vs 黎明カンピオーネ Ⅱ

 後半戦が始まる。

 突然入って来た白銀の新入生に、観客席は期待と不安の色。

 そのやる気を買った鏡根望かがみねのぞみ霧ヶ峰佳子きりがみねかこ、そして晴渡省吾はれわたりしょうごの三人は雨野馳六華あめのちりっかに信頼を託して参戦を許したが、しかし他のチームメイトはかなり不安の色が強い様子だ。


 しかしそれも当然だろう。

 突然出て来た一年生が、自分にもやらせてくださいと言ってきたのだ。

 中学生まで禁止されている競技なだけに、高一に実績も経験も期待はできない。

 故に不安と不満を感じるのは当然なわけで、雨野馳もそれを理解したうえでフィールドに立った。

 

 元より、自分に自身などない。

 前半ハーフの試合を見ただけで、コンキスタの常識や定番は知らないしわからない。

 それでもフィールドに立ったのは、ほんの一瞬。一瞬だけ抜けると思ったからだ。


 今まで一五年生きて来て、色んなスポーツを見て来たしやって来た。

 サッカーもソフトボールも、学校での体育や友達とのお遊びでやった程度だ。そこから延長して、本気でやりたいと思ったことはない。

 抜けると思ったこともない。

 

 だが今日、コンキスタの試合を見て初めて思った。

 それはきっと、自分が高校生になって得た能力の詳細を知ったからだろう。

 だけどそれでも能力を得てからも、どんなスポーツを見ても抜けるだなんて思わなかった。

 だから今日思った気持ちを、大切にしたかった。

 別段そんな、運命だとかを信じるタイプではないし大切にもしてきたわけではないのだが。しかしそれでも思ったのには、意味を感じてしまっている自分が今、この場にいた。


 だから出る。

 この抜けるという直感が本当かどうか、確かめる。

 自分はこのコンキスタという競技を、どう思っているのだろうか。その答えを知りたい。


 故に、


「行くぞ、雨野馳」

「えぇ、お願い。晴渡くん」

「……」

「何ニヤついてるの?」

「いや……初めて名前呼んだな、おまえ」

「……うるさい」

「あぁ、悪い」


 鏡根は、二人の後姿を見て思った。

 まるで長年共に戦ってきた戦友のようだと。

 まだ二人で戦ったことはない。会話すら、そこまでしたことがないだろう。

 何せ二人は、六日前に出会ったばかりなのだから。

 

 なのに感じるこの二人の信頼感。

 それは今までに築き上げて来たものではなく、これから築き上げていくそれの序章なのだと、このときはまだわかっていなかった。


 そんな二人を先頭に、鳴り響いた後半開始のブザー。


 黎明が再び明星の選手を撃破してポイントを稼ごうとしたそのとき、フィールドの中央で激しく光るエネルギーの塊が一気に膨れ上がった。

 晴渡だ。

 普段は時間をかけて創るエネルギー弾を、凄まじい速度で作り上げ膨張させている。

 そのために凄まじい突風がフィールドを荒し、その光量と風圧で、選手はもちろんゴブリンや観客席までもが目を閉じて必死にその場で耐えた。

 

「あぁぁぁ! ダメだ! もう無理だぁぁ!」

 

 晴渡が絶叫し、エネルギー弾を空に打ち上げる。

 爆散したエネルギー弾はまるで花火のように輝き、凄まじい光量と爆音でフィールドを満たした。


「んだよあの新入り! 暴発させやがって――?!」


 黎明の三年生は、現状を理解するのに時間を要する状況だった。

 何せ今までフィールドは凄まじい光で、目の前すら見えなかったのだから。

 だから反応できない。対処が追いつかない。

 今自分の目の前にいる、雨野馳六華の膝が襲い掛かってきていることに対して、三年生は目を疑うことしかできなかったのである。


 故に躱せなかった。

 雨野馳の膝蹴りを顎に喰らい、脳を揺らされる。

 全身に力を入れて踏ん張ろうとするが、脳が揺らされたことでうまく力が入らずよろめく。

 そしてその揺らされた脳は、今自身の目が見た現象を理解しようと働くが、まるで理解が追いつかなかった。

 

