練習試合 準備

 一学期五日目の昼。

 

 全部活の勧誘活動のため、昼休憩のあとにそれぞれ時間が設けられていた。

 とくに演劇部や美術部などは、もはや文化祭レベルの出し物を出してくる。運動部も体験などがあり、総勢二一二名の新入生は大半がどこに入ろうか迷っていた。

 

 部活動は高校生活の中でもかなり重要な部分である。仲間達と何をどのように成していくか、それが今後の人生にも大きく関わってくるだろう。

 故に余程の理由がない生徒達は、大いに迷う。様々な場所を行き来して、パンフレットなどを貰いながら迷っていた。

 

「いやぁ、すごいですね先輩。結構来てますよ、これ」

 

 場所は学校の隣にある運動場。野球場もサッカーも同時にできてしまいそうなほど広大な運動場は、明星みょうじょう高校すべての運動部が日々ローテーションで使っている。

 前日におこなったじゃんけんによってコンキスタ部がその使用権を得て、今回の勧誘に使うことが決定した。

 

 コンキスタのフィールドは、全スポーツの中でもかなり広い部類だ。

 大きな円の直径は四〇メートル。それを囲うようにある六つの円もそれぞれ直径八メートル。大きな円にはそこに数人のプレイヤーだけでなく、無数のVVヴァーチャルヴィジョンモンスターが現れるのでこれくらいの広さが必要なのだ。

 さらに言えば、コンキスタは他のスポーツと違って人の持つ異能の力を駆使して行う競技。これだけの広さがあっても、まだ狭いくらいである。

 

 そんな広大なフィールドを直に見て、コンキスタに興味を持つ新入生達は興奮している。その興奮が声となって、待機部屋で待つ明星コンキスタ部にも聞こえていた。

 何よりそれに、同じ新入生ながら参戦することとなった晴渡省吾はれわたりしょうごが興奮している。それを見た部長の鏡根望かがみねのぞみもまた、緊張の面持ちで座っていた。


「ぶちょぉ、緊張してるのんね」

「な、何言ってんだ! 大丈夫だぞぉ、うん!」


「ぶちょぉは緊張すると無口になるんね、わかりやすいでしょ?」

「確かに」


 霧ヶ峰佳子きりがみねかこの耳打ちに、晴渡は同意する。ここ数日、今日この日のために共に練習してきた晴渡だったが、もはや鏡根が無口な性格でないことを知っていた。


「霧ヶ峰先輩! 私の武器なのですが、調整は済んでいますか?!」

 

 霧ヶ峰に声をかけた、元気溌溂な女子。腰に巻いている上着についているバッチは黄色、つまりは二年生。

 明星高校コンキスタ部二年、日暮要ひぐらしかなめ

 今日ようやく姿を見せた彼女は生粋のコンキスタ好きだが、父親が蒸発した家業の鋼鉄加工工場で手伝いをしているためになかなか練習に参加できない部員だ。

 能力は、自分に触れている地面を操作する力。彼女自身は、母なる大地マザー・ハウリングと呼んでいる。

 

 そんな彼女の武器は、晴渡と同じガントレット。しかしその先には四本の刃が爪のようについており、これで切り裂く武器となっている。

 霧ヶ峰の手入れを受けてピカピカに磨かれたそれを受け取った日暮はさっそく嵌めると、その感触を感覚で確かめた。

 しっくり来たらしく、満足げにほくそ笑む。


「ありがとうございます、先輩!」

「うむぅ……今度は刃ぁ折らないでな? 結構研ぎ直すの大変なのん」

「はい! 頑張ります、先輩!」


 少しずれた会話が繰り広げられているすぐ側で、愛用のスナイパーライフルを手入れしている女子生徒もまた二年生。月神雫つきがみしずく


 静かにライフルを磨く姿はまさにスナイパー。能力も一度捕捉した相手を一定時間脳内で捕捉し続けるという、スナイパー向きの能力だ。

 もっとも遮蔽物も何もないコンキスタのグラウンドでは、スナイパーの活躍の場はなかなかない。しかしそれを作り出すのが、地面を操る日暮の役目で、二人はいいコンビだった。

 そのコンビがなかなか練習ではできないため、日々の練習にもなかなか顔を出さない。


「雫ちゃん! ごめん、ちょっと打ち合わせしようか!」

「いいよ……いつもので」

「でも今日はホラ、初心者さんもいるし! みんなにも見せないといけないし!」

「そっか……………………………………パターンBでいこう」

「了解した!」


 ド緊張の鏡根。

 のほほんとした霧ヶ峰。

 元気溌溂な日暮。

 超がつくほど静かな月神。

 そしてこれから来るもう一人。

 以上が、現在の明星高校コンキスタ部全員だ。

 ここに霧ヶ峰が呼んだという二人と、晴渡の三人を合わせた八人にさらにその場で参戦する新入生を含めて戦うと言うのだから、かなり無謀な挑戦だ。

 

 さらに相手は、晴渡の驚愕の相手だった。


「で、霧ヶ峰先輩……本当にあの黎学とやるんですか……?」

「まぁねぇ。学校近いし、あそこにはぶちょぉの友達がいるから、頼みやすかったのんねぇ」

 

 私立黎明学園高等学部、コンキスタ部チーム、黎明カンピオーネ。

 

 全国でも最多の東京の高校コンキスタチームの中でも強豪中の強豪チーム。初代明星が制した大会を、その後何度も制覇した前年度優勝最有力候補チームである。

 去年は準優勝に終わっているが、しかしそれでも強いチームなのに変わりはない。部員も満足に揃っていないチームが、勝てるはずもないのだ。

 なのにそんな弱小チームと練習試合してくれるとは、人がいいのか悪いのか。余程鏡根と向こうの部長の仲がいいのか、とにかくありがた迷惑な気もして仕方ない。

 

 そしてそんなチームが今、学園の大型バスに乗って明星高校に到着していた。

 黎明カンピオーネキャプテン、赤羽蒼穹あかばねそらが最初に降りてくる。そのあとに続いてきた部員達も、皆精鋭揃いだった。


「赤羽、マジで試合しなきゃダメなのか? 俺マジでかったるいんだが」

「試合の必要性がまるで理解できませんね。今からでも取り消して、練習に戻ったらどうですか?」

「そう言うな、二人共。友達の頼みは断れないし、それに他校の戦力は知っておきたい。いついかなるときでも、百パーセントの勝利を約束するのが俺達だ。去年のような、準優勝なんて中途半端な記録はいらないんだよ。それに、彼女の実力も見ておきたいからね」


 赤羽に呼ばれたかのようなタイミングで、彼女はバスから降りて来た。

 最後に降りて来た彼女は他の選手よりもずっと背が高い。二メートルを超す身長から全選手の旋毛つむじを見下ろし、おもむろに鼻を掻いた。


 そして明星高校のフィールドを見つめ、深く吐息する。


「ねぇ、キャプテン」

「珍しく話しかけて来たね。それだけ気合入ってるのかな?」

「そんなんじゃないけどさ……まぁ、今日も今日とでなるようになるよね。で確認なんだけど……私今日、ベンチじゃダメかな」

「ダメだよ。今日は君の実力を見るために来たんだから」

「ハァ……メンタルやられそう」

 

 二メートル近い高身長に比較的低い声。小さくボソボソと喋るせいで、身長もあってどこか怖さを感じさせる。漆黒の前髪の下に隠れる双眸は赤く、まるで吸血鬼のようであった。

 

 名を、神門千鶴かみかどちづる


 その胸に赤い鷲のバッジを輝かせる、だった。

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