入部

「いやぁぁごめんごめん、つい感激しちゃって。昨年なんて三人しか来なかったもんだから、勧誘もするまえから二人も来てくれるなんて思ってなくてさ……」


 明星みょうじょう高校コンキスタ部の部長は、強すぎた抱擁に関してそう釈明した。それより前に来た三つ編みの先輩は、畳のスペースに胡坐あぐらを掻き、何かの機械を弄っていた。


「じゃあ改めて自己紹介。俺が一応、ここ明星高校コンキスタ部の部長、鏡根望かがみねのぞみ。そこで今機械いじりしてるのが、同級生の――」

霧ヶ峰佳子きりがみねかこなのん……よろしくねん」

 

 機械いじりしながら、霧ヶ峰は口だけで挨拶を済ませる。そして置いてあった溶接機を取り出し、電源を入れ始めた。少々焦げ臭い臭いが漂う。

 そんな中でも平気なのだろう。鏡根は自分のロッカーの中に入れていた多数のペットボトルの中からジュースのそれを取り出し、二人に手渡した。


「遠慮せず飲んで。それくらいしかおもてなしできなくてごめんね。コップはあるんだけど汚いからさぁ」


(なんで汚いままにしてるの……)

「いただきまぁす」


 そもそもロッカーの中にあったものを飲みたいとは思えないのだがと雨野馳六華あめのちりっかが思う隣で、晴渡省吾はれわたりしょうごは遠慮もなくグビグビと飲み干す。

 一体いつからそこに入っていたのかもわからないそれを何も気にせず飲む晴渡に、雨野馳は隣で引いていた。


「で、君達名前は?」


「俺は晴渡省吾。こっちは雨野馳六華です」

「よ、よろしく……」


「そっかぁ! 晴渡くんに雨野馳さんかよろしくね! で早速なんだけど……二人って、コンキスタについてはどれくらい知ってる?」


「俺はルールについては完璧なんだけど……雨野馳はあんま知らないっぽくて。だから誘ってたとこなんです」


「そっかぁ、そうだよねぇ。コンキスタって男子受けはいいんだけど、女子にはあまりって感じだから……まぁそうはいっても、競技人口は一億人って聞くし、割合も七:三くらいだと思うけどね?」


 どうやらまだ、雨野馳が入部したいと思っていないのに勘付いたらしく、鏡根は逃がさないために捕捉する。

 しかし雨野馳としてはこの状況、ボロボロのロッカーにいつから入ってたかわからないジュースを渡されたとはいえ、よくしてもらっている。それにとてもいい人そうだ。断るのは至難の業となりつつあった。

 そんな雨野馳の葛藤に気付いているのかいないのか、鏡根は小さなホワイトボードを出してルール説明のために何かを書き始めた。

 大きな円と、その円線上に置かれた小さな円が六つ。そして両脇に、それぞれ一二個ずつの棒人間を描く。絵心はないらしく、それが棒人間だと理解するのにも時間が掛かった。


「これがコンキスタのフィールド。大きな円と、それを囲う六つの円。この中がそれぞれフィールドなんだ。参加人数は一二人。そのうち三人は最初、この六つの円のうちの三つを護るディフェンス。残り九人がオフェンスになるんだ」

「三人の護りに対して九人も攻めるの? なんか酷くないですか?」

「いや、九人全員が三人共を攻めるわけじゃないよ」

 

 そう言って、鏡根は大きな円の中にいくつもの三角を描く。

 それが何を意味しているのか、初心者の雨野馳には理解できなかったが、しかしその隣の晴渡はわかっているようで、その真ん中に大きな三角を書くよう促した。


「見たことないかな。実際にはこの大きな円に大量のモンスターが現れるんだ。無尽蔵でね。種類や数はその試合によって違う。そのモンスターを倒していくことでも、得点できるんだ。だから全員が全員相手の陣地を攻めるわけじゃないんだよ」

「……その大きな三角は?」

「ボスだよ。試合に一体しか出てこないけど、これを倒すと大きな得点がもらえる」

「まぁこいつを一人で倒せる奴は怪物だけどな。だから四人掛かりくらいで倒すんだぜ」

 

 晴渡が捕捉する。

 そこまでで雨野馳が理解したのは、コンキスタはサッカーや野球と同じポイントゲームだが、バスケットやアメフトのようにいくつか得点する方法が変わるゲームのようだと言うことだった。