 たった今、自分の顎を飛び膝蹴りで撃ち抜いた白銀の少女。

 光を目眩ましとして使ったのは明白で、晴渡を陣地の守護から交代させたのはそれが狙いだろうこともまた彼女の指示に違いない。

 

 そこまではわかった。

 唐突に現れた絡繰りなど、少し考えれば幼稚なものだ。なんの捻りもない。

 しかし次の瞬間が理解できない。

 目の前に現れたはずの雨野馳が、一瞬でのだ。


 透明化の能力か。

 もしくは気配遮断か、敵の盲点に入り込む技術か。

 いずれにせよ、強敵なのは変わりない。まさか高校一年生で、コンキスタにおける戦闘に慣れている奴がいるなどと思いもしなかった。


「く、さ……」


 すぐ側のチームメイトに注意を呼びかけようと、三年生は倒れながらも声を振り絞る。

 しかしその声が届くよりも速く、すでに雨野馳の脚がもう一人の三年生を回し蹴りで蹴り飛ばしていた。

 それを見た三年生は、言葉を失った。

 自身を蹴り飛ばし、さらにその先の黎明選手を蹴るのに、雨野馳が要した時間は一秒にも満たない。

 脳の抑制を外れた大人が、百メートルを全力疾走しての最高タイムは六秒八九。無論これは異能を封じた場合のタイムなので、能力を使えばさらに上もあるかもしれないが。

 しかしそれが、人間の限界値。単純計算で、十メートルをおよそ〇.七秒。

 確かにこの距離なら、一秒と満たずに走れるかもしれないと思える距離に黎明の選手がいた。


 だがしかし、ならば何故最初に三年生を蹴り飛ばした雨野馳がその一秒後、大円の端まで到達し、八メートル以上も方向を変えて走っているのだろうか。

 

 およそ三〇メートルの距離だ。それを一秒で、しかも途中途中に敵を蹴り飛ばしながら走るなどありえない。速過ぎる。


 秒速三〇メートルとなると、時速にして一万八〇〇〇メートル=約百十キロ。

 

 化け物だ。人間の速度ではない。

 

 明らかに彼女が持つ異能のせいだろうが、その実態が掴めなかった。


「何をっ、しやが――!?」

 

 三年生は息を呑んだ。

 

