雨野馳の決断
あぁ、まただ。また目が覚めてしまった。太陽が顔を出す一日の始まりに、決まって目が覚めてしまう。
今日の空は……青空。雲一つない、まさに快晴。
天気予報は……降水確率十パーセント以下、問題ない。
今日は問題なく晴れる。なんの問題もなく、何事もなく。
今日は雨は降らない。そうわかると、なんだか安堵する。
とくにイベントのない日でも、そう思ってしまう。
だって私は雨女。皆から忌み嫌われる、そんな存在だから。
▼ ▼ ▼
「練習試合っすか」
まだ新学期も始まってまもなく。
授業も前半を自己紹介に取られ、ほとんど勉強という勉強もしなかったこの日の放課後。
「来週から新入生の勧誘を始めるんだ。演劇部とか手芸部とか、そういう文科系のは出し物とかすればいいんだけど、俺達運動系にとって毎年の課題なんだ」
「そこで練習試合っすか……確かに、いいかもしれませんね」
「でも人数は……?」
雨野馳が気にしたのは、そのものズバリ数。
コンキスタは一二人でやる競技。しかし
しかしそこに関しては、畳のスペースで機械いじりを続ける
「私のコネで、二人は確保できるのんね。残りとその他ベンチは、当日見学してる子達から引っ張り出せばいいのん。やりたい人いませんかって、まぁ要はイベントの一環なのん」
「人来ますかね、それ……」
ただでさえ人もいない、しかも学校側も宣伝するのを諦めた部活。しかもそれに勧誘するのは、まだ人見知りも残る若き少年少女達。やりたい人いますかと聞かれて、挙手する人間がいるとは思えないのだが。
「遊び半分でも、経験は大事なのん。中学まで禁止されてたことを経験したいと思う人は、結構いるのんね。R18指定のビデオコーナーに入りたいみたいな、そんな心境よねん」
「まぁ最悪誰も来なかったら、相手にも人数減らしてもらってミニゲームみたいにしてもらうから、君達も見てていいんだよ」
そう言う鏡根だが、気遣っているのは見てわかる。
本当は二人にも出て欲しいのだろうが、雨野馳がまだそこまでじゃないのに勘付いているらしい。
その気遣いに甘えて、今回はまだ出たくないと思った雨野馳だったが、その隣の晴渡が首を横に振る勢いで拒絶した。
「何言ってるんですか部長! 俺は元々入部希望者なんですから、是非使ってください! な、雨野馳! おまえだって見てるだけなんてつまらないだろ?!」
「え、いや、私はまだ、ホラ、ルールとかちゃんとわかってないし……一回くらいちゃんと見ておかないと……」
「それもそうだね。雨野馳さんはまだ初心者なんだし、一回試合を生で見てもらった方がいいかもね。でももし、もし心の底から出たいって思ったら、そのときは出ていいんだよ。俺達は大歓迎さ!」
「じゃあ一応、そのときのための武器を
「悪いな霧ヶ峰。頼んだよ」
「了解なのん。今月の部費からいくらか頂戴するのんね」
そう言って、霧ヶ峰は調整を終えたらしいガントレットを側に置く。そしてそのまま次の武器の調整に取り掛かった。
部室にいる間ずっと機械いじりをしている霧ヶ峰は、汗だくである。すでに陽気も暖かな春真っ盛りとはいえ、上着を脱いでシャツを捲り、ボタンも胸元まで開けてまで汗だくになっている姿は、まさしく一生懸命だ。
まだコンキスタに関わって一日の雨野馳ですら、感慨深く感じてしまうほどに、彼女はずっと一生懸命だった。
「それで? 晴渡くんの異能をまだ聞いてなかったのねん。それに合わせて武器拵えるから、教えて欲しいのん」
「あぁ、そういえば。出るからには教えないとっすよね」
そう言った晴渡は実演してみせる。
右手に力を込めるとその掌に風が収束し、光の球を作り出す。バチバチと弾けるそれはまるで線香花火のようで、しかしそれとは明らかに比べ物にならないエネルギーを宿していた。
晴渡が気を抜くと同時、光の球は霧散して消える。
「とにかく空気を圧縮してエネルギーを生み出す能力です。今は掌サイズが限界だけど、当たれば強烈ですよ。まだ脳が
「おぉぉ! 攻撃力あるぅ! うちにはそういうザ・攻撃系がいないもんでさぁ。助かるよ!」
