入部~試合
純白のコンキスタドーレス
コンキスタ部入部から、一週間が経った。
何よりも過酷な競技であるコンキスタの練習は実に過酷で、この一週間でした練習の最中、
今日も両腕両脚にそれぞれ六キロの重りをつけての二五メートル水泳を五本十セットを終えて、一年生は終わった順にプールサイドに寝そべった。
「よぉし! 今日の練習終わり!」
「みんな、体冷やさないようにするのんね」
三年生の
弱小チームだから練習までもイージーかと言うとそんなはずはない。
勝利を目指して鍛え続けた二人にとって、これくらいはまだ余裕を残せる程度のものらしい。
それに続いて二年生の
「おえぇぇぇ……」
「ちょっと、こんなところで吐かないで。水泳部の迷惑よ」
吐きそうになっている
その場では吐くのを我慢した晴渡だったが、すぐさまトイレに駆け込んで吐いてしまった。
「ショーゴは大丈夫かな、リッカ」
「大丈夫よ。どうせまた、お昼食べ過ぎたとかそういう感じでしょ」
「あなたは大丈夫なの、ボルト」
「ありがとうリッカ、僕は大丈夫だよ」
晴渡を心配するのは、練習試合にも参加した黒人の一年生。
ボルト・ウェザーボルト。
一八二センチの高身長に長い腕と脚。細身ながら筋肉質な体。スポーツ刈りという一見怖いイメージの姿だが、根はとても優しい好青年だ。
アメリカ人と日本人のハーフで日本語は拙いのだが、首に黒いコード型の翻訳機を着けているために言葉が伝わらないことはない。
「それよりさ! このあと楽しみだよね! ずっと待ってたんだ、俺!」
そう言って、ボルトは実に興奮する。
ボルトが言っているのは、今日コンキスタの世界大会トーナメントに出場する日本代表選手を発表する放送のことだ。
コンキスタ世界大会は三年に一度開かれ、世界ランキングで上位一六に入っている国の選手達が戦う大会である。
世界からの注目も高く、全世界で平均視聴率四二パーセントを誇る大イベントだ。
大会自体は冬に行われるのだが、チームとしての調整や練習のために春に選手を選ぶ。
「あら、日本人じゃないのに日本の応援? アメリカも今日発表なんだから、気になるんじゃないのかしら?」
女言葉でボルトに声をかけたのは、藍色のセミショートを拭く男子。
身長は晴渡とわずかに高い一七五センチ。
筋肉も慎ましい細身の体系に女言葉と、ちょっと怪しい青年である。
練習試合を見てコンキスタに興味を持ったらしいが、自己紹介で唯一能力を明かさなかった。
「日本に好きな選手でもいるのかしら」
「あぁそうなんだ! アメリカのコンキスタドール・シグマも大好きだけど、日本のコンキスタドーレス・アヤメが大好きでさ! もう絶対選ばれてほしいんだ!」
「あぁ、
「覇星……?」
雨野馳の反応に、ボルトと夜兎鳴は驚いた。
雨野馳が首を傾げたのは、もはや流行に疎いと言わざるを得ない。
コンキスタを始めたばかりの雨野馳だが、しかし覇星彩夢とは歴史に興味のない人間ですら織田信長を知っているくらいに認知されている存在であった。
「リッカ知らないの?! アヤメハジョーは日本のコンキスタドーレスだよ?!」
「まだ初めて間もないって言ってもねぇ……せめて自国の代表選手くらい知っておかないと……」
「あ、なんかごめんなさい……それで、強いの? その人」
「強いよ! なんたって世界最高速の選手だからね!」
「世界、最速……」
「あなたよりずっと速いわよ。同じスピード選手なんだから、注目しておきなさい」
その後、霧ヶ峰が弄ったTVを部室に置き、電源をつけて消してを繰り返すこと三回。ようやく点いたTVに映ったのは、今年の日本代表に選ばれた選手達だった。
その中で最も目を引いたのは、白髪紅眼の女性。
背はそこまで高くなく、雨野馳より数センチ低い程度。
長い白髪は背中を覆い隠し、前髪も紅の瞳を半分だけ隠して色を映えさせている。
白肌といい、アルビノなのは明白であろう。
彼女が世界最速のコンキスタプレイヤー、覇星彩夢。
