サウダーデ・インフィニティ

西園ヒソカ

くちづけ(大幅な加筆修正あり)


 ――――いいかい秘色ひそく、これだけは覚えておくんだよ――――







   ―サウダーデ・インフィニティ―

     






 その昔、僕の先祖に当たる人物は神を殺した。


 実際に命をうばったわけではない。本来なら不死である神の命をにしたのである。祖先は呪術をなりわいとしていた。善良であった祖先がなぜそのようなことをしたのかはわからない。しかし仕出かしてしまったことはあまりに大きく、その罪は死をもってつぐなわれた。そして神は、破滅をおそれた同職の者によって封ぜられた。千年も前の話だ。


 今でも僕は彼に代わって罪をつぐないつづけている。


 


 その日、僕は食べ物をいっさい口にしてはいけない。最低限の水分だけを摂り、宵に備える。空にするのは胃だけでない。はらもだ。不正規な方法で腸に水を送り、それを排出する出す。濁りがなくなるまでそれを幾度も繰り返す。次に清めるのは体の表面だ。これは、かならず冷水を使わなくてはいけないので、僕は冬になると簡単に済ませてしまう。どうせ誰も見てやしない。神の封印はかたいらしく、目覚める気配もない。本当だったらこんなことする必要もないのに、僕はまだこの呪縛からのがれられないでいるのだ。

 

 すべての工程が済んだら神殿へと向かう。このとき衣服は身に着けてはならない約束だ。

 

 神と対峙する瞬間、僕はどうしてもみじめな気持ちになってしまう。神は上等なシルクを身を包み、千年の時を感じさせない、まさに神々しい姿でそこに横たわっている。それに比べ僕は何もまとっていない。ただただ白いだけの肌を持て余し、神の側へと近寄る。――よいかをりがする。かぐわしく、りりしく、美しく、この世のすべてを集めたようなかをりだ。僕はその首すじにそっとくちびるをよせる。――あゝ、時間だ。


 僕はその陶器のような肌に、ふれるだけのくちづけをした。



 こうすることによって、僕の寿命のいくらかが彼へうつるといわれている。僕の家系は何代も幾夜も、この方法で不老不死の再生をこころみてきたのだ。


 そしてこの技は化野あだしの一族、しかも男子しか使うことができないと言われている。


 1週間に1度の任務だが、僕はこのために生きていると言っても過言ではない。しかし、前の代――僕の父は若くして死んだ。32歳だった。大きな病気をしたわけではない。――ただの寿命だ。


「……考えるのは、やめよう」


 僕はまだ、祖先の罪を被ることを許容できていない。


「……お腹空いた」


 思えばいつもこうだ。行為のあとは生気せいきがうばわれたように体が重く、気だるくなる。寿命をわけているのだ、しかたのないことではあるが……。


 今日は一段と足元がふらつく気がする。


(なんだ、これ、)


 ふらつく理由はほかにあった。

 ――ゆれているのだ。地面が。


「地震だ!」


 気づいたと同時に行動していた。皮肉なことに、僕の体は自分を犠牲にしてまでも神を護ろうとした。馬乗りになり、落下物から彼の身を守る。


 しかし。


 上から落ちてきたのは触りごこちゆたかな、ただの布であった。


(え、)


 その布は僕の頭上に落ちた。しっかりとした厚みのあるそれは、意外にも重量があり、あらがうことはできなかった。




 ――そして、ふわり、と。

 僕のくちびると、神のくちびるがかさなったのだ。




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