第65話 そして伝説へ……

 それは、いつもの何気ない雑談のはずだった。

 いつものように仕事を終えたジョー、ゼルーグ、グスタフがつるんで武芸なんかの話で盛り上がり、そこへおれが酒やつまみをもっていって少しだけ会話に交じる……

 そんな日常の光景に、またまた局地的暴風雨のようなクレアがとんでもない発言をぶち込んだ。

「オリハルコンの武具? あるわよ?」

「なにいっ!?」

「ほしいの?」

「いや、そもそもおれの剣の話でだな……」

「ああ、リインフォースの話ね。確かにアダマンタイトはちょっと無理っぽいけど、オリハルコンならなんとかなると思うわよ?」

「本当か!?」

「ええ。それに確か……あそこには原石ごといくつか保管してあったはずだし……」

「待てクレア、それはこんなところでおいそれと口にしていい内容か?」

 グスタフはクレアの正体を知らないし、従業員たちもいる。

 察したクレアは「そうね」といっておれとゼルーグだけを隅に呼んで声を落とした。

「ようするに、昔の戦利品。今話に出てたヴラディウスってやつ、確か魔族と人間のハーフだったと思うけど、わりと強かったから少しは記憶に残ってるわ。もちろんあなたのほうがずっと強いけどねっ」

「あ、ある……のか……?」

 ゼルーグはすっかり息が荒くなっている。

「ヴラディウスのデュランダルが……あるのか……!?」

「名前までは知らないけど、確かにあいつオリハルコンの武具を使ってたわよ」

「マジかああァ――ッ!?」

 ついに沸騰しやがった……

 まあ、気持ちはわかるさ。こいつは昔からこういったおとぎ話や冒険譚が大好きで、そういう生き方に憧れてたからおれが国を出たときにも冒険をするよう勧めたぐらいだしな。

 まさか、その伝説が伝説じゃなかったとは……

「あのころはキラキラした物を集めるのにハマってたから、いい装備は全部剥いで宝物庫に保管してたのよね。ミスリルとか、宝石とか」

「よし、行こう。すぐ行こう!」

「落ち着け。それで、場所はどこなんだ?」

「ワリヤーギの私のお城よ」

 ワリヤーギ……

 というと、今でいう……

「どこでもいい、すぐに行かせてくれ! 伝説がおれを待っている!」

「とにかく落ち着け。おまえ、ワリヤーギが今でいうどこか思い出してみろ」

「え? ええっと……」

 ふう、とりあえず大人しくはなってくれたようだ。

「あ……」

 そして思い出してくれたようだ。そこがどういう土地か。

「オランヴェルバか……」

「今はそういう名前なの?」

「ああ、昔から民族紛争やら人種問題やらで絶えず争ってる国でな……」

「ふうん」

「いまだにアンデッドもうようよいるって話だったよな……」

「そんなところに乗り込むのは危険というより面倒だし、そもそも城も多分残ってないぞ。四〇〇年くらい前の話だろ」

「ああ、それなら大丈夫よ、ちゃんと門番置いてるから」

 ま、まさか……

「それは……」

「もちろん眷属ロウアーよ。下等スレイブ軍団のオマケつきで」

 おれたちは天を仰いだ。

 やっぱりオランヴェルバのアンデッドはコイツが原因だったか……

「その眷属は強いのか?」

 ゼルーグの顔がいつの間にか戦士のものになりつつあった。

「う~ん……当時はあなたより少し弱いくらいだったと思うけど、順調に育ってるなら一対一じゃ勝てないでしょうね」

「眷属の倒し方は、心臓を潰す、でいいんだよな?」

「ええ、頭じゃ足止め程度にしかならないから、確実に殺すなら全身に血を送る心臓を潰さいないとダメよ」

 こいつなんか、頭を半分吹っ飛ばしたのに足止めにもならなかったな……

「でも気をつけなさいね。中途半端に傷つけちゃうと生存本能が暴走してとんでもない力を発揮することがあるから」

 煽るなよ!

「決まりだ」

 決めてしまった……!

「ジョー、オランヴェルバへ行くぞ! グスタフもくるか!?」

「おうよ!」

「これを断っちゃ男が廃るってもんだぜ!」

「おや、なにやら盛り上がっていますね」

 こんなタイミングでリエルまできやがった……!

「リエル、おまえもこい!」

「はい?」

 ヒューレだけはなんとしても確保しなければ……



 決まると、あっという間だった。

 その日のうちに計画を立て、翌日一日でさしあたり必要になりそうな物を各自で揃え、その翌朝には出発ということになってしまった。

 なんとかリエルを残せないかと説得したんだが、ゼルーグとグスタフに挟まれてロマンやら男心やらを散々にくすぐられては、やはり分が悪い。今でこそ落ち着いてるが、あいつはもともと熱くなりやすい性分だしなあ。

 そして案の定ヒューレも行きたがったが、こいつにまで抜けられるとこっちでなにかあったときに困るということで、全力の引き留めが功を奏した。

「男ばかりずるい……」

 なんてボヤいていたが、そういう問題じゃないぞ。

「ほんじゃま、行ってくらあ!」

 と、かる~い調子で四人は旅立っていった。

 ちなみに足は馬だ。

 クレアは地下で氷漬けにしてあるヴァンパイアホースを使えばいいといったが、使えるわけがない。ヴァンパイアやらアンデッドやらを目の敵にしているオランヴェルバで正体が露見したらあいつらが危険だ。

 だから乗合馬車の営業範囲内では町の馬を借りて、その先は貸し馬を乗り継ぐか適当なところで馬を買うかして進むらしい。

 順調に進んだとしても、ここから遥か北東のオランヴェルバまでは三週間ほどかかるだろう。

 帰り道で倍、さらに現地での滞在期間を考えると、どんなに短くても二ヶ月近くは帰ってこれない。

 戦力ダウンが甚だしい……

 サマルーンの内戦も控えていて人口もトラブルも増加する見込みなのに、戦力の上位者が四人も抜けたことになるからな……

 衛兵の訓練は翁が引き受けてくれたようだが、おれはしばらく休む暇がなさそうだぞ……

「さっ、ダーリン、今日も頑張りましょうっ!」

 おれの悩みなどつゆ知らず、いつもどおりのんきな面でクレアが抱きついてきた。

「……しばらくイクティノーラに手伝ってもらうか」

「イヤよ! あんな女の手なんか借りなくても大丈夫よ! それになんでかヒューちゃんが懐いてるし、イヤよイヤよーっ!」

 おれは駄々をこねるクレアを引きずりながら厨房へ向かう。


 少しの間寂しくなるが、今日もしっかり働きますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ここは血塗れ乙女亭! 景丸義一 @kagemaru_giichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