6◆異世界パンプキン1

「ふう、やれやれ」

 取引先を訪れた俺は少々疲れていた。

 仕事の交渉が思うようにいかなかったのだ。


 提示された金額の割に、クライアントの要望は多い。

 資金がないと言うのは、人材の用意が難しいということ。

 往々にして、そういうプロジェクトは大きなトラブルを抱えることとなる。


 プロジェクトが始動する前からそんな状況では、納品直前にはどんな状況になっているかわかったもんじゃない。

 やはりもう一度、プロジェクトの見直しを進言すべきなのだろうか。


 だが、全部をご破算にしなければならないというほど悪い状況でもない。

 今後の受注つきあいも考えれば、苦労をしてでもプロジェクトを成功させるのがベターである。

 自分ひとりが努力することで穴埋めできるのならば、それで済ませてしまいたいようにも思う。


 あるいは……

――ここで妥協させるくらい、相手の交渉が上手かったんだろうな。


 俺は自らの敗北を認めると、割り切ったフリ・・をして最寄りの駅へと向かった。

 

 

 冬が始まりつつある街並みには、カボチャとお化けのイラストが氾濫していた。


――もうハロウィンの時期か。


 十月末になれば、また仮装をした人間たちが、お菓子も求めずに街を闊歩するのだろう。


 元々は収穫祭やら悪霊をやり過ごすための風習だったハズだが、日本ではすっかりコスプレイベントになりさがっている。


 もっともそれはハロウィンに限ったことではない。

 クリスマスはサンタからプレゼントをもらえる日だし、節分は恵方巻きを食べる日なのだから、ハロウィンだけをあげつらうのは不公平な話だ。


 現代人というヤツは長年継承してきた風習よりも、目先の楽しさを優先しがちだ。

 もともとは意味があって行われていた行事も、厄災が身近でなくなれば意味は忘れられエンタメ性ばかりが求められる。


 もっとも、不幸を回避するために、いちいちまじないをしなくても良いようになったと考えれば幸せな話ではあるか。


 そういえば、今日の担当者はジャック・オー・ランタンかぼちゃに少し似ていたな。

 そんな失礼なことを考えていると、胸元に収めたスマホが振動した。


 確認すると悪魔顔の臨時営業主任からメールだった。シンプル極まりなく『至急●●駅へ』とタイトルに入っているだけで、内容は省略されていた。


「そう気軽に呼び出されても困るんだがな……」


 先日、大仕事を終えたとはいえ、すでに次のプロジェクトは動きはじめている。

 今日の分を取り戻すためにも仕事は巻いていかねばならない。


 それでも食事のついでに話をするくらいの余裕はあるか。

 幸い●●駅はここから近いし、相手は営業の本職プロ。先ほどの件を相談してもいいだろう。


 相手に習って『了解』とだけ返信すると俺は、駅に向けた自分の足を少しだけ早めてやるのだった。

 

   †

 

 駅に着くと、行き交う人たちの中に思いがけない人物を見つけ、己が眼鏡をかけていることを確認する。

 間違い探しが得意な俺の目は、そこにいる彼女・・を異物であると認識していた。


「アカツノ?」

 半ば無意識に出た声を相手が聞き取った。


 引き締まった身体に、虎柄のチューブトップを巻いた赤髪の彼女は、手をあげると周囲の視線を引き連れたままにやってくる。

 どうやら、彼女を異物と捕らえていたのは俺だけではなかったらしい。

「かそーぞブッチョウヅラ!」


 外套コートこそ羽織っているものの、場違いな衣装と赤い髪の隙間から伸び生えた双角は周囲の目を集めている。

 時期が時期だけに、ハロウィンのコスプレと思われているようで、騒ぎというほどにはならずに済んでいる。


「どうしてコッチに?」

「みっちけみちそゆがっと。たろぬすとや、ささひずうぶあなヌアゲアがかかうに。ミテルき?」


「ちょっと待ってくれ」


 互いの言葉が通じるように、俺はポケットから指輪を取り出して左手にはめる。


「そうだ、これ、エイギョーからだ」

 指輪の効力で言葉はわかるようになったが、話に脈絡がなく意図が理解できない。


 手渡された封筒は分厚く、俺宛であることを示す名前が日本語で書かれている。


 どうして異世界の住人である彼女が、こちらの世界にいるのか。

 どうしてこちらの世界の住人である臨時営業主任に封書を託されているのか。

 なにより、どうして俺を呼び出した張本人がこの場にいない?


