6◆異世界パンプキン2

「なんだここ?」


 水はけが良いように作られた小部屋に入ると、アカツノは不思議そうにあたりを見渡した。


 ボタンひとつで開閉できるドアを閉めると、外の喧騒が遠のく。

 異性に密室に連れ込まれたことを気にしたのか、いささか表情に緊張が見えた。


――そんなわけないか。


 相手は凶暴なモンスターですら食材と見るような豪傑だ。俺ごときがどうこうできる相手じゃない。

 それは彼女の方がよくわかっているだろう。


「トイレだよ」

 彼女の疑問に簡素に答える。


 正確には多目的トイレだ。

 車椅子や介護者まで入れるこのトイレは二人で入っても十分な広さを保っている。


「…………は?」


 用途不明な道具が置かれた小綺麗なスペースが、用を足すために用意されたとは理解できなかったのだろう。

 一瞬、ほおけた顔をさらす。


 だが、便器を指さし、そこで排泄をし、水で流すことを説明すると、一応の理解は示された。


「別に尿意ようはないぞ」

「いまはなくても、そのうちできるだろう?

 だから、先に使い方を教えておこうと思ってな」


「俺は赤ん坊ガキか」

「いや、そっちとちがって、この国のトイレは特殊なんだ。

 知らないと苦労することになるぞ」


 同性ならともかく男である俺が、女性用のトイレに入って使い方を教える訳にもいかない。

 男女共用のところでも、ふたりで入れるようなところは希であろう。故に駅の多目的トイレを利用させてもらったのだ。


「あとそのへんで適当にすませると犯罪だからな」

「本当か?」


「本当だ」

 軽犯罪法違反である。


 見つからなきゃ良いって話でもあるが、自分のツレにそんなマネはさせたくない。


「なんか、いろいろとメンドクセーんだな」

「その分、清潔に保てるんだから我慢してくれ」

 そう言って、ウォシュレットの使い方を教える。


 文字を読めない相手に、マークだけで操作を覚えさせるのは面倒だ。

 しかも、これが完全共通かと言えばそうでもなく、長年親しんだ俺でもメーカーによっては操作を迷うことも珍しくない。


 最悪、水だけ流せれば事足りるのだが、それだってレバー式のやらボタン式、センサー式やらとレパートリーがあり、ついている箇所もまちまちだ。

 ここで教えて、それで準備万端とは言い難い。


 ボタンを押すという風習自体がないせいだろう。

 アカツノは説明を聞いても、眉をひそめて細かいボタンたちをにらんでいる。


 本人に試してもらいながら教えれば、少しはわかりやすくなるのだが……女性相手に迂闊なことは言えない。


 良い方法はないかと悩んでいると、不意に「あっ」という声が聞こえた。

 見れば、便座に腰掛けた彼女が、適当な操作をしたらしい。当然下着もスカートもそのままだ。

 結果、彼女は腰布を水に濡らしながらも、トイレの使い方を覚えたのであった。

 

   †

 

