第19話 スケルトン肉体錬成

 朝8時に、会社に着くと、俺以外の三人はもう、会社にいた。

 シャルとアンナは、会社の仮眠室で、寝泊まりしている。というより、会社で生活している。これは、自宅警備員の進化版、警備員かもしれない。

 誰も、成りたくないが……。

 三人に朝の挨拶を済ませると、赤ジャージの異世界二人組に話を振る。


「シャルとアンナは日本での生活は慣れたか?」

「布団がフカフカだし、ご飯は美味しいですわ。お風呂もトイレも快適! 魔道具がないのは不思議ですけど。照明、テレビ、ドライヤー、フライパン、鏡、お茶でさえ凄い。洗練された生活環境、これが天国というものだと思います。トオル様、わたくし一般的なJKっぽく喋れてますよね?」

「ここしばらく、女子高生と話しする機会は無かったから、分からない」


 シャルの日本語は標準語のような気がする。


「そうですか……」

「シャルロット様、まだまだ異世界は初まったばかりです。頑張りましょう」

「しかし、なぜ、女子高生らしさを追求しているんだ?」

「セーラー服いいですよね。かわいいです」


 セーラー服が気に入っただけなのか? 赤ジャージの次はセーラー服なのか。


「シャルもアンナも、高校に行きたいわけではないのか? ただ、セーラー服がいいだけなのか?」

「別に、勉強はしたくないです。日本の学校に行っても、ガルトで何か役に立つとも思えません」

「そうなのか――」


 二人と話していると、突然インターホンが鳴る。


『ディーヴァエージェンシーさ~ん、お届け物です』

 

 どうやら、昨日ネット注文した材料を宅配業者が持ってきたようだった。

 俺は、会社の入り口で、段ボール箱四つ分の荷物を受け取る。今日の作業に間に合ったのは嬉しい。


「徹さん、ネット通販のし過ぎは、資金不足に陥りますよ! キチンと費用対効果を考えて下さいね。異世界で手に入らないものだけを買わないと駄目ですよ」


 入り口で、荷物を受け取っていたミカエルにお叱りを受ける。


「ミカエル、すまん。スケルトンの肉体錬成に男のロマンを感じたんだ! 材料は厳選して買ったつもりだったんだが、意外と多くなったな」

「楽しそうな事考えましたね。それは、社長としても『やってみなはれ』です」

「ミカエルも賛成してくれて良かったよ。着替えたらさっそくガルトに行くか」


 俺以外の三人が頷くと、ガルトへ行く身支度をし始めた。




 転移ドアを、通販の段ボールを持った四人でくぐる。今日は、みんなお揃いの村娘ルックである。シャルとアンナは自分の服は洗濯しているようだ。

 毎日驚異的なスピードで修復されていく地下ダンジョンに驚く。今日は、昨日より綺麗になっている。スケルトンたちの頑張りに感謝だ。

 俺は、早速スケルトン肉体補完計画の準備をする。

 大体の人体組成の元素は、日本から持ち込んだ。しかし、酸素、炭素、水素は持ち込んでいない。つまり、酸素と水素の化合物の水と、炭素として、炭か石炭か木材のような炭素化合物があればすべての材料が揃うだろう。

 水は、廃鉱山から湧き水が噴出しており、排水路がダンジョンまで引きこまれているので、その水を使う。炭素は、廃鉱山に放置されていた木炭や、ダンジョンを修復した時に不要になった材木とかを利用することにする。

 後は、スケルトンを選ぶだけ。やはり、スケルトンの中で肉体が欲しいものに名乗り出てもらうのが、失敗した時を考えてもいいような気がする。

 ダンジョンに集まっているスケルトンたちに向けて大声で喋る。


「皆、聞いてくれ! 俺は、良く仕事をしてくれているスケルトンに肉体を与えたいと思っている。だが、肉体錬成実験がまだ成功するかは、分からない。ぜひ、この実験に参加したいものがいれば、立候補してくれ」


 それから、スケルトンたちは、カタカタと口を鳴らしていたが、暫くすると二体のスケルトンが前に進み出てきた。

 これは、この二体が立候補と考えて良いのだろうか。


「君たちが、実験に協力してくれるのか?」


 カクカクと不自然に頭蓋骨が上下する。これは、肯定という事だろう。


「実験に協力してくれてありがとう。ほかの皆は、割り当てられている仕事に専念してくれ」


 俺は、立候補者以外のスケルトンを解散させた。

 スケルトンたちは、骨が地面に当たるコツコツという足音を、周りに反響させながら遠ざかっていく。

 もし、衆人環視の中、肉体錬成に失敗したら二度と誰も実験に参加してくれないかもしれない。もちろん、成功すると確信しているが、用心は必要だろう。

 ミカエルたち三人は、日本から持ってきた段ボール箱の中身を、ダンジョンの店舗予定スペースで、並べて実験の準備をしてくれている。

 店舗予定スペースは、簡易実験室に早変わりだ。

 俺は、立候補したスケルトンたちに、水を汲んでくる仕事と、ダンジョンに置いてある木炭を持ってくるようにそれぞれ指示した。 




 すべての準備を整えるのに、それほど時間はかからなかった。

 俺は、スケルトン一体を簡易実験室の真ん中に立たせる。スケルトンの隣には、肉体錬成の材料を置いている。アイテム・クリエイトは、必要素材は必要なだけ無くなるので、材料の分量を量ったりは今はしていない。

 取りあえず、『オレンジ』のアイテム・クリエイトアプリを見ると、スケルトンの肉体錬成は一体千円らしい。安いのか高いのかは分からないが、やってみよう。

 