「じゃあ調度今できたガントレットを使うといいのん。エネルギーを溜めるのに相当体力使ってるみたいだけど、それを着ければかなり楽になると思うのんな」
「本当っすか! こんなカッコいいの……ありがとうございます! ハハッ、やった!」
白銀の装甲に橙色の宝玉がついたガントレットは、晴渡が装着するとその力を受けて呼応し、淡く輝いた。
それを見た晴渡が喜ぶ隣で、雨野馳は押し黙ってその姿を見入る。
晴渡の能力は危険だ。最悪人を殺しかねない恐ろしい出力を持っている。
だがこのコンキスタにおいては素晴らしい力のようだ。鏡根と霧ヶ峰の反応を見る限り、どうもそうらしい。
でもだったら、自分の能力もそうだろうか。もしかしてコンキスタなら、活かせる部分はあるのだろうか。そんな期待を持ってしまう。
いや、そんなことはない。自分の能力は、なんの役に立ちもしない。そう知っている。
「で、雨野馳ちゃんはどんなのん?」
「え、私?」
「これからうちに入るにしろ入らないにしろ、でも可能性があるのなら知っておきたいのん。いざ出陣ってときに、雨野馳ちゃんに合う武器ないなんてなったら困るかんね」
「俺はそういうの抜きで知りたいぞ。雨野馳って、雰囲気からしてなんかスゴそうなんだよなぁ」
そんな、期待されても……私の能力なんて、ただ……。
「あぁぁごめん二人共、ちょっと雨野馳さん借りるよ」
「え、今雨野馳の能力を――」
「あぁぁ……わかったのんね。じゃ、とりあえず基本的な奴拵えとくかんね」
「いや霧ヶ峰先輩、雨野馳の能力がわかんなきゃ武器が――」
「ごめんね晴渡くん。その話はまた別の機会に回してやって。さ、雨野馳さん来て。ちょっと相談したいことがあるんだ」
「え、は、はい」
晴渡が不満そうに膨れているのを放っておいて、鏡根は雨野馳を連れて行く。とはいっても部室から少し離れた体育館の裏で、鏡根は告白中の男女がいないことを確認してから連れ出した。
「まぁぁ……ね、雨野馳さん。正直に言ってほしいんだけど、コンキスタ部入る気はあるのかな」
「それは……」
渋る雨野馳の反応を見て、鏡根はハァと溜め息をつく。やっぱりそうなのかと、一人納得した様子の鏡根は、いいかい? と雨野馳の返答を待たずに続けた。
「遊びでもなんでも、コンキスタに興味を持ってくれてる人は僕らは誰でも歓迎するよ。でもただクラスメイトに誘われたから断れなくて、興味もなしに入られたんじゃこっちも困る。迷うんだ、一緒に優勝しようって言っていいのか。責めないって約束するから言ってほしい。本当はどうなの、コンキスタ」
鏡根の言い分はその通りであり、反論の余地もない。
雨野馳はここまでほぼ強制的に事を進められているわけで、決して自発的に行動しているわけではない。すべて晴渡と鏡根の勢いに負けているだけだ。
「昨日俺がはしゃぎ過ぎたから、断りにくかったんだとは思うけどさ。だからごめん。でも俺も無理矢理なんてヤなんだ。入部届けを出さなきゃまだ君は部員じゃないし、今ならまだ間に合うから。雨野馳さんの素直な気持ちを、教えて欲しいな」
優しすぎる。雨野馳は今、そう思った。
昨日あれだけ喜んでいたのだ。新入部員が来て、一番に嬉しいのは部長のはずなのに。なのに勢いだけで押し切らないその性格は、確かに人を束ねるには必要な力かもしれない。
彼が部長を任せられている理由を、知った気がした。
そして今、自分はそんな部長に応えなくてはならない。
入部を希望すれば尚良いが、断ってもまだ良い。していけないのは、こんなにもちゃんと向き合ってくれている人に背を向けること。
こんなにも誠実に向き合ってくれているのに、それに応えず逃げることこそ失礼だろう。雨野馳六華ももう高校生、逃げて不登校になった中学の頃からは、成長したい。
こんなに優しくしてくれる先輩からも逃げて、どうしろというのだろうか。
でもそう思えば思うほど、声が出ない。返事が出ない。言葉が出ない。
結局どう言えばいいのかわからず、雨野馳はその場で押し黙ってしまった。
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