しかし雨野馳の興味をそそったのは、彼女が履いていた純白のロングブーツだった。
純白の装甲に、蒼い光を反射するラインが入ったデザイン。
足の甲と裏に全体的に入った鋼鉄が美しく、どこか紅色に光っているように見えた。
自分が使っているそれと、かなり似ているのに気付く。
霧ヶ峰が用意したものなので当初はそれしかなかったのだと思ったが、実際は彼女があのデザインに憧れて作ったものだったとこのとき知った。
その後のインタビューで、覇星は今年の大会について笑顔で答えていた。
『私は走ることしかできません。私の能力は、ただ速く走るというだけの能力です。でも私は、誰よりも速く走ることができます。それが私の長所です。世界相手でも通用すると、私は信じています。私は、最速のコンキスタドーレスですから!』
その様子を見て、雨野馳は覇星彩夢という選手が気になった。
同じ速度を武器とする選手の最高峰として、確かに気にするべきだと思った。
故にその後動画を漁り、覇星の試合動画を見まくった――
▽ ▽ ▽
――その日からまた三日後の早朝。
学校も練習も休みのこの日は、体力作りのためにマスクをしながらのランニングをしていた。
現在はそれを終えて、人けのない公園のベンチで休んでいるところである。
頭の中は、夜遅くまで見ていた覇星の試合動画をリプレイしていた。
流星と呼ばれる、走った軌道上に真白に輝く軌跡を残す走り。
その軌跡でフィールドを征服する彼女の走りは、まさに
女性最強に与えられる称号を、受け取るに充分な存在であった。
スロー再生をしてしまうと見れなくなってしまう、軌跡の真白をまとう覇星の走り。
しかしスロー再生でようやく見られる美しいランニングフォーム。
どちらで見ても、その姿は雨野馳の心に強く残るばかりであった。
「私も、いつか……」
動画での覇星に憧れ過ぎて、こんな夢を抱いてしまうほどである。
しかしそんな夢に耽る雨野馳を、女性の叫び声が現実へと引き戻した。
「誰かぁぁ!!! あのバイクを捕まえてぇっ!!!」
見ると、そこには叫ぶ女性と凄い速度で走って行くバイク。
こんな早朝から、ひったくりである。
雨野馳はすぐさま全速力で追うが、途中に抜く対象物がない。
雨野馳の能力は、自身の正面にある対象を抜かないと効力を発揮しないのだ。すぐ側の電柱を抜いたとしても、意味はない。
加速できない雨野馳の脚は、脳の抑制を外した人間の中では遅い部類だ。バイクなどに追いつけるはずもない。
あぁやっぱり、自分には何もできないのかと自らを卑下したとき、自身の肩を叩く純白の長髪が横に現れた。
「よく頑張ったね。あとは、任せて」
「あなた、は……」
その人は、自身の背を覆うほどの純白の長髪を揺らしていた。
数十メートル先のバイクを捉えた目は紅。
そして何よりその走った後には、真白に輝く光の軌跡を残していた。
「なっ! 馬鹿な!!?」
バイクの速度はせいぜい時速六~七〇キロ程度。
しかし彼女のトップスピードは、それを遥かに凌ぐ。
脳の抑制を外した人間が、能力を使って出せる限界速度。それは彼女の記録である。
歴史上誰も達したことのない、時速千キロの超速の世界。
その世界に最も肉薄し、そして今にも手が届きそうな存在。
最高時速九七〇キロ。持続時間、一分。
彼女が現れるまで、誰もそんなことは不可能だと思っていた。
まさに奇跡の存在だった。
「悪いね少年。バイクに負けてちゃ、世界最速の名折れなんだ!」
バイクを横から蹴り飛ばし、転ばせて止める。転げて住宅の壁に激突したひったくりは、激痛に悶えて失神してしまった。
その腕からバッグを取った彼女は、汗一つ掻いていない額を掻きながら息を整える。
「君、携帯持ってる? 警察に電話して欲しいな」
追いついた雨野馳に、語りかける彼女。
彼女こそ、世界最速のコンキスタドーレス。
日本女子最強のコンキスタプレイヤー。
覇星彩夢だった。
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