入学~入部

出会い

 明星みょうじょう高校、一年二組教室。

 入学式を終え、教室は新しい友達を作るために改めて自己紹介する新入生らで賑わっていた。

 青年、晴渡省吾はれわたりしょうごもまた、新たな友達を作るために自己紹介と、これからの話をしている最中だった。

 そんな中、一人の女子生徒に目が行く。

 後ろに束ねた白銀の長髪。澄んだ青い瞳。他の女子生徒と比べればかなり高身長で、一七〇センチある晴渡とほぼ変わらなかった。

 何より長く細い脚。肌の白さもあって、絶対領域を見せなければならない制服とのコンボが強烈で、正直鼻の下が伸びそうだ。

 そんな彼女は誰とも話そうとしないまま、荷物をまとめていた。

 と言っても今日は入学式と短い自己紹介だけのHRがあっただけだ、そこまでの荷物はない。せいぜい今日貰う書類をまとめるための、クリアファイルと筆記用具くらいだろう。

 故に彼女の荷物整理はすぐに終わり、彼女はそのまま一番に帰ろうとする。そのとき思わず体が動いた。

 一年生の下駄箱は教室とは真向かいの校舎にあるため、そこに行くのに一度上階へ上らないといけないわけだが、そんなことはいとわなかった。


「ちょっと待て! 待て待て待て待て待て待て待て待て! 待て!」


 立ち止まってくれた彼女は、いやそんなに呼ばなくてもと冷めた眼差しで彼を見下ろす。そんな彼女を呼び止めたまではいいものの、彼には話題がなかった。

 自己紹介? 友達になろう、でもない。おそらくだが、彼女はきっと素っ気ない返事を返すに違いないと、直感で思う。

 ならば何かないかと思ったとき、晴渡が選んだ最善手は自分が今一番熱く語れるものについてだった。切れた息を整えながら、声を張る。


「なぁおまえ、コンキスタに興味ねぇ?」

「は……?」


(し……しくじったぁぁぁぁぁっ!!!)


 明らかな反応の薄さに、そう思わざるを得ない。心の中で、晴渡は話題の選択ミスを嘆いた。


「……別に、興味とかないわ」

「そ、そっか……いや、その……なんかスポーツとかやってそうだったからさ。昔はサッカーとか野球とかだったけど、今どきのスポーツって言ったらコンキスタじゃんか。だから――」

「あれはスポーツじゃないでしょ。異能ありのバトルゲーム。下手をすれば死にさえする、ボクシングより危険なスポーツでしょ? 女の子のやるスポーツじゃないと思うけど」

「……あれ、もしかしておまえ……」

「何」


 晴渡は思った。はぁ、さてはこいつルールとか知らねぇな? と。

 興味がないのはわかったが、ルールも知らないとは珍しい。今どきコンキスタプレイヤーなんて、ユーチューバーの次に子供がなりたい者だろうに。

 

「言いたいことがあるのなら、さっさと言ってほしいのだけど」


 次の瞬間、晴渡は彼女のまえまで上っていた。そして勢いよく、彼女へと手を差し伸べる。握手だ。彼女はまるで、応じようとしないが。


「俺は晴渡省吾だ。おまえは?」

「……雨野馳あめのち六華りっか

「そっか。じゃあ来いよ、雨野馳!」

 

 雨野馳が断る暇もなく、晴渡は雨野馳の手を引いて下駄箱とは反対方向に駆けだす。その先にあった体育館へと向かう通路を通ったが、体育館ではなくその側の部屋が並ぶ通りに出た。

