第6話

――――朝食をとる前、もう一度今日の"本当"の予定を確認する。


・朝食の時、悠くんの近くにさりげなくガイドブックを置いておく。それを読ませるようにする。


・今日も遊びに行く流れにして、目的地を『海』にするようにする。


・悠くんは泳げないから海に入ろうとしないのでその悠くんの暇つぶしについて行くといって2人きりになる。


・海の家には行かずに2人だけで沖縄観光!!


「よし!よしよしよし!完璧!」


 そう言って妄想を膨らませるのは神崎 夢亜だ。


「そしてこの水着をあらかじめ下に着といて、違うビーチで悠くんと遊ぶ!やった!やった!」


 夢亜は溶けるような真っ赤な頰を悟らせないよう顔をよく洗って姉の芽亜とともに朝食の席へとむかったのであった。


――――そして今、夢亜の計画は完璧に遂行され、時咲 悠を追い詰めた。


「ちょっとまて夢亜!俺は夢亜とは海の家に行くと言っただけだ。遊びに行くとは言ってないぞ!」


 夢亜はにんまりと笑って、悠の理論を


「でも、どこの海の家にどこによってから行くかは言ってないよねー!」


  木っ端微塵に粉砕した。


 考えろ俺。「普通」の男、時咲 悠15歳。


――――今、夢亜と遊びに出かけたらどうなる?


 まず考えられるのは夢亜が俺のことを勘違いすることだ。


――――そう、俺が夢亜の愛に応えたと。


 それだけは阻止しなくてはいけない。


「そうだな。じゃあ行くか」


「え!?うん」


 ふふ。どうだ夢亜。


・俺はあえて夢亜と遊びに行く。その道中で明らかに夢亜に好意がないことをアピールする。

(少し心苦しいが。)


 そしてこの機会に夢亜に俺から離れてもらい、俺は平和な高校生活取り戻す!


 夢亜の計画を逆手にとって利用して俺は「普通」の男子高校生にもどる!