 自分が地面に背から倒れて唸り、苦しんでいる間。秒数にしておよそ四秒。

 単純計算でも一二〇メートル走った雨野馳の超速の蹴りは、大円にいるすべての黎明選手――九人を蹴り飛ばしていたのである。


 選手撃破を知らせるブザーが鳴った。

 そしてさらに驚くべきは、審判役の黎明生徒が驚くべき事実を告げたのである。


「明星、選手撃破デロッタ! 四人撃破クアトロ・ドロップアウトにより、二〇点獲得!!!」


「なっ――?!」


「嘘だろ?!」


「……っ! 雨野馳ぃぃっ!!!」


 この試合初の、明星による相手選手撃破のポイントゲットで観客席が最大に沸く。

 それをやった雨野馳に、凄まじい歓声が送られる。

 自身の中での最高速度を出した雨野馳は、肩で息をしながら歓声にお辞儀で応えた。

 そこに晴渡が肩を組んできて、強く叩かれる。

 さらに晴渡だけではなく、明星の全選手が雨野馳に駆け寄った。


 その光景を見て、赤羽蒼穹あかばねそらはベンチから拍手を送った。

 姫神真白ひめがみましろもまた、驚きを禁じ得ずにバインダーを落とす。


「な、なんて速さ……全然見えませんでした……」

「逸材だね……前半戦で出てこなかったのは、自分に自信がなかったからと見えたけど……これで自信がないだなんて、謙遜にも程があるよ」


 試合が止まり、陣地から戻って来た神門千鶴かみかどちづる

 雨野馳が出て来てから何もしていないというのにどっかりとベンチに座り、ミネラルウォーターを流し込んだ。


「神門。あの子をどう思う?」


 赤羽に訊かれ、神門も少しは考えるかと思ったが、しかし大あくび。そして仲間に囲まれ褒めちぎられている雨野馳を見て、大きく吐息した。


「速いなぁぁ……とは思うけどねぇ……正直、それだけって感じかな」

「強気だね」

「べつに? 先輩達だって油断してただけでしょ。まぁだから四人もやられたんだけど……メンタルやられそうだよねぇ」

「勝てるかい、神門」

「んあ……九:一で勝てる」

「それは、頼もしいな」


 選手撃破のインターバルは、五分間。

 その間に目を覚まし、続投可能ならば戦場に復帰。怪我などの理由で出れなかったり、気絶したままだとその試合中の復帰はもう叶わない。

 実際にそういうルールではないのだが、異能を発現した人間は極端で、五分で目覚めなければ例え途中で目覚めても、その試合には復帰できないという状態がほとんどらしい。

 無論、無理をしてでも出てくる選手もいなくはないが。

 雨野馳にやられた四人も二人が目を覚ましたが、残り二人が目を覚まさず、この試合は棄権という判断が赤羽に下された。


「派手にやられたね」

「うるせぇ」

 

 明星を舐めていた三年生は、復帰はするものの万全とは言い難い。

 顎を蹴られて脳を揺らされたダメージが大きく、本人の意思を尊重して戦線復帰させたものの、実質既にこの試合中は戦力外と言わざるを得なかった。

 それを理解している三年生本人も、大きな油断をしていたと自責を募らせる。

 一年二年の頃は誰にだってしなかった油断を明らかしていたことを、恥ずかしく思うばかりだった。


 一方、わずかとはいえ士気が下がる黎明に引き換え、十一人という人数で士気上がる明星。

 そのベンチでは、未だ肩で息をする雨野馳が、自らの能力を明かしていた。


「スリップストリーム?」

「えぇ。そう考えるのが簡単ね」

「それって……なんだ?」

「スポーツ選手目指してるのに知らないの……晴渡くん」

「お恥ずかしながら……」


 スリップストリーム。

 高速走行する物体に起こる現象を言い、スポーツの世界では人物や物体を抜き去る技術を言う。

 簡単に説明すれば、移動する物体は常に空気抵抗を受けており、そのため最高速を出すにもそれなりの力がいる。

 しかしその物体の真後ろでは物体が押し退けた分空気抵抗が下がっており、最高速を出すのにいつも以上の力を必要としない。

 故に最高速を出せる力を出せば、さらなる速度を出せるというわけだ。

 物体を追い抜くのには最適の技術だが、しかし追い抜いた後は抜いた物体と同じだけの空気抵抗を受けるので失速し、持続は無理に近い。


「私は走ってる最中なら、例え目の前の物体が止まっててもスリップストリームと同じ加護を受けられるの。目の前の物体を抜けば抜くほど足が速くなる能力、って思ってくれていいわ」

「じゃあ……モンスターとか俺達がたくさんいるこのフィールドじゃあ……」

「無限に加速できるわね。もっとも、私にも体力があるから、永遠にとはいかない。そもそも私もこの能力を使いこなせてなくて……能力を使ってだと五秒が限界なの。ごめんなさい」


 せっかく突破口が見えたかと思った明星だが、まさかの雨野馳の制限時間。それもわずか五秒という、諸刃の剣に近い代物。

 その力の凄まじさは、三分経った今でも肩で息をし続ける雨野馳を見れば明白だ。

 だからきっと、ガッカリさせたことだろう。

 出してくださいと強気なことを言っておきながら、この程度しか活躍できていないのだから。

 

「なんで謝るんだ?」

「え……」

「すっげぇじゃねぇか……すっげぇよ雨野馳、おまえ! 今日はたとえ無理でもよ! おまえがいれば……いつか俺達、勝てるよ! 黎明にも、んでもって世界にも!」

「……そんな。だって、私の能力なんて――」

「自信持てって! おまえ、今俺達の希望なんだぜ?!」

「きぼ、う……」


 初めて言われた。

 今までにそんなことを言われたことはなかった。

 雨が降れば雨女だと呼ばれてうざったがられる、そんな中学時代を送っていたのに。

 希望なんて言葉をもらって。思わず、泣きそうだ。


「雨野馳さん」


 インターバルも残り一分半。鏡根が声を掛けて来た。

 その表情は実に、決意に満ちた顔をしていた。

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