 普通は外履きで向かう場所だが、晴渡はそんなことなどお構いなしで雨野馳までも巻き込んで走って行く。

 サッカーや野球、アメフトなどの運動系の部室が続いていく中で、晴渡が止まったのは無論と言うべきか、コンキスタ部と書かれた看板が下がっている部室だった。

 不用心にも鍵のかかっていないその部室に、晴渡は雨野馳を引いていく。勝手に入るのはマズいと思った雨野馳も、抵抗できずに入らされた。


 部室は広く、およそ二〇人は余裕で入るくらい。左右にボコボコに凹んだロッカーが多数並んでおり、随分年期が経っていることを感じさせる。

 部屋の奥の隅には畳のスペースがあり、何やら金槌や溶接機が散在している。畳のところどころにも焦げている場があり、今でも誰かが使っているようだ。

 そして部室の窓は壊れているのか、もう何年も開けていないようで埃がすごい。そのためか室内は埃が舞っており、正直咳が出そうだった。

 とくに見どころのない部屋。ただの汚い部室である。しかしそれはただ一か所を除けばの話で、雨野馳は思わず晴渡と共に見入ってしまった。

 畳のスペースの隣に置かれた小さな机。簡素なそれの上に乗っていたのは、その先が見えるほど透明な盾。日の光を浴びて輝くそれには、“第一回全国大会優勝記念”の文字が刻まれていた。


「すげぇだろ? これがコンキスタの全国高校大会優勝記念の盾なんだぜ」

「……優勝したの? でも、そんなこと聞いたことなかったけど……」

「そりゃそうだ。もう二〇年以上もまえの話だからな。それ以来まったくの無名。よかったのは初代だけだったって、もう学校すら恥ずかしがって宣伝しねぇ偉業だよ」


 思わず、雨野馳は思ってしまった。

 こんな汚い部室の片隅で、埃も被らず輝き続ける盾に対して。

 

 美しいと。


 それはおそらく、初代部員達が血の滲むような努力を惜しまず、奇跡すらも味方に付けて勝ち上がった証。たった一年の栄光とはいえ、日本最強の称号を得た証なのだ。蔑めるわけはない。

 その盾一つで、様々なものを感じ取った気がした。今まで中学でも何かのトロフィーや盾、表彰状を貰う式があったりもしたけれど、そのときはまるでそんなことを思わなかったのに。

 確かコンキスタはその競技内容が激し過ぎて、中学生以下はプレイできないと聞いたことがある。そんな死闘の果てに手に入れたものだからこそ、そう感じているのかもしれない。


「俺、ここに入るんだ。でもって優勝すんだよ。それが俺の目標なんだ」

「……ならもっと強いとこ行けばよかったじゃないの」

「察してくれよ……学力が足りなかったんだ」


「それにさ、優勝して当然みたいなとこ行って優勝しても、そりゃ当然だろ。こういう今は無名のところで優勝したらそりゃあさ……コミックみてぇにカッコいいだろ?」

「……何それ」


 そのとき、雨野馳は高校生になって初めて人に笑みを見せた。さらに言えば中学の不登校時代も合わせ、三年前から初めて笑った。

 それは晴渡を小馬鹿にした笑みだったが、しかし笑ったのは事実である。

 それを見た晴渡もまた、安堵したように笑った。雨野馳が、滅多に笑わない人間だと感じていたから、笑顔を見れて安堵したのは事実だった。


「なんだ、雨野馳も笑うのな」

「失礼ね。笑うわよ」

「そっか……なぁ雨野馳、おまえこのあとどっか部活入る予定とかあるか? ねぇならさ、俺と一緒に――」


「誰なのん……?」

 

 晴渡の言葉を遮って、一人の女子生徒が現れる。

 明星高校の制服には星型のバッジがついているのだが、その色によって階級がわかるようになっている。

 一年生の雨野馳と晴渡は赤色だが、今来た彼女がしているのは青だ。つまりは三年生である。

 黒い長髪を三つ編みにして、背中に流した眼鏡女子。その目蓋は重いのか、寝ぼけ眼で二人を見つめると、あぁと勝手に一人で納得したようで大きく息を吸いこんで外に顔を出した。


「ぶちょぉぉ。新入部員なのなぁぁ」


 三つ編み女子が呼ぶと、どたどたと大きな足音が響いてくる。そして三つ編み女子をも吹き飛ばす勢いで、青バッチの三年生の男子生徒が走って来た。

 スポーツ刈りで、左のこめかみに傷があるが、優しそうな顔立ちの先輩は二人を三つ編み女子以上に見つめてそして両腕を天高く突き上げた。


「っしゃぁぁぁぁ! 新入部員確保ぉぉぉ!!! よく来てくれたぁぁぁぁ!!!」


 自身の中で巻き起こる歓喜の渦に呑まれながら、先輩は愛ある抱擁を二人に同時にする。あまりにも強い抱擁に雨野馳は無論、そして入ろうとしていた晴渡でさえ引いてしまうくらいだった。

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