第64話 流鉄之丞の憂鬱

「どうよ、師匠!」

 ゼルーグとの決闘以降、世話になっているニークヴィル工房での今日の仕事を終え、あれこれ考えながら砥石を片付けているとラウルの小僧が自慢げに作品を見せつけてきた。課題として作らせていた短刀だ。

「包丁代わりにゃ使えるかもしれんが、重ねが歪んでるせいで重心もぶれぶれだな。研ぎも雑だ」

 基礎はしっかり習得しているから全体的にそれなりのことはできるが、言い換えればどれも詰めが甘いといわざるを得ん。もっとも、そこは経験がものをいう領域だから、若いこいつにはまだまだ時間が必要だ。

「刃文! 刃文は!?」

「おまえなあ、刃文なんてのは所詮ただの飾りなんだぞ」

 おれがここの商品に刃文を入れるようになってから売り上げが伸びたというのは、なかなかに複雑な心境だ。

「だってこいつはすげえ上手くいった気がするんだよっ!」

「まあ、確かによくできてるが……」

 本来規則的なの目にランダムな跳ねを入れてあえて不均一な模様になってやがる。見栄えだけなら合格点をやらんでもない。

「ィよっしゃ!」

「そんなことを喜ぶ前に、もっと火をよく見ろ。温度管理の甘い刀はすぐに折れるぞ、こんな風にな」

 机の角に峰を軽く叩きつけると、いとも簡単に真っ二つだ。

「あああっ、自信作があぁ……!」

「こんなモンを自信作だなどど呼んでいたら一生見習いのままだぞ」

「くっそぉ~~っ!」

 あいつはどうも欲が強すぎるな。まあ、そこが気に入ったんだが……

 肩を落として奥に消えてゆく小僧を見送り片づけを再開すると、今度はユギラがやってきた。

「親方ァ、研ぎはできてるかい?」

「おうよ、今朝方終わったぜ、もってきな。かなりの業物だったんで苦労したぜ」

 ユギラが依頼していたのは愛用の長柄斧バルディッシュ。どこぞに籠っての修行中ならおれもやつも自分でやるが、町にいるならやはり餅は餅屋、研ぎは研屋だ。

 もっとも、海陽とは違ってこのへんじゃあ鍛冶師がそのまま研ぎもやるんで研屋なんてのはないんだがな。

「ついにラビリンスか?」

「いやあ、それがちょいと予定が狂っちまってさ。ホラ、探求の追い風隊っているだろ?」

「ああ、あのインテリ集団か」

「ピリムの件が片付いたらやつらのパーティーにまぜてもらおうと思ってたんだけどね、どうも行き違いになっちまってさあ」

「そういや最近見ねえと思ってたらまた潜ってたのか」

 意外なことに、ユギラはモンスターの生態だの古代の歴史だのに興味をもっている。おれと翁の問答には興味ないくせに、変わったやつだ。

「一人で行くのはさすがに寂しいし、かといって他にパッとする連中もいなくてねえ」

 戦闘力の点でもユギラと組めそうなのは確かにあの連中ぐらいだな。ゴールドレッド団も気を吐いちゃあいるが……

 そういやあいつらも最近見かけねえな。行ったのか?

「ってこたあ、やつらが戻ってくるまでお預けかい」

「それも暇だしねえ。今サマルーンがいい感じにこじれてるっぽいし、あいつらが帰ってくる前に内戦が始まりそうなら先にそっちで肩慣らししとくのもいいかなって思ってるところさ。ジョー、どうせあんたも行く気なんだろ?」

「ん? ああ……」

「なんだい、珍しく乗り気じゃないね」

「どうもまだ時間がかかりそうだと聞いたんでな」

「マジかっ」

「あんたら、そこは喜んでくれよ……」

 などと他愛のない世間話が続き、片づけを終えたおれは少々の悩みを抱えたまま血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンに戻るのだった。



 おれには最近、いくつかの悩みがある。

 ひとつひとつはどれもたいしたことはないんだが、いくつも重なるとちょいとばかし煩わしくもなってくるってもんだ。

 ひとつには満足のいく実戦がないこと。

 日々の訓練は翁やユギラ、そしてゼルーグら血塗れ乙女亭の連中がいるから困っちゃいないが、訓練と実戦はやはり違うからな。

 ふたつ目は、さっき話にも出たサマルーンの内戦だ。本来なら喜び勇んで乗り込むところなんだが、なにやら一旦落ち着きつつあるようで、始まるにしてももう少し先になりそうな気配だ。つまらん。

