これでバイトしていいんだろ? な、な?」

「あぁ、構わないよ。だけど一応女の子なんだから、夜間に長時間働かないようにね」

「んだよ、金が足りねぇんだ。ケチケチすんなよぉって、あれ……じゃん。どうしたんすか」

 

 女子でありながらスカートを履かず、男子と同じズボンを着用した彼女。

 口調から格好から男子のそれなのに、しかし成長具合はかなり女性的という皮肉を込めていた。

 彼女が雨野馳等と共に入部した七人最後の一人。

 

 嵐前静閑らんぜんしずか


 入部したまではいいものの、バイトの許可証を提出せずにバイトしていたことがバレて最近まで揉めていた生徒である。

 故に部活には来れておらず、日々バイト三昧だ。


「えっと……嵐前さん、どうしてここに?」

「いやぁ、バイトの許可証がようやく担任に貰えたんで、渡しに来たんすよ。部長はどうしたんすか。まさか……なんかやらかしたんすか?!」

「違うよ、違う! 他校との練習試合にうちの競技場使わさせてくださいって、お願いしてたの!」

「ふぅん……」

「そういうわけだ。嵐前くん、君は退出してくれて――」

「ケチケチ言うなよ、理事長。俺も一応コンキスタ部員だぜ? だったら混ぜろって。いいじゃんか、練習試合。貸してくれよ、ケチケチしてねぇでよ」


 理事長に溜め口が効けるのは、この学校の生徒の中では嵐前だけだ。

 彼女の父親は明星の前理事長――つまりは今の理事長の父と古い仲であり、現在も他校の理事長を務めている存在。

 同じ境遇故に家族ぐるみの付き合いも多く、人前では言わないが嵐前は理事長をおじさんと呼んで慕っていた。


「なぁ、いいだろ理事長。野球するにもサッカーするにも、あそこは広すぎんだよ。コンキスタのためにあるみたいなもんだろ? な、な?」

「ら、嵐前さんちょっと……」

「嵐前くん。今調度、君達のような弱小チームに、今度の敵は強すぎるからやめた方がいいと言っていたところなんだよ。怪我してほしくないからね」


 理事長がハッキリ言うと、ずっとヘラヘラしていた嵐前の顔つきが変わった。

 理事長の机に座るとパソコンを閉じ、理事長の顔を覗き込むように近付ける。

 そして鋭い八重歯を光らせて、大きく口角を持ち上げた。


「弱小だ? 確かにこのまえの練習試合、明星は負けた。完敗だったなぁ……だけどよ、そのときうちらはいなかったんだぜ? まだチームとして戦ったこともない奴もいるうちから、弱いなんて決めつけてんじゃねぇよ。俺らに戦わせろよ、おじさん。俺らがどんだけ強ぇか、証明してやらぁ」


 親交があるとはいえ、ここまで理事長相手に強気に出られるとドキドキしてしまう。

 比較的小心者の鏡根は、後ろで物凄い緊張感に襲われながら立ち尽くしていた。


 そしてそんな強気な姿勢で来られた理事長は、嵐前を机から下ろすとフムと考え始めた。


「確かに、嵐前くんの言うことも一理ある……まだ実力もわかっていない生徒もいるのに、何もできない弱小と断じるのは早計過ぎるか……わかった。じゃあこうしよう」


 そう言って、理事長は立ち上がる。

 理事長は決して高くない、男性平均身長ズバリくらいの大きさの人だったが、しかし肩幅がある体のせいで大きく見える。

 さらにいえば、二人にとって偉大なるコンキスタの大先輩。

 大きく見えないはずはなかった。


「来週の土曜日だったね。運動場を君達に解放しよう」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、君達にはリスクを背負ってもらう。今度の試合で大差をつけられて負けた場合、コンキスタ部は廃部にするよ。これ以上、怪我人を出したくはないからね」

「そ、それは……」

「面白れぇ。だったらうちらが勝ったら、今年も行くぜ、世界大会。そのための資金、ちゃんと用意してくれよな」

「……あぁ。君達が、あの十戯城相手に勝つようなことがあれば、惜しみなく」

「よっしゃ! 決まり! 行きますよ、部長! 早速練習だぁ!」

「あ、ちょ、え、待っ……」


 突然の、明星コンキスタ部廃部の危機。

 それを受け入れきれない鏡根は、颯爽と部屋を出ていく嵐前とは真逆で、そう軽快に部屋を出ていくことができなかった。

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