第7話

話は少し遡って悠たちの沖縄合宿の前のこと。


 神崎 夢亜は生物準備室へ向かって歩いていた。


――――例の"普通じゃない"先生に会うために


「失礼しまーす」


 夢亜が生物準備室に入ると、そこには白衣を着た生物教師、十和田 印が座っていた。

 例の"ジャズ部"の顧問の先生でもあるこの教師は夢亜が入って来ても何も反応しなかった。


「先生ー。お話って何ですかー?」


 夢亜が聞くと十和田はやっと夢亜の存在に気づいたようで、ビクッと反応して


「ああ。いたのか神崎さん。入るなら一言言ってくれ」


「言ったんですけどー。それより夢亜ははやく帰りたいのでー、用件をお願いしますー」


「わかったよ。では神崎さん、

ジャズ部一年生だけで合宿に行ってくれないか?」


 十和田のいきなりの頼みに流石の夢亜も一瞬固まっだがすぐに


「なんでですか?」


と、誰もが聞きたいだろう質問をした。


 十和田は立ち上がって、教室の端にある水槽中の亀に餌をやりながら夢亜の質問に答えた。


「おそらく、一週間以内にこのジャズ部は解散する。その時に一年生たちがいると少し都合が悪いんだ」


「なぜ夢亜たち一年生たちがいると少し都合が悪いんですか?」


「すまんな。言い方を少し間違えた。正確にはあの男、"時咲 悠"がいると解散の話がうまく進まないと思う、だからあの男がいると都合が悪い」


「まぁ、悠くんとお泊りに行けるだけで断る理由もありませんけどー、そもそもなんで解散するんですか?」


十和田は少し困ったように頭を掻いて


「実は、ジャズ部への校内、校外からの苦情がすごくてね。学校側としてこれ以上はこの部活を続けさせるわけにはいかないんだ」


――――なるほど。

 そう内心で笑みを浮かべて夢亜は


「わかりました。しかし2つ条件をつけさせてもらいます」


「ありがとう神崎さん。で条件とは何かな?常識の範囲内でたのむよ?」


「もちろんですよー。一つ目は、合宿の費用をすべて出してもらうことー。まぁ頼むのは先生だから当然ですよねー」


「もちろんいいが、それも常識の範囲内でたのむよ!」


「で、2つ目は、ジャズ部が解散した後、私が新しく部活を作るので、その顧問になってもらうことー」


「別にいいがなんの部活を作るんだね?」


「それは秘密ですー」


「まぁ、君らしいな。よし、これで契約成立だ!」


「ではでは、私は帰るのでー」


「気をつけて」


 はい!と夢亜は元気よく返事をして、スキップしながら生物準備室を出て行ったのであった。




そして話は合宿後に戻る……



「というわけで2、3年生でここ一週間先生に抗議してみたのですが無理でした。よって今日をもってこの部は解散します!いままでありがとう!」


 部長が今にも泣きそうな感じで話を終え、ジャズ部は解散した。


 話を聞いていた時咲悠の頭の中にははやくもこれからの予定について考えていた。


 どうする?


 この"普通じゃない"部活を正当な理由でやめられたのは予想外の幸運だった。

だがこの後俺はどうすればいいんだ?

部活に入らないわけにはいかない。

この学校ではそれは"普通じゃない"から。

ではなんの部活に入ればいいんだ?


「夢亜ー。これからは部活で会えないよー」


 水髪はなぜ今なら行けると思ったのかわからないが夢亜とハグしようとして


「妹に触らないでください。汚らわしい」


「ひさびさに本心から死んで欲しいとおもったよー」


いつものように罵られた。


「ではコバンザメくんとはこれから一生会わないだろーけど」


「あれ!?クラス一緒だよね!?」


水髪のツッコミを無視して夢亜は続ける。


「悠くんはこれからの部活でもよろしくねー」


「ん、ああ。んん!?なんで俺が夢亜と同じ部活だってことになる?」


「だって悠くんと夢亜はすでに同じ"愉快部"の仲間じゃんー」


こいつは何を言っているんだ…?

俺はまだ入る部活なんて決めてないぞ!?


「ほらこれ見てー!」


夢亜がカバンから取り出したのは一枚の紙。

そこには

――――"愉快部"

メンバー 神崎芽亜、神崎夢亜、時咲悠と書かれている。


 ついでに不翳の名前と顧問の先生の欄に十和田とも書いてあった。


「なんだこれ!?正式な部活作成願いじゃねーか!?しかも顧問の先生まで、いつのまにこんなのやった!?」


「てゆーか、不翳もいるのになんで俺は名前ないのー!?」


2人の叫び声が上がり夢亜は大きく笑う。



――――よく考えろ、俺、時咲悠!


そもそもなんの費用もなしに合宿なんておかしかったじゃないか!


十和田先生が絡んでいると考えれば出てきた考えだ!

沖縄合宿の費用も出せて、尚且つ夢亜と接触して

解散の後すぐさま部活を作らせるような"ぶっ壊れた"教師がいたじゃないか!


だから夢亜は2、3年生が学校ともめていて一週間ほど来ないのを知っていたんだ!


そんなことを時咲が考えているうちに


「だいたいは把握したが、おい、夢亜。なんで俺にも伝えておかないんだ?」


と、不翳が当たり前のようにこの馬鹿げた状況をすぐに理解して夢亜に聞いた。


「悠くんに漏れる可能性が少しでもあったら教えませんー」


「そゆことね」


「てゆーか本当に俺の名前ないの?流石に泣くよ?」


「あーもう、わかったー。入れとくよー」


「ありがとうございます夢亜様!」


水髪が泣きながら土下座する。


――――え?


   なにこれ?


本当にこの部活に俺入んなきゃいけないの?


「当然だよー」


「心読むな!」


 どうやら本当にこの馬鹿げた部に入らなきゃいけないようだ。


――――どうやら本格的に俺の"普通"の高校生活は終わりを迎えたようだ。


それがいいことなのか悪いことなのかももはやよくわからない俺はもう"普通じゃない"のかもしれない……

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