6◆異世界パンプキン3

 昼食を終えた俺たちは、これといった予定も組まないまま街を散策し始めた。


 俺の役目はガイド兼通訳で、アカツノの目にとまったものを説明したり、購入したものの支払いを代理でしたりしている。

 もっとも、日頃出歩くことの少ない俺に、観光地を案内する能力などなく、もっぱらスマホで調べた情報を要約して読み上げるばかりだ。


 それでも彼女は上機嫌である。

 日本人が見ても目を見張るような建築物や、数えきれぬほどの本が並んだ書店。驚くほど精緻に作られた人形など、日頃から目にしている人間にはあたりまえな物でも、異世界人には興味深いことこの上ないだろう。

 

「おっ、タコヤキがあるぞ」

 屋台のたこ焼きをみつけると、興味深そうに近寄り、注文している。


 言葉は通じていないのだが、身振りジェスチャーと雰囲気でなんとか通じているようだ。


 売る側も、外国人観光客が増えたことで、接客スキルを磨いているらしい。軽易な日本語と英語混じりで話しかけている。


 俺は代金と引き替えに受け取ったたこ焼きに礼を言う。

 するとアカツノも「アリガトウ」と真似て礼を伝えた。


 こう言ってはなんだが、店で傲慢に振る舞いアカツノとはだいぶイメージがちがう。

 普段よりも屈託のない笑顔が多く、観光を楽しむ女子高生のようだ。


「美味いぞ、おまえも食え」


 串に刺されたたこ焼きが口元に運ばれる。

 俺は周囲の視線を気にしながらも、無邪気な申し出に応えることにした。


「美味いな」

 普段は出店の食い物は好まない俺だが、どうしてか今日は美味く思えた。

 別段生地が特別でも、タコが大きいという訳でもないのに。

 そうは見えなかったが、隠れた名店というヤツだったのだろうか?


「でも、ウチのシロミミのほうが美味いな」

「そうだな」


 猫耳を生やした白髪の少女の姿を思い出しつつも同意する。


 彼女はたこ焼きの専門家として、店内でも人気を博しつつあるそうだ。

 ただ、無尽蔵に思えた食材も、終わりが見え始めたということで、今後の仕入れをどうするか悩んでいるとのことだ。

 ナガミミもたこ焼きのファンとなっているが、自分たちで食材を調達にいくのは二の足を踏んでいるらしい。


 そういえば、大きくなりすぎた食材は、味が悪くなることが多いが、あのタコはちがったな。


 食っているものの影響だろうか?

 人魚の村を襲っていた巨大ダコがなにを食べていたか……深く考えることはやめよう。


「でも、この白いのは気に入らない」

「マヨネーズか」


 普段口にしないわずかな酸味が気になるらしい。


 味覚は経験値によるものが大きいから、未経験では即座に受け入れられないものがあるのも無理はない。

 とくに酸味は腐敗と連動するケースもあるので、初見で眉をひそめられるのもわからなくはない。


 それを警戒して、最初からマヨネーズは半分だけにしてある。かかっている側は俺が引き受けることにした。

 

   †

 

 観光を兼ねた散策は、いつのまにか出店での食べ歩きへと変わっていた。


 なんの祭りなのか、神社の境内に並んだ出店を見つけ、それを楽しんでいる。

 角の生えたアカツノツレ神社そこに入るのは、何か問題がおきるのではないかと心配したが……杞憂だったらしく、別段変わった様子はない。


 まだ平日の昼間だけあって、あたりの客足は少なかった。

 店の様子を見ながら説明し、ひとつずつ制覇していく。


 甘い香りをさせていたベビーカステラを食べ、薄手の生地を折りたたんだクレープ食べ、分厚く焼かれた濃厚ソースのお好み焼きを食べ、皮を香ばしく焼き上げた餡子のたっぷりの鯛焼きを食べ、雲のようにフワフワでファニーカラーな綿飴を食べ、巨大な肉塊から切り落とされたケバブを食べ、カラフルな彩りのかき氷を食べ、金魚すくいの金魚は食用でないと注意する。


