vs 黎明カンピオーネ

 コンキスタ部の練習試合が繰り広げられる運動場。

 雨野馳六華あめのちりっかは他の見学する生徒達に紛れ、観客席に来ていた。着いたのは、霧ヶ峰佳子きりがみねかこが調度練習試合に参加したい生徒を募集していた頃だった。

 その呼びかけに応じて、三人の生徒が挙手する。


 一人は外国からの留学生か、黒人の男子。

 長身で細身。何より長い腕と脚。若干筋肉質な彼は、真っ先に手を挙げた。

 

 二人目は水色の長髪に白い肌と、黒人の彼とは正反対に真っ白な女子。

 雰囲気がなんとなく不思議で、寝ぼけ眼で周囲を見回してから手を挙げた。


 そして三人目は巨漢の男子。

 おそらく百キロを超えているのだろうその巨漢を揺らしながら、人ごみを掻き分けてフィールドへと降りた。


 部長の鏡根望かがみねのぞみと霧ヶ峰に、二年生の三人。

 霧ヶ峰が当てがあると言っていた二人。

 そして晴渡省吾はれわたりしょうごと今の三人で十一人。

 

 あと一人、あと一人だ。だけど、その一人になろうという人は出てこない。それこそ自分が出ればいいのだろうが、しかし自分もまた、手を挙げる勇気などなかった。

 

 自分など、何もできないのがオチだとわかっているから。


「雨野馳ちゃん、来てはくれてるのねん」

 

 観客席の中から雨野馳を見つけていた霧ヶ峰は、控室で待つ鏡根に報告する。すでに霧ヶ峰が呼んだ二人の助っ人と、もう一人の二年生の男子も来ていた。

 緊張を紛らわすための精神統一も終えて、鏡根が立ち上がる。その顔つきは普段の頼りない感じではなく、実に精悍としたものになっていた。


「悩んでくれてるだけ、嬉しいよ。あとは俺達が、雨野馳さんも躊躇わなくなるくらいにすごい戦いを見せればいいだけさ!」

 

 集まった十一人。それぞれの武器を持って戦場へと赴く。それとほぼ同時に、今回の練習試合を受けてくれた黎明カンピオーネのチームもフィールドに現れた。

 お互い先頭を歩くのは、それぞれのキャプテンである鏡根と赤羽蒼穹あかばねそら。幼稚園からの仲である幼馴染である二人が、敵のキャプテンとして現れるのは実に壮観と言える。

 二人はガッチリと握手を交わし、一言二言交わしてお互いのチームをベンチへと送った。


「みんな、聞いてくれ。こっちは見ての通り十一人しかいない。今向こうのキャプテンと交渉して、向こうも十一人でやってくれることになった。あと試合時間も半分な。お互いまだ初心者もいるし、それくらいが調度いいだろうってな」


 コンキスタの通常試合時間は、前半後半それぞれ三〇分ずつ。選手が戦闘不能にされる度に試合が一時中断するので、実際はもっと掛かるのだが、普通はそれくらいだ。

 今回は一五分ハーフとのことだが、それでも長い戦いになるだろう。

 試合前の作戦会議の時間は五分。大抵のチームはすでにフォーメーションやプランが決まっているため、これくらいで充分なのだ。

 

「よぉし。初めてのみんな、わからないことが多いと思うけれど、でも頑張っていこう! ……勝利を目指す奇跡の流星ぃ!!!」


「「「明星スターダスト!!! ゴー!!!」」」


 明星コンキスタ部――明星スターダストが円陣を組んで気合を入れる。ほとんどのコンキスタ部にそれぞれの掛け声があり、チームの特色を表す一端となっている。


「恥ずかしぃぃ……キャプテン、私もやらなきゃダメ?」

「言わなくていいから、円陣は組もうな。士気に係わるから」

「ハァ……メンタルやられそう」

 

 黎明の神門千鶴かみかどちづるも、嫌々ながら円陣に入る。その背の高さは周囲の観客席からも、一目置かれていた。本人にそれを気にする様子はないようだが。


「……じゃ、練習試合だ。本来なら敵に華を持たせないといけないところだけど、生憎とわざと負けるなんて真似は僕らの流儀に反する。圧倒的実力差を、見せつけてやろう」

「「「おぉぉ!!!」」」


「じゃ、行くよ! 我ら、常勝の、カンピオーネ!!!」


「「「カンピオナート!!!」」」


  明星スターダスト vs 黎明カンピオーネ 


 六つの陣地に両選手が三人ずつつき、真ん中の円について試合開始。

 開始と同時にVVヴァーチャルヴィジョンが起動し、多数のモンスターが出現した。

 緑色の肌に鋭い牙の人型モンスター、ゴブリンだ。そして円の中央では、巨大な棍棒を持った一つ目の巨人――この試合でのボスが眠っている。ボスを起こすには、ゴブリンを一定数倒すしかない。

 

 明星の選手はまず陣地を奪うことはせず、全員でゴブリン退治に走る。素人の多いチームでは、強固な黎明の護りを崩せないと判断したようだ。

 明星の陣地を護るのは鏡根と霧ヶ峰、そして晴渡の三人。

 

 対して黎明は今年入った一年と二年の下級生にモンスターを任せ、三年の実力者で陣地を奪う作戦である。これがコンキスタの基本戦術と言っていい作戦だ。

 陣地を護るのは三年の生徒が二人に、例の一年生神門の三人だ。明星が攻めてこないので、とくに神門は大あくびしている。

 モンスターが陣地に侵入してくることはないが、それでも余裕あり過ぎというくらいの態度だろう。

 それを見た明星の一人が、ゴブリンを倒した直後に攻めた。二年生の男子部員だ。武器である鎖鎌を振り回し、神門が守る陣地に入る。

 

 陣地に入ったことで神門と男子部員の戦闘が始まるのだが、しかし神門は迫りくる男子部員を前に鼻の頭を指先で掻く始末。

 頭に血が上った男子は作戦など無視し、神門に向かって一直線に突進した。そして振り回していた鎖鎌を、神門目掛けて投げつける。

 その一撃は確実に、神門の体を斬り裂くかと思われた。


「ハァ……メンタルやられそう」

 

 神門はほとんど見ないまま、鎌の柄を捕まえる。それも片手で。

 そしてその鎌を引っ張って鎖を握り締める男子を引き寄せるとその頭蓋を捕まえ、思い切り叩きつけた。フィールドに亀裂が入る。

 それを見た観客席からは、ずっと聞こえていた応援の声が途切れた。

 その応援を途切れさせた神門はそのことに気付かず、一撃で戦闘不能にした男子を見下ろしながら吐息した。


「ハァ……ホント、メンタルやられるわ……その程度で私のこと、落とせると思ってることに関して」

 

 神門千鶴、相手選手撃破により試合中断。

 得点。明星スターダスト:一三点。黎明カンピオーネ:三四点。

 

 なんの能力も使わずに、脳の抑制の解放によって得られた腕力のみで敵を粉砕した神門。

 まとう気迫は同じ黎明選手の中でも強く、上級生をも呑み込みかねない迫力である。観客席の誰も、彼女が一年生だと知ったら驚くだろう。


 しかしそんな観客席の中で一人、雨野馳は違う感想を抱いていた。

 

 神門に向かって行った先輩の男子生徒の速度。

 それを軽々と受け止め、粉砕した神門の反応速度。

 そして、戦っていた皆の全体的な速度。

 

 すべての速さを見た雨野馳は、人生で初めて思った。


 と。

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