「じゃあ、まずどこ行く夢亜?」


「ホテルー!」


 数秒の沈黙…。


 夢亜はなぜか平然としている。


「なんだ夢亜ー。ホテル帰りたいのかー。よしじゃあそうするか!」


「そのホテルじゃないですー!ホテルの前に二文字カタカナが入るやつです!」


「あー。アパホテルか!夢亜いまからなんでアパホテルに行く必要あるんだー?」


「違いますー!あの、あれ、で、す」


 夢亜の指す先にはとってもピンクな…


「ってバカかー!俺たち高校生だから!それ不純異性交遊だから!捕まるから!」


「悠くん悠くん。大丈夫です!夢亜は16歳です!」


「俺は15歳なの!だいたいから年齢の問題じゃないだろ!」


 すると夢亜は上目遣いで、


「わ、私じゃダメ?」


 と誘うように言う。

 思わず首を振りそうになるがぐっと堪えて


「夢亜はちょー可愛いし、16歳かもだけどもなんかダメ!ダメダメダメ!」


「悠くん、冗談だよー?なんで本気にしてるの?(笑)おもしろーい。」


「だよなー!よかった」


 俺は本心から安心した。

全く、夢亜の冗談は重すぎる。


「本音は、悠くんと、2人で海行きたい、か、も」


――――やばい。

 こんなかわいい子にこんなこと言われて惚れないわけないだろ。

でも俺は、俺は、


「じゃあ、海に行こう!」


「え!?いいの!やったー!」


 だめだ。流石にこれ以上は夢亜のかわいさには勝てない。

今日一日ぐらい夢亜の好きにさせてやるか。


「じゃあ準備するねー!」


 そう言って夢亜はおもむろに服をはだけ始めた。


「まてまて夢亜!タンマ!ここではやめろ!」


「『俺以外に肌を見せちゃダメ』なんてー。照れますなー」


「そんなこと言ってない!けどここではやめろ!」


 夢亜は小さく笑ってこちらをみる。


 また俺は夢亜にからかわれてしまったようだ。


「悠くん悠くん。夢亜がこの世で一番好きなもの知ってるー?」


「なんだろ?わかんない」


 俺がそう答えた瞬間夢亜は俺の耳元で


「悠くんの、照れて赤くなった顔。だよ。」


と囁いた。


 その時の俺の顔は熟成したトマトのようなものだった。と後から夢亜に聞いた。


「まてまて!そんなことより海だ!どこの海に行きたいんだ?」


「そんなことってー。まぁ一生懸命誤魔化そうとしてる悠くんも好きだけど」


「まじめに答えろ!」


「えーとねー。近場のとこでいいや。歩いて行きたいし」


「わかった。探してみるか」


 俺がそう言ってケータイでビーチを調べる。

その様子を夢亜はずっと下から見ていた。


――――気が散る。

だって夢亜の顔が画面越しに見えて集中のしようがない。

しかもちらちら見える夢亜は少し笑っている。


――――ちくしょう。かわいい。


 落ち着けおれ。大丈夫だ。

もう慣れっこじゃないかこんなこと。


 そんな俺の気持ちも知らずに夢亜は俺がケータイで調べている間ずっと下から俺をを見ていた。


「よしわかったぞ。ここから歩いて20分ぐらいのところにちっちゃいビーチがあるみたいだからそこに行こう」


「あいあいさー!」


 夢亜は立ち上がって、変な掛け声とともに俺の横に立った。


 すると夢亜がいきなり


「悠くん悠くん。手、繋がないの?」


「手を繋ぐことになんの意味がある?」


「言ったでしょー!愛に意味も理由もないんだよー」


「そうか。まぁ今日ぐらいなら」


「え!?いいの!?ほんとに!?」


 夢亜は自分から頼んできたくせにとても驚いたようで目を丸くしていた。


「ほい」


 俺は左手を夢亜の方に出したが夢亜はなぜかつったったままだ。


「どうした?夢亜?」


 俺が聞くと夢亜は日焼けしたような頰をあげ


「嬉しいのと…恥ずかしいのと…楽しいのが混じってよくわかんなくなっちゃた!」


と元気よく言って俺の左手に右手を重ねて歩き出した。



 そのビーチは小さいせいか人も俺たち2人しかいなかった。


――――ここで衝撃の事実が発覚。


 なんと夢亜は泳げないのだ。


 ではなぜ最初に海に行こうと言ったんだか。


 しかし水着は見せたかったらしく俺の前で必死にアピールしてくる。


「ねえ!悠くん!どぉ?どぉ?」


「あー。はいはい、かわいいかわいい」


 俺がそう心なく言うと夢亜は少し膨れる。


 夢亜の水着は緑でなんかふわふわしたワンピースみたいなやつだった。


 俺が感情を殺すのも無理はない。


――――だって夢亜の奴、まじでかわいすぎだから!


 こうでもして感情殺さないと俺の心が、今まで守り続けてきたモットーが壊れてしまいそうだ。まぁこの時点で相当壊れかけてきているんだが。


「そういえばなんで夢亜は泳げないんだ?」


「さぁ?だいたいから泳ぐ必要なんて人間にはないよー!ずっと陸の上で過ごすべきだよ!」


 珍しく夢亜が消極的なことを言っている。

まぁかく言う俺も同意見だが。


「俺にはちゃんとした理由がある。昔海で溺れて死にかけた、だから海は嫌いだ!」


「へぇー。大変だったねー」


 夢亜が何気に真剣に俺の話を信じたので俺はその話の最後に『という夢を見た』を加えるのを忘れてしまった。

なんだか少し申し訳なかったので、何かあげようと思って夢亜に聞いてみた。


「なんか欲しいものある?」


「じゃあ、唇で!」


「やっぱ今のなしな!」


 思わず上ずってしまった声で俺は夢亜の要求を拒否。


「うそだよー。てゆーか多分そろそろだよ?」


「ん?なにが?」


 俺が聞くと夢亜は道路の方を指差した。


――――そこには見覚えのあるやつらが2人ほど。


「おーい!デート中失礼だと思うが、そろそろ

帰るぞー!」


 あのうざい声と嫌われそうな喋り方は水髪か。


「聞こえてるぞー!」


「悠くん、声にでてるー」


 おっと。つい本音が。


「それも聞こえてるぞー!」


「今のはわざとでしょー?」


「もちろん。さすが夢亜だな」


 俺が褒めると夢亜は少し赤くなって


「そんな。『さすが"俺の"夢亜』だなんて照れちゃうなー」


「あれ?夢亜さん?ちょっと電波悪いみたいだねー?ねー!」


 早く帰ろう。そう思って俺は水髪たちの方に向かって歩き出した。


「さぁ。早く帰って寝るか」


「おい、やる気なすぎだろ〜。こういうのは夜が本番だろ?」


「おい。水髪、お前なに考えてるんだ?」


 水髪の後ろから出てきた不翳が水髪に聞く。


 あれ?不翳いたんだ。いつからいたんだろ?

そんな言葉をつい出してしまいそうになるがなんだかかわいそうなのでやめといてやった。


「あれ?そういえば芽亜は?」


 俺が水髪に聞いたのに対して答えが返ってきたのは俺の後方、夢亜からだった。


「ねぇはきっと帰って休んでるんだよー。」


「夢亜の言った通りだ。さすが夢亜」


「やめてくださいー。気持ち悪いー。」


 水髪、お前救われないな。褒めても罵倒されるのか。

それはそれとして


「そういえば俺たちっていつ帰るんだ?明後日から学校だよな?」


 そう。俺たちは連休を使ってこの合宿に来ていたので2日後には普通に学校があるのだ。


「今日だよ」


 夢亜はなんの含みも持たせることなくその一言を放った。


「夢ー亜ー!そういうことはもっと早く言えよ!部へのお土産も買ってないじゃないか!」


 ほかの2人も知らなかってようで驚愕としている。


「あ、それもそうだね。はやく買わなきゃ」


「なに呑気に言ってんだ!」


 俺が1人慌てていると夢亜が


「多分いらないとおもうよー?」


と言った。


「なんでだ?買わないのは『普通じゃない』だろ?」


 俺がそう言うと夢亜はにっこり笑って


「だってこの部"もうない"しねー」


―――――え?

 俺以外の2人も揃えたように心の声を漏らす。

"もうない"?


「どういうことだ?夢亜ー?」


 俺が悟りを開いた菩薩のような顔で夢亜を見つめると

「それは帰ってからのお楽しみー!」


と一言だけ言ってホテルへ走っていった。


「どういうことだ、、、?

どういうことなんだー???!」


――――そんな男子3人の叫びとともにジャズ部一年としての"最初で最後"の合宿が幕を閉じた。

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