第5話 家路

「んっ…………ううっ…………」



 シャロンが目を覚ます。実に数時間ぶりの覚醒だ。


 その小さな胸で抱いていたのは「く、苦しい……溺れ死ぬ……」と不吉な寝言を話す青年、薬袋唯斗だった。



「ひゃっ!こんなところで私に何してるんですか⁈」



 アスファルトに直に寝ている唯斗の腹部に渾身のエルボーを食らわせる。



「はうっ」



 なんとも形容しがたい痛みを腹部に抱えながらの起床は最悪のものだった。



「んんーーおはようシャロン。ちなみにここどこだ?」


「ユイト!すみません、先ほどの攻撃は反射的にというか……不可抗力で……」


「起きて早々何言ってるんだよ?」


「だって、血が……こんなにも沢山流れてるじゃありませんか」


「血?ってぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」



 驚きのあまりシャロンを抱きかかえて即座に立ち上がる。


 背中にびっしりと付いた血糊がメリメリと音を立てる。


 唯斗が寝ていたその場所には、とても一人の人間から流れ出たとは思えない量の血の池ができていた。


 はっ、と唯斗は生物狩りインダスとの死闘のことを思い出す。


(あたりはまだ暗い。てことは何時間か寝てたんだろうな)



「あの〜、そろそろ離してもらってもよろしいでしょうか?」


「あ、忘れてた。ごめん」



 ゆっくりと血に汚れてベタベタする腕から少女を地面へと降ろす。


 彼女の白いワンピースが所々赤い斑点模様に染まっているのを見て唯斗は少し申し訳ない気分になる。



「ユイト、本当にすみません。私はそんなに強く攻撃した覚えはないんですが」


「ああ、いやコレあのゴリラインディアンにやられた跡だから」


「え?そうなんですか?よかったあ。てっきり私がやっちゃったのかと思いましたよ」


「安心するとこそこかよ⁈」



 唯斗は先の闘いで酷く損傷した脇腹を恐る恐る突っついてみる。



「あれ?ない……」



 傷が、ではない。痛みがないのだ。


 自分の死闘が夢幻であったのかと錯覚するほどに。


 今の時点で自分が闘ったことを証明してくれるのは先ほど自分が寝ていた血だまりだけなのだ。


 うーん、何が起きているのかさっぱりわからない。



「ユイト、何がないのですか?」



 不思議そうに尋ねてくるシャロン。しかし、自分の記憶すら曖昧な彼女にさらなる不可思議事案を持ち込むのも気がひける。


 結局、唯斗は「何でもない」と首を横に振り、なんとか無事に転がっていたスーパーのビニール袋を拾うと



「まあ、とりあえずオレん家まで行き着こうぜ」



 前に彼女から差し出された右手を今度はこちらから差し出す。


 シャロンは嬉しそうにその手を握ると、ほんのりと顔を赤らめながら唯斗の半歩後ろを歩き始めた。

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異端司教のアスクレピオズ 八冷 拯(やつめすくい) @tsukasa6741

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