 

 で、得点方法は主にこうだと、鏡根はボードに書いて教えてくれた。


・コンキスタ得点方法

 モンスター撃破……一点

 ボス撃破……十点

 相手プレイヤー撃破……五点

 相手陣地侵略……一五点

 自陣奪還……十点


 これが基本の得点源だそうだ。


 モンスターというのはVVヴァーチャルヴィジョンで、血飛沫すらもリアルな立体映像。VR技術の躍進によって、進化した技術である。感触も何かもがある。

 そのVVと戦うために、プレイヤーにはとあるシステムが組み込まれた髪留めが与えられるそうだ。その髪留めを破壊するのもポイントだが、マイナスらしい。

 

 ともあれ、ルールは単純。モンスターを倒しつつ、相手の陣地を奪い続ける。そして最終的にポイントの勝っていた方の勝ちというゲームだ。


「ま、大体のルールはそんな感じだね。結構簡単でしょ?」

「えぇ……そうね、思ってたよりずっと」

「だろ?! この単純さがいいんだよな! 結局は敵をぶっ倒すだけ、みたいな!」


 晴渡が興奮している。盛り上がると思って選んだ話題もコンキスタだったし、よほど好きなようだ。ここまで引っ張られた感触が、痛くはないがまだ残っている。


「よぉしできた。ぶちょぉ、できたのんね」

「おぉ、ありがとう霧ヶ峰」


 鏡根が霧ヶ峰から受け取ったのは、一本の柄。柄についているボタンを押すと、光の刀身が現れた。ビームサーベル、という奴らしい。


「うぅん……これ、出力変えたの?」

「これ以上強くするなら剣より銃とか大砲がいいのん。ぶちょぉの腕力じゃ、これ以上の出力のビムサべは重すぎるのんね」


「あれ、部長の武器だぜ。コンキスタでは一人一つだけ武装が許されてんだ。最近はビーム系が流行りだな」

「それって……もう死人とか出るんじゃないの?」

「いや、滅多に出ねぇよ。回復系統の能力者がスタンバってるし、人間能力発現したあとは比較的体頑丈だろ? やっぱり頭の抑制外して能力でるようになってから、超人って言葉死語だよなぁ」


「……そう、ね」


 雨野馳は比較的落ち込んだ。周囲から見れば、少し疲れてしまったのかと思われるくらいだろう。他人には迷惑をかけない程度に、けれど自分に負担がかかり過ぎないよう、適度に吐いたつもりだ。

 不登校時代、親になるべく迷惑をかけまいと会得した技だ。もっとも学校に行くことが、一番迷惑をかけない方法だったとは思っているが。


「ごめん、雨野馳……なんか、能力とか気にしてた?」

「え……?」


 迷惑をかけないため=人のために身に着けた技だ。だからそれを使って、気付かれるとは思わなかった。そこまで落ち込んでいただろうかと、思って仕方がない。

 だが晴渡の様子をうかがう限り、自分は落ち込んでいたようだ。まぁ確かに自身が発現した能力に関しては、落ち込むしかないのだが。


「大丈夫よ」

「ホントか? その、気にしてたらごめんな、ホント」

「いいわよ。あまりしつこく謝らないで」

「す、すまん……」

「だから、謝らないでって」

「え、すま……あ、いや……わかった」


 晴渡は落ち着かない様子だ。今日初めて会った女の子を傷付けたと、ショックを受けているのだろうか。根は優しい人のようだ。


「さて、じゃあルールの説明は終わったし……どう? 面白そうって思ってくれた?」

「え、えぇ、まぁ……」


 そしてこの人も優しいのはわかるのだが、優しそう過ぎてなんだか断るのが申し訳ない――というか断れない。雨野馳は武器の手入れを終えた鏡根に、やや曖昧な返事を返したつもりだった。


 ――のだが。


「そっかぁ! よし! 二人共、歓迎するよ! 改めてようこそ! 明星高校コンキスタ部へ!!!」


 鏡根はすっかりその気。そこに晴渡のコンキスタ愛も混じって、なんだかもう抜け道がない。結局そのまま盛り上がり、他の部員の先輩方が来るまで抜け出すことも叶わないまま、雨野馳の入部があやふやのままに決まってしまったのだった。


 思わず、溜め息を隠しきれない雨野馳であった。 

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