 格調高いフランス料理が悪かったわけではないだろうが、彼女には気軽に飲み食いできる出店のほうが楽しそうである。

 高級店と出店をおなじ尺度で測るのは野暮な話ではあるが。


 それよりも問題なのは、料理を注文する度に、俺も味見に付き合わされることだ。


 すでに膨れた腹は限界を迎えている。

 この何時間かで、一年分の間食を済ませたんじゃないだろうか。


 彼女ひとりで食べても良いハズなのだが……女という生き物は、種族に関係なく他者になにかを食べさせようとするものらしい。


 満腹であることを伝えても「ひと口くらいいけるだろ」と勧めててくる。

 俺もひと口くらいならと、試したあげくの結果だ。


 アカツノは俺の惰弱さを笑う。

 彼女の腹は一ミリたりとも膨らんでいるようには見えない。内臓の構造がちがうのか、あるいは強靭な腹筋でしめつけているのだろうか。


「次はアレだ。これもソースだな」

 鼻をヒクヒクさせると、鉄板で焼きそばを炒めている屋台へと駆け寄っていく。


 普通に見かけるものとはちがって、具材にキャベツではなくタマネギが使われている。

 アカツノは「丸ネギにこんな使い方があるんだな」と感心していたが、焼きそばにタマネギを入れるのは少数派であろう。


 焼いているのは、中性的な顔立ちの青年だ。


 身体の線も細いが、着ているものは黒の男性物のスーツ。

 男装という線もなくはなさそうだが、わざわざ出店でそんなことをする人間はいないだろう。


 いや、そもそもとして、喪服のような真っ黒なスーツを着ている時点で異端なことこの上ないのだが……周囲はそれに目を背けたかのように視線を向けていない。


 ちょうどこれから次の分を作り始めるところらしく、黒服の青年は、アカツノにすぐ出せる出来合いのものと、これから調理するものを待つかと確認する。


 アカツノが「出来立てが良い」と答えると、「わかりました」と鉄板に油を引きながら、おざなりに話しかける。


「お客さん、観光ですか?」

「もっと油は大量に使え」


「今日はちょっと曇ってますけど、あまり寒くないのはいいですね」

「手の動きに気合いをいれろ」


 言葉が通じ合っていないせいで、会話が噛み合っていないのだが本人たちは好き好きに言葉を放ち、気にした様子はない。

 青年はマイペースに、アカツノは熱く指示を飛ばしている。


 そんな様子をながめていると、俺の目が神社の風景に似合わぬものを捕らえた。


 民族衣装じみた服を着た子どもなのだが……頭にはカボチャをくり抜いて作ったかぶり物をしている。

 尻からトカゲのような尾が伸びているが、ジャック・オー・ランタンだ。


 ハロウィンが近いとはいえなぜ神社に?


 ジャック・オー・ランタンは店主の死角に入り込むと、店頭に並べられた焼きそばへとこっそり手を伸ばす。

 そして、パック詰めされたソレを獲ると、身を翻して駆けだした。


「あっ、こら!」

 子どもとはいえ、目の前の窃盗を看過することはできない。


 俺は手を伸ばし捕まえようとするが、トタトタと走るカボチャは素早く、アッという間に距離が開く。


 俺の声で、青年とアカツノも盗人の存在に気づく。


 とっさに動いたのはアカツノだった。

 被害者であるハズの青年のほうはすでにあきらめたのか、慌てた様子もない。


 アカツノはあっさりと俺を追い越し、下手人の尾をつかむ。

 そして、そのまま逆さに持ち上げると、「ようやく一匹か」と、その首をスポンと引きちぎるのだった。


「…………へ?」


 陽気な音からして、かぶり物を脱がせたのかと思ったが……ちがった。

 カボチャ頭の首から上(下?)は綺麗さっぱりなくなっている。

 血は流れていないが、残されたトカゲのような手足は焼きそばを落とし、バタバタと動いていたが、しばらくするとそれもとまった。


「なんだ、いまのは?」

「まぁ、忙しい時期ですし、そういうこともありますよ」


 手つき同様、青年がマイペースに答える。

 そこに驚いた様子はないのだが……ひょっとして彼も、異世界あちらの関係者なのだろうか?


 アカツノといい『しれねった』の女店主といい、日本人の知らぬところで、異世界からの来訪者は増えているようだ。

 当のアカツノは、手元に残ったカボチャの検分を行っていた。

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