 みっつ目は、剣だ。

 ゼルーグに折られた剣はすぐに新調できた。あれ以来、ラウルの小僧との約束を果たすべくニークヴィル工房に雇ってもらって職人たちに東方の技術を伝授するとともに、刀を作るのに必要な材料なんかも仕入れてもらったんで刀鍛冶としてはなかなかに贅沢な環境だ。

 しかし、おれの当初の目的であるアダマンタイトは、いまだ手つかず。

 親方と本を読んで調べたものの、どうあがいても魔術なしではおれの望む剣は作れそうにないことが判明した。

 これに関しては残念ながら翁でさえどうしようもない。あの人は気術と霊術なら人類最強だろうが、魔術に関しては並だからな。

 よって、店長に相談した。

 すると、物質に複雑な効力を付与する補強魔法リインフォース・マジックはかなりの専門知識がいるそうで、やつはその方面は学んでいないという。肉体に効果を及ぼす強化魔法エンハンス・マジックは得意だそうだがあいにくそっちは必要ない。

 ならばとクレアに訊いてみた。

 しかし結果は同じ。

 そもそもクレアには魔法の知識なんぞなかった。知識もなくただ膨大な魔力によって力任せにリインフォースを行うと下手すりゃ素材が消し飛ぶといわれれば、諦めるしかない。ようするにあいつは才能と感覚だけで千年以上進化を続けている翁と互角に渡り合ったわけだ。恐れ入るぜ。

 そんなわけで、どれも煮え切らない状況ってのが、夏の汗と同じくべっとり心に貼りついておれを不愉快にさせているわけだ。


「よう、やってるな」

 食事にはまだだいぶ早い時間、ちょうど昼食と夕食の間の店が最も暇な時間に一人で飲んでいると、弟子たちの訓練から帰ってきたゼルーグが正面に座った。そしてその隣にはグスタフ。

 このグスタフという男、おれたちが町を出ている間にリエルと意気投合した冒険者らしいが、どうやら永住を考えているようでゼルーグに誘われ一緒に衛兵の師範をやっている。腕はまあまあだ。

「昨日はヒューレが世話になったな。今度はまたおれとやろうぜ」

「ああ」

「どうした、浮かねえ面して?」

「せめてさっさと内戦が始まるか、いい補強魔術師リインフォーサーなり錬金魔術師アルケミストなりが見つからねえもんかと思ってな……」

「おいおい……」

 と異を唱えたのはすっかり衛兵気分でいるグスタフのほうだった。

「こっちに難民が流れ込んできて面倒になるだけだぜ?」

「気持ちはわかるけどな、どこにでも強いやつはいるもんだし」

「おまえも行きたいなんて言い出すなよ?」

 うしろから店長が参加してきた。

「ほら、ご所望のキュウリとナスの漬物だ」

「やっぱり酒にはこれだな」

「それ、そんなに美味いか……?」

 ゼルーグとグスタフには不評だが、構わんさ。漬物は海陽人のソウルフードだ。

「内戦はともかく、いいリインフォーサーなら待ってれば向こうから現れると思うぞ」

「おれはあまり気が長いほうじゃないんでな」

 店長たちは揃って苦笑した。

「まあしかし、アダマンタイトじゃなくオリハルコンだったらまだよかったかもしれないな」

「なんでだよ? オリハルコンのほうが扱いが難しいんだろ?」

「普通はそうなんだが、クレアほどの魔力があればむしろオリハルコンのほうが楽なんだよ。なんせあれは力ずくでいうことを聞かせないと魔力が定着しないからな」

 ほう、そうなのか……

「どっちにしろ、まずは専用の鍛冶場がなけりゃ加工できないけどな」

 それも問題なんだよな……

「オリハルコンかあ……」

 ゼルーグが急に浮ついた声を出して遠くを見た。

 と思ったら、

「男としては憧れるよなあ」

 グスタフが乗った。

「勇者ゼルーグ・スレイヤードの愛剣エリシオン!」

「悲劇の英雄バルトゥーク・ヴラディウスの愛剣デュランダル!」

「ロマンだぜぇ~……」

 どっちもおれにはさっぱりわからんが、海陽人が海皇のもつ烈鋼に憧れるようなもんか?

「そんなのはおとぎ話だろ。実在したとしてもオリハルコンの武具をもってたかどうかは……」

「オリハルコンの武具?」

 と、今度は菓子を抱えたクレアが厨房からやってきた。

「あるわよ?」

「なにいっ!?」

 おれたちは揃って間抜け面をかました。

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