 濡れた服をなんとかするため、俺たちはブティックを訪れた。

 とは言っても、俺に女性の服の見立てなどできるわけがない。

 さっさと、店員を呼びつけると、彼女に似合う物を見繕ってもらう。


 何着かの服とともに個室に入ると着替えをはじめる。

 慣れぬ衣装に、悪戦苦闘しているようだが、俺に手伝えることなどありはしない。


 やがて個室から出てきた彼女は、ファッション雑誌にでも出てきそうなスタイリッシュな女性に変身していた。

 異世界服から着替えたことで、悪目立ちはしなくなるだろうが、タイトなスカートの裾から伸びた足は別の意味で目立つ。


 そんなことを懸念しつつも、帽子を渡して頭の角を隠すように言う。


「きつくはないか?」

「先に言うことがあるだろ?」


 隠した角とは別の角が見え隠れするが、半分は演技のようだ。

 つまり半分本気であり、答えを間違えると容赦なく刺される。


 相手の意図を察した俺は、早速望まれた言葉を献上した。


「いつもの服も良いけれど、こっちの世界の服も似合うな。綺麗だぞ」


 店員もこれほどスタイルの良い客を担当すれば、相当気合いを入れたんじゃないだろうか。


「おっ、おう、ありがとな」


 まるで意外な言葉を聞かされたと言わんがばかりの反応だ。

 自分から要求しておきながら、失礼なヤツだな。


 俺は朴念仁というわけではないから、ちゃんと女性が普段とちがう装いをしたら、褒めるということを忘れないようにしているんだぞ。


 ブランドのロゴの入った袋に濡れた着替えを入れると、それを俺が預かり店を出る。

 背後では、店員の「またのお越しを」という上機嫌な声が聞こえた。


   †


 エレベーターでビルの上層までのぼり、スマホで予約を入れた店へと入る。


 そこはフランス料理を提供するちょっとした有名店である。

 和食への案内も考えたのだが、こちらのほうが、異世界の料理にテイストが近いのではないかと考えたのだ。


 昼時ではあるが、オフィス街に陣取った高級料理の店は品の良い客が何組かいるだけで、混んでいるというほどではなかった。

 おかげで、目立つ女アカツノを連れていても、好奇の視線にさらされずに済んでいる。


 ネットによる店舗評価は、広告業社の躍動によって信用できなくアテにならなくなってしまったが、それでも掲載された情報から、目的にあった情報を入手することは可能だ。


 入店の敷居がそこそこ高く、値段も高い店であること。

 そして開業してから半年以内という条件を満たしていればそうそうハズレることはない。


 半年以上経過し、固定客がつき始めると店から緊張感が薄れ、接客と料理の品質が低下することがままある。

 なので行くのならば、店が緊張感をもって営業しているうちがいい。


 接客が雑になった店は、味の方も比例していくので、だいたい二年か三年の内に閉店することになる。


 逆にそこを乗り越え、五年以上営業を続けられるようなしっかりとした店もハズレることは少ない。


 客が多すぎる店も問題だろう。

 こちらも例外は多々あるが、店外まで長い行列を作っているような店は、客の回転ばかりを意識して味を犠牲にしてしまう傾向がある。


 また、客の方も自らの舌よりも、「行列ができているなら」と主観性のない判断で店選びをしていることが少なくない。


 店側の雇ったサクラなこともあるし、関係会社としての付き合いでやってくる者たちもいる。

 よって、行列を味の指標にすることは確実性に欠ける。


 開店一週間、長蛇の列を作っていた店が、三ヶ月も経たずに閉店するような話も枚挙ない。


 もっとも、これらはみな俺個人の体験をもとにした私見にすぎないので、いくらでも例外はあるだろう。

 

 

 メニューを渡されたところで意味を理解できない俺は、アカツノの好みを通訳しつつ店にお任せのコースを用意してもらうことにした。


 知ったかぶりで背伸びをしても、恥をかくのは目に見えている。

 それに俺が無知であることは、普段から料理を作ってくれているアカツノにはバレバレだ。無理に格好つけても意味がない。


 最初に出てきた料理は、小皿に盛られた前菜オードブルで、色彩豊かで芸術性に富んだものであったが、アカツノの反応は「うぉっ!?」と初見こそよかったものの、一口で食べ終えると「これだけか?」というイマイチなものに変わった。


 これはまだ前菜にしかすぎず、これから何種類もの料理が少しずつ出てくることを説明すると納得してもらえた。

 アカツノは、教わったばかりのテーブルマナーを逸脱しない程度に注意しつつコースを制覇していく。


 感想こそ口に出ないが、目を白黒させている様子からして悪いものではないだろう。


 出てきた料理はどの皿もただ美味いだけではなく、見た目までもが凝り尽くされていた。

 もととなる食材も贅を尽くしていたし、コースで順番を決められた料理は、客の意識すらもコントロールしている。


 フランス料理が、世界三大料理の称号を持つのも納得の満足度だった。

 是非とも普段から利用したいところではあるが、俺の財布では少々厳しい。今日だって臨時営業主任が軍資金を用意していなければ、決して足を運ぶことはなかったろう。


「それにしても突然来たな」

「ああ、ちょうどいいタイミングだったからな。

 エイギョーのヤツにふっかけてやった」

「ふっかけた?」


 もともと異世界にある『灼熱の王座』は、あの男に紹介されたものだ。

 彼女になにか頼んでも不思議ではないが……何を頼んだんだ?

 それを聞く前に次の料理が運ばれてくる。興味がそちらに移って聞きそびれてしまった。

 

「美味かったか?」

 会計を済ませ、街中にもどるとアカツノにたずねる。

 食べ尽くされた皿の様子と、その時の表情を思えば好評だったのは間違いないが、それでも確認しておくのが礼儀だろう。


「王様の料理だったな」

 素直に「美味い」と言わないのは性格上の問題だろうか。

 だが、その評価は決して低いものではなく、自らの不利を認めたくない抵抗のようにも聞こえた。


 俺の評価も彼女と同じようなものだったが、それでも『灼熱の王座』の料理が劣っているとは思わない。


 本日出された料理は、美食のために、基の素材がわからなくなるほど徹底改造されたものだ。

 技術の結晶と呼べるほど洗練された料理で、そこに注がれた手間暇を考えれば、王様の料理という評価は実に的を射ている。


 一方、『灼熱の王座』の料理は素材こそがすべてだ。


 千差万別の魔物を狩り、その味を武器に客に振る舞う。

 調理法は素朴なものが多いが、基の素材の味が良い。加える手は最小限にしているが、それこそが俺の好みでもある。


「俺はアカツノのほうが好きだぞ」

「うぇぉあ!?」


 なにやら気にしているようだったので、そうフォローしたのだが何故か驚かせてしまった。

 相手の反応を不審に思うが、すぐに自分の言葉が不足していたことに気づき、修正を試みる。


「料理がな」

 いや、料理というよりも、素材なのかもしれない。

 ドラゴンの肉なんて、こっちじゃ絶対に味わえないからな。


「俺の方が良いなんて、別に言わなくてもわかってんだよ。

 一目瞭然だからな」


 アカツノはそっぽを向いて切り捨てるが……どうして、料理の好みが見て・・わかるんだ?

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