1-3 邂逅
断崖の真下の丘に建つ神殿に向かう階段の下では、祭りの中止を嘆く人々でごった返していた。階段の前には張り紙がされ、神官が二人、事情の説明に当たっていた。
「ちっ」
ベイツは舌打ちして人の群れの中から脱出を試みようとした。別に祭礼に興味があるわけではない。ただ、祭礼を中止にした原因というのに興味はあったが。
昨日から今朝にかけて、ベイツは街に流れる噂を片端から聞き込んでいた。ギルドの急激な変化の原因を探るために。祭礼の日だ。遠く離れていた旧来の仲間もやってくる。そう睨んだのだ。
そして、昨夜の酒場。口の重い騎士と、幼なじみらしい吟遊詩人の話を聞くともなしに聞き、二人が宿へ上がる後を追うように、宿に上がりかけたベイツの肩を叩いてその足を止めた者がいた。
「ベイツ、か?」
低いかすれ声に聞き覚えがあった。振り返り、旧来の友人の顔を見留める。
「ラウエル!」
その名を口にしたベイツの口を押さえ、ラウエルは声を低めて言った。
「何か…調べていることがあるらしいな?」
ベイツは目で一緒に来いと伝える。ラウエルは黙って宿の部屋へついて来た。
「で?」
部屋に入るなり振り向きもせずにベイツはラウエルに尋く。ラウエルは少しばかりためらうと扉を後ろ手に閉め、室内にある丸いテーブルセットの椅子にドカリと腰掛けた。
「―――何を探っているのか知らねぇでもねぇが……お前、やめといたほうがいいぞ」
ベイツは片眉だけ上げると、ラウエルの向かいに腰掛ける。
「あれは―――やばすぎる」
ラウエルは脅えたように目玉をキョトキョトとさせながら言う。ヤバい話の一つや二つ今までなかったわけではない。しかし、そんなことを気にしていたら盗賊稼業など勤まらない。ラウエルもそんなことは十分承知だ。しかし―――。
「何を、知ってる?」
ベイツは努めて感情を殺した声で聞いた。ラウエルはテーブルに肘をついて口元を隠すように顔の前で両手を組み合わせると、押し殺したような声で言う。
「―――長が、
ラウエルは、そのおぞましい死体を目の前に突きつけられたかのようにぶるっと体を震わすと、一度ゴクリと唾を飲み込む。ベイツは黙って次の言葉を待った。血抜きのために首を落とされ逆さにつるされた鶏のように、だと?有り得ない。子供の細い首ですらそんな風に斬ることのできる
「―――奴は、魔術師と組んで邪魔者を
ラウエルは長い沈黙の後、さらに圧し殺した声で告げた。そう、告げた。憶測でも直感でもない、警告。
「……他には?知ってることは全部吐いちまった方が身のためだぜ?」
ベイツは面白くもなさそうに言う。そうしか表情がつくれなかった。何故、何の目的でギルドを乗っ取ったのか。それが知りたかった。
「手を、引かねぇ気か?」
気味の悪いものでも見るように、ラウエルはかつての仲間の顔を上目遣いに見る。いくら長が殺されたとはいえ、てめえの命までかけて犯人探しをするほど、この町のギルドとの繋がりは強くない。フィフティの関係が保てなければ町を捨てればいい。お宝とプライドには命を懸けられても、ギルドに懸ける命の持ち合わせはラウエルにはなかった。
「長はな、長である前に友人だった」
どちら側なのか、それともただの傍観者であるのか。ラウエルの立ち位置を探る。長はなぜ殺された?何のために。?
「仇を取るってのか?」
心底驚いたようにラウエルは声を高めた。
「―――気にいらねぇ。それだけだ」
吐き捨てるようなベイツの言葉に、観念したようにラウエルがため息をついた。仲間としての連帯だけでなく、命を懸けられるほどの友人であれば、ベイツの意志をかえることはできないだろう。行き着くところまで行かなければ気が済まないのだ。それぐらいのことはラウエルにも理解できる。たとえあやふやでも情報には違いない。
「俺もよくは知らねぇ。ただ、あの若造、ギルドを使って何か企んでやがる。噂にはいろいろあるがよ、どれも確信が持てねぇ。ただ、長が最後に会ったって男が神殿にいるらしい。名はスターム。そいつが何か聞いてるかも知れねぇ」
もたらされるべくしてもたらされた情報。誘いに乗ってみるか?
「神殿?神官か?神頼みなんざそれこそガラでもねえじゃねぇか」
ベイツは呟きながら首を傾げる。ラナーテの神は慈愛の神だからそれほど犯罪者に対する締め付けも厳しくはないのだが、やはり神官は頭の固い奴のほうが多い。自然、ベイツのような人間とはあまり交友を持たないものである。ベイツたち盗賊側とすれば、神そのものの恩恵は受けようと思ってはいても、所詮当てにならない神頼みなど普段はしないだろう。自分の技術と長年の勘、それに誇りをもっていれば尚更だ。
「相手は魔法使いだからな」
ラウエルは吐き捨てるように言葉を切ると椅子を立ち、扉に手をかけた。
「どうするかはお前の勝手だが、面倒はゴメンだぜ」
ラウエルはいやな顔をつくって見せて部屋を出て行った。
朝になって、神殿でスタームとやらを捕まえて話を聞くつもりで来たのだが、祭礼は中止、神殿への立ち入りは禁じられている。忍び込むことなど造作もないことだが、何か、妨害の臭いを感じる。ベイツは己の運のなさに舌打ちした。
と、人の波を不器用にかき分けながら階段に近づいてくる人物に目が止まった。濃い茶の髪、古ぼけたマント―――あれは、確か昨日同席していた若い兵士…
ひどく切迫した表情をして吟遊詩人を従えてやってくる。だから、つい、ベイツは声をかけてしまっていた。
「おい、どうしたんだ?騎士さんよ」
横合いからかけられた言葉に青年は驚いて立ち止まるとベイツの顔を見留めた。
「―――昨日の―――」
「何か知ってるな?この騒ぎの理由を」
畳み掛けるように尋くベイツの顔を見上げた青年の目に、一瞬、迷いが生じた。
「別に」
口唇を引き結び、ついと目を逸らす。表情を隠すことはできないようだ。
「知らねぇって顔じゃねぇな。この騒ぎのおかげで俺は人に会えずに困ってるんだ。協力しようって気にはならねぇのか?」
青年はベイツの物言いにあからさまに驚いた顔を見せると考え込んでしまった。判断しかねているのだろう。まだ若い、だが、人を疑うことを知らないというほど甘くもない。そうでなければ騎士など勤まらないだろう。ベイツは根気よく青年の返答を待った。
「―――人―――神殿の人間か?」
ようやく青年が口にしたのは、あまりに間の抜けた疑問だった。いや、疑問ではなく確認だ。自分を呼び止め協力しろと迫る正当な理由があるのかを聞いているのだ。
「そうだ。と、言ったら?」
青年は嘆息を吐き、ベイツの顔をじっと見つめた。
「理由は―――これから確認に行くところだから話せない。けど、神殿の人間であれば、会えるように手配することはできるだろう。誰と会いたいんだ?」
「スタームって奴だ」
ベイツの言葉に青年と吟遊詩人は顔を見合わせた。
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