まどろみ



 

 くちびるどうしがあわさった瞬間、僕はぴりりとした熱を感じた。この世のものとは思えないほどのやわらかさと、儚さとが交じりあい、体の奥のほうが熱くなってくる。このまま、とけてしまうのではないかと錯覚するほどであった。


(だけど、だめだ、くちづけは首すじにと決まっているのに!)


 それにはわけがあった。寿命をわけるという術はあまりにも高度で、コントロールするのが困難であるからだ。わけられたいのちは血液によって運ばれ、やがて心の臓へとたどりつく。そのため血管がふとく、多少の融通がきく首すじが一番適していた。


 しかし、くちびるとなると勝手がちがう。くちびるであると表面が薄すぎて、血管に直結してしまう。血管もほそく、生をコントロールする僕たちこちらからしたら困難極まりない場所なのだ。力が暴走しかねない。いや、むしろ、こちらに影響がおよぶ可能性も捨て切れない――。


 僕は急いでくちびるを離す。僕の力はいまだ未知数だ。年長者がいない今、僕を推し量れる者はもはや僕しかいない。


 ゆれがおさまると、ゆっくりと神の上から退いた。そこには、あいもかわらず美しい最上の神が横たわっている。さきほどのくちづけは、どうやら神になんら影響はないようであった。僕もいたってふつうだ。さきほどより元気な気さえする。

 

 良かった、何もなくて――。僕はほっとためいきをついた。


 

あにさま、さきほどの地震は大丈夫でしたか?」


 儀式を終え服を纏った僕に、うつくしいボーイソプラノが歌いかけた。僕の唯一の家族だ。


紅掛べにかけ……大丈夫、神はいまだうつくしい姿でまどろんでいるよ、」

「ちがいます! ……僕は、兄さまのお体の心配をしているのです。いつまで経っても目覚めない食いしんぼの神さまなんか、もはやどうだっていい」


 ぷいとそっぽを向く弟は、さいきん反抗をおぼえ、どういことかその矛先は兄の僕ではなく神に向いていた。


「どうせ、秘色兄さまのいのちも、僕のも、せんぶ食べつくしてしまうのです」


 この反抗の仕方は昔の僕に良く似ていて、見ていると気恥しくなってくる。


「神に聞こえたら大地のお怒りを受けるよ」

「気にしません」

「……うん、おまえは気にしなくてへいきだよ。こんな馬鹿げたこと、僕で終わりにするから、……」


 そう言うと、紅掛はなぜか悲しそうな顔をした。

 僕には野望がある。代々受け継がれてきたこの儀式を僕の代でおしまいにすること。それと、この可愛い弟のいのちを、かれだけのものにしてやること、だ。



 そしてまた一週間が過ぎた。

 からだを清め、僕は神のもとへと向かう。

 

 

 

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サウダーデ・インフィニティ 西園ヒソカ @11xxx

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