6◆異世界パンプキン4

「さて、コイツはどうするかな」

 アカツノは手元に残ったカボチャの処置を考えている。

 やはり料理人としては、食材を無駄にはしたくないのだろうか。


「火と包丁なら貸せますよ?」


 提案したのは、焼きそばを焼いていた黒服の青年だ。

 アカツノは俺から通訳を聞くと、鉄板と調味料を借り、この場でカボチャを調理することを決めた。


 彼女は己の荷物から自分の包丁を取り出すと、カボチャの解体シタごしらえに入る。

 その間に、俺は強い酒を入手してくるよう命じられた。


 青年から近くの酒屋の場所を聞くとそれを買いにいく。

 帰ってくると、屋台の周りに何故か人だかりが出来ていた。

 どんな状況だったのか、カボチャの解体には人目を引くようななにかがあったらしい。


 邪魔だったのか、帽子を脱いだせいで赤髪の隙間から角が見えているのだが、誰も騒いだりはしていない。


――神社の境内で鬼が料理を振る舞うか……。


 その前に殺生もしてたよなと思いつつ、ここの神様が寛大であることを祈る。

 

 大勢のギャラリーに囲まれていてもアカツノに恐れるところはない。

 そもそも闘技場でも注目を集めながら、巨大亀の調理とかしてたか。


 青年の方はちゃっかりと、出来たての焼きそばを見物人たちに売り込んでいる。


「買ってきたぞ」

「おう来たか」


 アカツノは、俺から酒を受け取るとソレを口に含む。

 ソレを火炎として吐き出すと鉄板の熱を上乗せした。

 煙を上げる鉄板の熱量を素手で確かめると油を引き、切り分けの済んだ具材を投入する。


 具材は、ひと口大に切り分けられた採れたてのカボチャと、焼きそばから流用されたタマネギだ。

 それをヘラで混ぜ合わせながら、火を通していくと次第に香ばしい香りがあたりに漂う。


 味見をしながら、調味料を加えていくが……普段と環境がちがうせいか納得いくできばえにはならなかったらしい。


「もうちょっとこう……やっぱりコイツは熟成させてからじゃないと……」


 アカツノは眉根を寄せ、味付けを決めかねている。

 それに黒服の青年は、近くにおいてあった木製の旅行鞄から小さな円筒状のもの取り出して渡す。


 アカツノは味を確認すると、粉雪のような白っぽいものを料理にかける。

 それでようやく納得できたのか、焼きたてのソレを容器に移すと、「ほらよ」と俺へと差し出した。


 腹は膨れたままだが、時間が経過した分、いくらかマシになっている。

 なにより、なにかを挑むような彼女の視線が俺から『食べない』という選択肢を奪っていた。


 俺は「いただきます」と手を合わせてから、それへと箸を伸ばす。


 メインであるカボチャを口に運ぶと、想定していない美味しさが広がった。


 塩と微量の醤油で味付けられたそれは、カボチャの風味を漂わせながらも、何故か肉っぽい味がする。

 想像した味とちがうことで違和感はあったが、それ以上に素材の旨味が口中に広がっている。


 カボチャ風味の肉(?)と、火を通して甘みの出たタマネギの相性も抜群だ。


 さらに最後に振りかけたものは、粉チーズだったらしい。

 それを加えることで、カボチャもどきに、さらなるコクと旨味を与えている。


「美味い」


 そのひと言で、アカツノの顔に潜んでいた険は晴れ、「当然だ」と笑顔がもどる。


 慣れない環境での調理に、彼女も緊張していたのだろう。

 普段よりも笑顔が素直だ。


 俺が残りのカボチャ焼き(?)を食べていると、他のギャラリーたちが自分たちも食べたいと言いはじめた。


 一度に大量の調理を行うアカツノだけに、まだ焼き上がったカボチャは大量にある。彼女はそれを「かまわないぞ」と振る舞うことにした。


 それを商売にするつもりはなかったのだが……黒服の青年が列を整えると、ちゃっかりと焼きそばとおなじ料金で販売しだす。


 場所もタマネギも青年の提供なのだから、妥当といえば妥当か。

 アカツノに異存はないようなので、俺も黙認することとした。


――このくらい、したたかにならなければいけないんだろうな。


 飄々とした青年の様子を見ていると、不意に午前中の交渉で負けたことを思い出す。

 俺は自らの知っている手順、信じている方法で交渉に臨んだ。


 そこに間違いがないのはわかっているが、想定以上の成果というのは現れるわけがない。

 相手とて、こちらの手筋を予想しているのだから、あらかじめ自分が有利になるよう交渉内容を考えていただろう。


 それを思えば敗北も必然に思えた。


 そういえば、『灼熱の王座』に行くときは、いつもアカツノに任せていきあたりばったりの料理を頼んでいたな。

 それで、いつも想像以上のものを食べさせてもらっていたんだ。


 フラットな視線で資料を読み返し、もう一度交渉できないか考えてみよう。

 担当者に似たカボチャを食べたせいか、俺は少しだけ気を大きくしていた。

 

 

 

 俺が思慮に耽っていると、残りのカボチャの調理を終えたアカツノが戻ってくる。

 まだ手元に残ったカボチャを見つけると、指先でつまんで俺の口へと押し込む。


「おい」

「俺が一番だよな?」

 反論を許さぬ声で聞いてくる。


「なにがだ?」

 アカツノからの質問に、その意図を確認する。

 すると、アカツノはカボチャをつまんだ手で俺の頬をつねりあげると、質問を繰り返す。


「俺が一番だよな?」

 この状況で、なんの順位を聞くというのか……料理しかないな。


 そうか、彼女は今日散々食べ歩いたものに自分が負けていないと言いたいのか。


「ああ、おまえが一番だ」

「王様の料理よりもか」


「ああ、一番上手かったよ」

 俺の言葉に嘘がないと確信すると、急に相好を崩して上機嫌になる。


 そして俺に背を向けると、「まぁ、見りゃわかるんだけどな」と、焼きカボチャの販売のフォローへと回る。

 見てわかるのなら、確認なぞ必要なかったろうに……というのは、口にしてはいけないのだろうな。

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■異世界グルメは笑顔の素材 HiroSAMA @HiroEX

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