 俺はヤツと待ち合わせをしたハズなんだが……ふと、メール内容が『至急●●駅へ』だけだったことを思い出す。


 待ち合わせ相手があの男だというのは、勝手な思い込みだったらしい。

 もっとも、この状況を見越してあえて書かなかったのではないかと邪推もできるが……なんのためにそんなことをしたんだ?


 封筒の中身を確認することでパズルのパーツが噛み合っていく。

 中には軍資金とされた札束と、アカツノにこちらの世界を案内してやって欲しいという旨が書かれた手紙が入っていた。


 詳細については書かれていなかったので、スマホで相手を呼び出そうとするが……電源が入っていないか、電波が伝わらない場所にいるとのメッセージを聞かされただけだった。


――さて、どうしたものか。


 これから会社にもどって、厳しくなるだろうプロジェクトを少しでも楽になるように段取りを組まなくてはいけない。


 だが、アカツノの様子からして、俺がエスコートすることを疑っていない。


 臨時営業主任がいない以上、会社員としての責務を優先するべきだと思うのだが……それはそれとして、普段世話になっている相手への義理も果たさなければ社会人として失格である。


 しばし考えた末、俺は会社に連絡を入れると、上司に半休の申請をした。


 打ち合わせから帰社することもなく、そのまま半休の申し出に不快そうな声を出されたが、臨時営業主任に頼まれ事をされたことを伝えると、なんとか了承を得ることができた。


 社内で融通を利かせる時に、あの男の名を出すと上手くいくことが多々ある。

 理由は知らないが、実際、あの男の持ち込んだ案件なのだから、文句を言われることはないだろう。

 それより、いまは来訪者ゲストをもてなすほうが先だ。


「とにかく、おまえをエスコートすればいいんだな?」

 確認すると「ああ」と、返事をもらう。


「それで何を食べに行く?」

 行き先に希望がないか、俺からたずねる。


「いきなり飯の話かよ」

「そのために来たんじゃないのか?」


「いやまぁ、ちがっちゃいないんだが……」

 なんとも腑に落ちないといった反応だ。


「食材のためなら、竜をも己の腕で狩るのがアカツノという料理人だろ?

 てっきり、異世界の料理に興味があって来たのかと思ったんだが……ちがうのか?」


「はいはい、ちがわねーよ。

 ぜんぜんちがいませんよーだ」


 こちらの言葉を肯定しながらも、その口調はどこか投げやりだ。


「まぁ、確かに腹も減ったしな。

 飯にすっか」

「それでリクエストは?」


 軍資金は悪魔顔の臨時営業主任が用意したものがしっかりとある。

 ここは意趣返しの意味も込めて、せいぜい散財させてやろう。


「美味いもんが食いたい」

 不意に美味いものを食いたいと言われたって、相手は異世界人で、まだ出先なのだ土地勘も薄い。


 しかも相手は料理人。

 下手な店に連れていくこともできない。


「……ちょっと待ってくれ」

 無茶振りに応えるべくスマホを操作して、近くに評判の良い名店がないかを検索する。


「そうだ、先に確認しておきたいんだが……ひょっとしてこっちに来たのは初めてか?」


「あたりまえだろ」

「だよな」


 でなきゃ、先日のレシピ本みやげであんなに喜んだりしないだろう。


「だったら、最初に行っておかなきゃいけないところがあるな」

 そう説明すると、俺はそこ・・へとアカツノを連れ込むのだった。

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