vs 黎明カンピオーネ Ⅲ
後半再開。
現在明星が九九。黎明が二一六である。
再開して早々、
わずか五秒という疾走タイムにも関わらず、ゴブリン退治をせずに加速し続けて黎明選手を翻弄し、次々と蹴りを叩き込んで最低でも一人は撃破していく。
撃破の度に置かれるインターバルの五分で休憩し、再開したと同時にまた走る。
敵どころか味方にすらモンスター撃破の時間を与えない。五秒という時間で、フィールドを掻き回し続けた。
五秒走って五分休む。
雨野馳一人のワンマンプレーは、黎明に少しずつ肉薄しつつあった。
後半時間を八分残し、一一七:二二〇。最初と比べれば、かなり差が縮まって感じる。
さらに雨野馳はここに来て、三人同時撃破を決めてみせた。
得点はさらに、一三二:二二〇にまで追いつく。
「クソっ……やっぱり速すぎる!」
「目で追えねぇ……なんなんだよあいつ!」
黎明にも、不穏な空気が出始める。
最初に大量リードをしていたが故に、雨野馳が出てからまるで点が取れない状況にイラだっていた。
強豪チームならではのプライドが、冷静な判断力というものを鈍らせる。
弱小チームに防戦一方のこの展開が気に入らず、頭に血を上らせてばかりだった。
そんな中で黎明の主将、
そこには姫神が記したここまでの試合の記録と、雨野馳の行動パターンが書かれていた。
「……単に俊足の能力とは、違うみたいだね。加速の仕方が異常だ。何か特殊な条件下で発動する能力と見て、間違いないだろう。もしかしたら、速度とは直接関係ない能力を応用して使ってるかもしれないしね」
「ハァ……メンタルやられそう…ってかやられるわ、これ」
「そこでだ、
「いやいやいやいや、こんな巨体にあんな俊足は追えないって……私の能力はねぇ、キャプテン」
「知ってるさ。君はいつも通り、陣地を護ってくれればそれでいい。陣地に入った敵を、一人たりとも逃がさず、仕留めてくれればね」
赤羽の目が、強い期待で輝いている。
実質自身よりもずっと格下相手に期待している赤羽に対して、神門
今日何本目かもはや数えていないドリンクホルダーを握り潰して、おもむろに立ち上がった。
「ハァ……メンタルやられそう。あれの相手しろとかマジで……まぁ――」
「期待は裏切らないけどさぁ」
「あぁ、期待してるよ」
「プレッシャーかけないでよねぇ」
お互いフィールドにつき、そこから試合開始。
しかし神門は自分の陣地につくまえに、肩で息をする雨野馳に歩み寄った。
身長一六七センチと女子の中でも高身長な雨野馳だが、神門の身長はそれを優に超える。
身長二〇八センチ。全国の高校生の中でも、神門は軍を抜いて高い。
「神門千鶴」
「え……」
「名前は?」
「あ、雨野馳六華、です……」
「一年でしょ? タメだから呼び捨てでいいよ」
「はぁ……」
まるで山のような存在感。
同じ一年生とは思えない気迫。
生まれてこの方人を見下ろし続けて来たのだろうその目は、一度も人を見下したことがないと言わんばかりに雨野馳のことを射抜く眼光を宿していた。
「君速いね。私も驚いたよ」
「あ、ありがとう……」
「どんな能力か是非教えてもらいたいものだけど……まぁ切り札は温存しておくよねぇ……」
「そうね、今は、その……教えられないわ。悪いけど諦めて――」
「まぁもう、大体はわかってきたけどね?」
雨野馳は驚愕の面持ちで、神門を見上げる。
そこには神門の巨大な手が、雨野馳の顔を握り潰さんとするがように迫っていた。
目の前でピタリと止まり、人差し指だけが雨野馳の額に触れる。
「君、後半始まってから五回走ったろ? あれだけ見れれば完全に理解はできなくても予想はできるからね……まぁそれでもいくつか考えたけど……スリップストリームだろ、原理は」
ズバリ当てられた。
驚愕から恐怖に変わった感情が、汗となって流れ出る。
自分の額に触れている人差し指が脳にまで減り込み、そのまま殺されてしまいそうなどと、いつもはしない妄想が働くほど恐ろしかった。
「止まってるのを抜いたときも加速してたから、まぁ近いけど違うって感じかな……まぁでもそれだけわかればいいでしょ? 対策はないけど……まぁ私なら勝てるから」
カチンと来る言い方。
しかしどこにも悪気はなく、神門は絶えず眠そうな目で雨野馳を見下ろし、その手で雨野馳の顔を隠し、目だけを見ていた。
「悔しいなら掛かって来てもいいけど……このまま攻めるにしろ掛かってくるにしろ、結局そっちの負けだからさ。ま、したいようにすればいいんじゃね」
それだけ言い残して、神門は陣地へと戻る。
そのときの雨野馳の胸の中は恐怖と悔しさとでいっぱいで、何より結局は負けると言われたことに正直腹が立っていた。
自分は今、明星の希望。
その希望がバカにされ、敵ではないという現実を、あろうことかその敵から突き付けられたことに、雨野馳は悔しさで胸の内を満たしていた。
さながら気分は、土砂降りの雨の中に立たされている気分。
(結局、負けるですって……!?)
