誓い
明星vs黎明の練習試合から三日後の放課後。
黎明学園コンキスタ部は学内にあるジムで基礎トレーニングをして鍛えていた。
試合結果は明星一八九に対し、黎明三三五点と圧勝。
だが試合結果は当然として、その試合内容は決して褒められたものではなく、黎明はすぐさま開いた反省会で監督兼コーチにしっかりと怒鳴られた。
事実雨野馳が出て引っ込むまで、黎明はまったく歯が立たなかったのだ。
それは受け入れなければいけない現実だった。
今年も開かれる日本全国大会での優勝を目指し、黎明はこれ以上ないくらいに自身を追い詰めていた。
黎明の新兵器、
異能を開花させた高校生女子のバーベルは、平均でおよそ一三〇キロ。
しかし神門はそれを遥かに上回る、四六〇キロを持ち上げてみせた。
「あぁぁぁっ! あぁぁ……しんど。メンタルやられそう」
スポーツウェアの上からでもわかる、バランスよくついた筋肉。
二メートルという高身長に似合った長い腕と脚にも程よく筋肉がついており、何より
もはや女性の憧れを集約したかのような体をしていた神門は、その腹筋を掻きながらドリンクをグビグビと飲み干した。
「調子はどうだい、神門」
ランニングを終えて、
汗を掻くために着ていた厚手の上着を脱ぎ、さらにシャツまで脱いで筋肉質かつスリムな上半身を晒した。
それに関して、神門は何も思わない。
「元々さ、私自分で一トンまで重くなれるからさ。正直バーベルとかそこまでのあれじゃないんだよねぇ……まぁ、四六〇が限界だけどさ」
「そりゃ、能力を使えば簡単さ。だけど能力を使って体力を上げても、それは仮初のものでしかない。基礎体力は、自力で付けるものだよ、神門」
「へいへぇい……」
「……で? 彼女とは仲良くなれたのかい?」
赤羽は替えのシャツに着替えながら訊く。
神門はドリンクを飲み干しながら、あ? と訊き返した。
「明星のあの速い子さ。一言二言交わしてただろ?」
「あぁぁ……六華? まぁぁ……それなりにはねぇ……ま、知り合いくらいにはなったんじゃない?」
「で、あの子の能力は報告通りでいいのかな」
「んあぁ……あぁ、いいよ。あの子の能力は加速。ひたすら速くなるってだけ。止まるまで加速し続ける。それだけだよ」
「……そっか」
赤羽はそれだけ聞くと、ウエイトトレーニングをしに向かう。
神門は一足先に練習を終え、シャワーを浴びに行った。
わずかについた嘘を、神門は後悔していない。
雨野馳の能力は、確実に敵を抜けば抜くほど速くなるものだと実感した。
最高時速百十キロという人間を超えた速度を繰り出せる雨野馳の強さは、神門にはないものである。
故に正直、驚異的でもあった。
これからコンキスタの経験を重ねていき、お互い独自のバトルスタイルを確立させていく。
そしてそれは、おそらく正反対のものになることは想像に難くない。
その正反対の完成されたバトルスタイルがぶつかったとき、再び圧勝できるだろうか。
勝つは勝つ。
しかし苦戦するかもしれない。
もしかしたら、最大の危機を経て勝つかもしれないし、最悪――
あの蹴りを受けたとき、自分に迫ってくるその闘争心に満ちた雨野馳を見たとき、胸の内で思った。
負けるかもしれない。
今でなくとも、そう遠くない未来。いつしか、この圧倒的差が縮まるかもしれない。
「あぁぁ……メンタルやられそう」
立つとシャワーヘッドが自分よりも低いため、座ってシャワーを浴びる神門は呟く。
その声が他人に聞こえることはなく、その言葉を発した口の角が上がっているのも誰にも見られることがなかった。
メンタルやられそうなほどしんどい。
だが、面白くなってきた。
神門の闘争心が重厚な鋼鉄となって具現化し、そう遠くない未来に訪れる激戦を想起したとき、シャワーヘッドを握り砕いた。
(決勝まで来な、六華……叩き潰してあげるからさ)
▽ ▽ ▽
時はさらに進み、それから三日後の明星高校。
約一週間の期間を経て、新入生のおよそ九割が部活動に入部していた。
それは無論、コンキスタ部も同じであって――
「ありがとぉぉぉぉ!!!!! みんな! 本当に! 来てくれてありがとぉぉぉぉ!!!!!」
「ぶちょぉ、騒がしいのんね。後輩引いてるからやめたげてん」
コンキスタ部には雨野馳六華と
その練習試合を見て、さらに二人がやりたいと言ってくれたのだから嬉しい話である。
「いやぁ、部室が少し狭く感じますね! 前は寝転んでても誰も文句を言わなかったのに!」
「あなたは滅多に来ないでしょう……」
全部員初顔合わせということで、実家の工場の手伝いを休んでまで来た
そしてもう一人、練習試合で奇しくも神門に瞬殺された二年生の男子先輩がいるはずだったのだが――
「ところで……奴はもう来ないと?」
「前の試合で完膚なきまで叩き潰されて、心が折れたらしいわ……もう高校にすら来てないとか」
月神は冷たく言い捨てる。
ここだけの話、コンキスタ部はまともな練習もできず毎日自主トレのような状態だという噂を嗅ぎ付け、サボるために入部した幽霊部員だった。
普段は全く来ないうえ、試合でも助っ人だらけのチームで勝てるわけがないと思い手を抜く始末。
本気で勝利を目指す日暮や月神からしてみれば、正直邪魔でしかない存在と言えた。
いつしかそのライフル銃で、頭を撃ち抜いてやると月神が銃を磨き続けていたくらいである。
「まぁ彼のことはしょうがない……退部届まで出されちゃ、引き留めようもないからね……うん、うん……まぁ、仕方ないんだけどさ……うん……」
「ぶちょぉ、新入生が情緒不安定さに引いてるから大人しくしてほしいのんね」
「うん……そうだな、そうだね。よし! じゃあ改めて! 俺が部長の
「
雨野馳と晴渡が初めて会ったときのデジャヴか、あの時と同じ二人の自己紹介から始まる。
その後二年生の二人の自己紹介があり、そして一年生の自己紹介となった。
決まりとして全員名前と能力、そして今後の目標を発表することとなった。
「じゃあまず……雨野馳さん、お願い」
鏡根の指名で、雨野馳が最初にやることとなった。
皆の前で自己紹介するのは先日もやったばかりだが、それと違って距離が近く、さらには全員が自分の方を向いているので緊張した。
が、今後の目標をと言われた時に、言う言葉は決まっていた。
「雨野馳六華。能力:スリップストリーム。今後の目標は……次こそ、私達明星が黎明に勝つことです」
その強い声色と口調は、その場の空気を強く引き締める。
静かな誓いは明星スターダストの胸に強く、響くこととなったのである。
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