1-4 星に導かれし者

 ベイツと名乗った男を神殿へと誘ったのはファレルの方だった。いくらスタームの名をだして面会を求めたとはいえ、もしかしたらスタームをあやめた張本人かも知れないと言うのに……。

 ラスは嘆息を吐いて何を考えているのか良く分からない相棒の顔を盗み見た。

 階段を昇り切るとすぐに目に入る祭壇の、天球の台座には黒々とした血がこびりついている。ラスはそれに少なからずショックを受けていたのだが、表面上は無関心を装い司祭の部屋へと直行する。そこここから嘆きや啜り泣きの伝わってくる神殿の廊下を進み、最奥の司祭室へと入って行く。司祭室では最高司祭が、事態の収拾に向け忙しげにしてはいたが、三人の姿をみとめると、まるで何ごともなかったかのように三人を司祭室へと招じ入れた。最高司祭は、ベイツの姿を目に留めると一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、子供の頃から知っている変わらぬ笑顔でラスとファレルを抱きしめた。

 ここ、アグラス北西部の街ホワイトヘブンにはラナーテ神殿の総本部がある。その最高司祭オズマンドは、神殿を旅立った二人の養い子に何ともいえない複雑な目を向け椅子にかけるよう促すと、司祭室で働いていた数人の神官に下がるよう告げた。

「祭礼を祝いに来たのですが、とんだことになったようで……」

 口火を切ったのはファレルだった。

「もう、お前たちの耳にも入っているのか」

 司祭は何とも言えない悲しげな表情をして言った。

「天球の台座が汚されたと。神官戦士が一人犠牲になったそうですね」

「もう、そこまで?」

 情報の速さに目を丸くしながらも、騒ぎの先を憂いながら嘆息とともに司祭がつぶやいた。

「恐らく人々の耳にはまだ…私は今朝、ここの人間から直接聞きましたので」

 ファレルは伺うような上目遣いで言う。

「ならば、犠牲になったものが誰であるのかも分かっていよう?」

 司祭は真っ直ぐな目をファレルとラスの二人に向けると言った。

「信じられない事ですが……スタームだと聞きました」

 ベイツが息を呑む気配がする。当然だろう探していた人物がすでに故人となっているなら、彼の目的はここで費えたことになる。ラスは知らず嘆息を吐いて俯いた。

「……確かに、犠牲となったのはスタームだ。首は台座で、胴は宝物殿で発見された。―――会うかね?」

 司祭の申し出にファレルが頷く。真実を知るにはまず、事実を確認しなくては。無言のままでいるラスとベイツも同意したものと信じたのだろう。直ぐに司祭は三人を伴いスタームの棺の納められた霊廟へと向かった。

 別棟になっている霊廟には神官衣のまま棺に納められたスタームの亡骸一つのみが中央に置かれていた。

 鋭利な刃物ですっぱりと両断されたようなスタームの首の傷に手を触れる。剣ではこうも綺麗になぎきることはできない。以前こういう切り口をラスは見たことがあった。

「…………っ!」

 怒りで目の前が赤くなるのを感じる。

 ―――何の為にスタームを殺したんだ! スタームを殺す必要があったのか?ただ目的を妨げるものを排除するためだというならば、他に方法はなかったのか?目的を果たすためであれば、たとえそれが何であっても排除するというのか……?

 拳を握りしめ、叫びと怒りを腹の中に納める。努めて冷静に振る舞わねば……まだ自分には果たさねばならない責務があるのだから。

「―――スタームは、護っていたのですか?」

 ラスの言葉にファレルが、えっ、と小さく呟いた。

「…………」

 司祭は黙したままじっとラスを見つめる。

「スタームが護っていたのは、天球なのではないですか?」

 震える拳に怒りを秘めたままゆっくりと振り向くとじっと司祭を見つめ、静かに尋く。引き結ばれた口唇が、自制の強さを物語っていた。ラスを見つめる司祭が、僅かに頷いた。

「ち、ちょっと待て。じゃ、何か?天球を盗み出すだけのために、スタームとか言う奴は殺されたってのか?」

 それまで彼らの一歩後ろに立ち、黙ってやり取りを眺めていたベイツがここで始めて口を挟んだ。

 そのベイツの言葉に司祭がはじめて気付いたかのように顔を彼に向け、ラスはベイツの存在を失念していたことに気付き苦い顔になった。

「―――そう言えば、あんた……スタームと会ってどうするつもりだったんだ?何か約束でも?」

 馬鹿な質問だ。この一癖も二癖もありそうな男がまともに答えることなどないことは見れば判るではないか。ラスは己の迂闊さを呪った。が、

「約束なんかない。調べてることがあってスタームとか言う奴に話を聞くためにきたんだが、こいつぁ……」

「少々…きな臭い物を感じる、と?」

 ベイツの後を受けたのはスタームの亡骸を丹念に検分していたファレルだった。

「……どういう事だ?」

 眉を寄せ、振り向いたラスに、ファレルはあくまでも冷静に、ラスを見つめながら聞いた。

「―――ほんとうに、判らないのかい?」

 穏やかだが、強い瞳を真っ正面から向けられラスは少したじろぎながら、しかし、まだ迷っていた。

「―――俺は……俺は……」

 司祭もファレルもベイツすら、自分の言葉を待っている。そうだ。告げられるべき真実が自分のうちにはある。だが、それは……

「……時が、至りました」

 静寂を破ったのは細い声だった。

 えっ、と言うようにファレルが顔を上げ、霊廟の入り口を向く。

 靴音が霊廟に響いた。

 月明りの中、進み出たのは旅姿の少女。

「我々は知るべきを知り、目指すべきを目指さねばなりません」

 少女は霊廟の中央に進み出ながら、静かに告げる。何も彼も見通すような瞳をじっとラスに向けたまま。

「すべては、星の導きのまま」


 人気のない薄汚れた裏路地で男はつと立ち止まり、振り返る。今し方出て来た安宿の一室の窓を見上げ、微かに笑みを浮かべる。頭からすっぽりと被った黒いローブがふぁさりと後ろへ落ち、影から銀の髪が零れる。と、烏が一羽、鋭い羽音を立てて男の肩に止まった。男は愛しげにそれを見るとその艶やかな黒い羽を撫でる。烏が喉を鳴らし、何事かを男に告げる。男はその声にゆっくりと目を細めた。

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祭典 砂塔悠希 @ys98

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