「皆、スケルトンの肉体錬成をこれから、始める!」

「徹さん、頑張ってください」

「お前なら、成功する」

「トオル様は、やればできる方です!」


 皆から声援を受け、意識を集中する。


「クリエイト・アイテム!」

 

 スケルトンは光に包まれ、40歳位のナイスミドルなおっさんが立っていた。元騎士だったのか、黒いマントと銀色に輝く甲冑を纏っている。腰には、立派な剣を携えている。


「わが主、トオル様! このような姿にしていただいた事感謝いたします」


 おっさんが、灰色の瞳に涙を貯めてウルウルしながら、感謝の言葉を口にする。

 悪い気はしないのだが、あまり、おっさんに泣かれるのも気まずい。しかし、スケルトン達は、リッチーである俺の配下だから、威厳を持って対応しなければ……。


「うむ。苦しゅうないぞ。余のために、これからも尽力してほしい」

「もったいなきお言葉。このロイド、終生、忠誠を尽くします」


 俺は、アンナとの昨日の会話を思い出した。仮面をスケルトンに授与しなければいけない。俺は、簡易実験室に置いてあった木材から、素早くアイテム・クリエイトをすると、仮面を5個作成した。


「これは、忠誠の印である」


 俺は、ロイドさんに、大げさな仕草で、仮面を授与する。


「主から、このような物をいただけるとは、誠にありがたき幸せ」


 ロイドさんは喜んでくれたようだ。


「では、スケルトン達の指導を頼む」

「謹んで、拝命します。」


 ロイドさんは、俺に一礼すると、スケルトン達の方へ去っていった。


「徹さん、成功おめでとうございます。あるじ感は微妙でしたが……」

「やはり、私の考えは正しかったな!」

「トオル様、仮面のデザインがカッコイイです」


 後ろで、成り行きを見守っていた3人が口々に感想を述べる。ちなみに、仮面は5個で10円だった。


「もう一体スケルトンの肉体錬成をしないといけないから、ちょっと皆待っていてくれ。次のスケルトンさんは、材料の隣に立って下さい」


 成功したので、次のスケルトンの肉体錬成に入る。スケルトンが、材料の隣に立ったのを確認する。深呼吸をし、心を落ち着かせて、言葉を紡ぐ。

 

「クリエイト・アイテム!」

 

 スケルトンは光に包まれ、20歳位の妙齢の美女が、柘榴のような赤い瞳で微笑んで立っている。光が消えそうなその刹那、彼女から笑みが消え、困惑の表情が儚げな美しさを一層引き立てる。

 絶叫。

 か細い彼女の手足は、己の大切な部分を隠そうとし、本能が体全体を小さく丸めて、女性らしさを隠そうとしていた。

 ――そう、彼女は一糸まとわぬ生まれたままの姿で座り込んでいる。

 隠そうとするから、余計エロイ。

 いかん。

 これは、不可抗力で、所謂ラッキースケベというものであるが、後ろの三人を振り返れん。

 前は、目の毒だが、後ろは、心の毒だろう。事故なのに殺されそうだ。

 どう切り抜ける?


「みんなぁ! 錬成に失敗して、服を持っていかれた! 早く、彼女に着せる服を――。いや、シーツでも、何でもいい、早く持って来てくれぃ」


 心臓が、ドクドクと大きな音で早鐘のように拍動し、乾いた口は何とか言葉を吐き出した。

 後ろで、三つの足音がバラバラの方向に分かれていく。

 素早く、後ろを振り返ると、皆、服を探しに行ったらしい。俺は、ポケットから、ハンカチを取り出すと、アイテム・クリエイトをする。

 小さくうずくまっている美女に、声をかける。


「すまない。肉体錬成に失敗したようだ。今、皆が着るものを探しに行っている。俺も、ハンカチで下着を作った。これで、大丈夫だと思う」


 俺は、仮面とハンカチで作った下着を、両手で広げる。

 期待で目を輝かせていた美女の瞳から、急速に光が失われていく。

 自分が広げた下着は、極限まで布が少ない紐のようなモノでした。

 これ、隠れませんわ。


「さすが、旦那! あっしは、旦那に親近感が湧きますぜ! どこまでも、おともさせていただきやす」


 いつの間にか、ジャックが俺の隣にいた。


「いや、本当に事故なんだぞ!」

「恋は事故みたいなもんでやして……。突然なんで! あっしに言わせれば、性癖もある日突然なんでさぁ! 全く興味なかったのに、突然なんでさぁ」  

「ジャック困った感じの声でそういう事言うのやめてくれ。後、俺は、仮面と紐のような下着を持っているけど、そういう特殊な人じゃないからね」

「皆、初めは否定するんでさぁ。でも、どうにもならん事で――」

「お前は、私の徹さんに何を吹き込んでるんじゃ――!」


 ジャックが喋っている途中で、飛んできた棒でどこかに吹き飛ばされた。振り返ると、シーツを持ったミカエルが立っていた。


「徹さん、あのかぼちゃ野郎は、排除しました。早く、昔の徹さんに戻ってください! 変態面に堕ちたらダメ!」


 変態面とは何なのかよく分からないが――、この状況を打破できるならそれでいい。

 俺は、仮面と紐のような下着を、手放した。


「ミカエル、ただいま」

「おかえりなさい! 徹さん」


 俺たちは、スケルトンの女性にシーツを与え、落ち着かせる。その後、シャルが村娘の服を持って来てくれ、受け取ると簡易実験室の見えない片隅に隠れてしまった。

 一体なぜ、女性は全裸で錬成されたのか? 今後も、全裸で錬成されるのか疑問はあるのだが、うやむやの内に本日の肉体錬成は幕を下ろした。

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