試合再開直後、雨野馳は走る。
百を超えるゴブリンの群れを抜きながら速度を上げ、二人の黎明選手に蹴りを叩き込みながらさらに加速していくと、その勢いで神門が守る陣地へと特攻した。
(ふざけないで! チームが私を認めてくれた! 私を必要としてくれている! そんな簡単に負けるだなんて言われて……!!!)
「大人しくしてられるわけないでしょう?!」
超速の回し蹴りが、神門の顔を捉えた。
左頬を潰してもろに入ったそれは、脳の抑制をまだ外していない中学生以下の子供が喰らえば即死レベルの一撃である。
先の二人の選手が喰らった加速しながらのわずかに掠る程度の蹴りとは違い、完全に倒すために放った一撃。
その一撃のために加速したエネルギーをすべて使う、捨て身の一撃だった。故に今の雨野馳は、神門にぶつかったまま止まっている。
ここで神門を倒せれば陣地奪取で一五点。
逆転にはかなり近付けるはず――だったが。
「あぁぁ……マジでメンタルやられそう。ホントに挑発に乗ってくるとか、も少しクールな感じだと思ってたのにさぁ……お陰で、能力使わないといけなかったじゃんか」
雨野馳は気付く。
痛い。痛い。
脚が、神門を蹴った脚がものすごく痛い。
見れば白銀の鋼鉄装甲をまとっていたブーツが砕け、神門には傷一つついていなかった。
神門に弾かれ、雨野馳はよろけて転ぶ。
「私の能力はねぇ……重くて硬くなる能力。ヘヴィメタル、なんて呼ばれてるけどさ、そんな鋼鉄になるんとかじゃなくて、鋼鉄とかそれ以上のものと同じくらい硬くて重い存在になれるわけだよ。その硬さはねぇ……前に実験したらダイアモンドの次に硬いんだって」
「ダイア……」
「まぁそういうわけだよ。言ったでしょ? 負けるよって。どっちにしろ負けるとか言ったけど、正直こっち来なかったらわかんなかったよ。ただねぇ……こっちに来たら負けるってのはホントだったよ。だって君の能力じゃ、私には勝てないんだもんさ」
神門が大きく片腕を上げる。
神門の能力によって硬く重くなった手が、力強く指を曲げていた。
「そんなわけで……今回は私達の勝ちね。よぉく頑張ったよ、君」
「……次は――」
「はい?」
「次は……私が、あなたを倒す。そして、チームとしても勝つ」
「……へぇ」
このとき、神門は今日初めて微笑んだ。
その目も口角も喜々として微笑み、雨野馳を見下ろしていた。
「じゃ、またやろうよ、六華」
「えぇ、またやりましょう。千鶴」
「……
雨野馳に、鋼鉄の塊が叩きつけられる。
その攻撃を受けた雨野馳の体は跳ね、倒れた体はその試合中、二度と立つことはなかった。
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