5◆異世界プリン(後編)

「シロミミ、おまえジャイアントタートルあれ狩れるか?」

 魔物退治を生業とする冒険者たちが敗退しているにも関わらず、アカツノの口調は気楽なものだった。


 それに対して獣人の少女は、

「捕まることは……ない…です。でも……」


 おそらく動きは素早くとも巨大生物を屠るだけの攻撃力を持っていないのだろう。

 幼い少女は自らの非力を恥じるように言葉を濁す。


「まぁ、いいさ。うちの厨房で料理するなら、そのくらいはできるようになっとけ。

 料理人が食材より弱えーなんて、許されないからな」


 そんなもんだろうか?

 少なくとも、自世界では牛と正面から戦って勝てるような料理人はいないような気がする。


 だが、真剣にうなずくシロミミの様子をみれば、この世界ではソレが常識なのだろう。うん、わからん。


 アカツノは立ち上がると尻についた埃を払う。

 どうやら、料理長自らが素材の調達に出張るらしい。


 そしてシロミミになにか耳打ちして会場外へ走らせると、軽く肩を回し始めた。



 以前聞いた話によれば、彼女は『ドラゴン』の討伐経験がある。

 そんな彼女が出ればいくら大きかろうと亀程度は問題なく倒せるだろう。


 そんなことを考えていたが、カメンが彼女をとめた。


「ちょっと待ってくれアカツノ。許可証もなしに乗り込んだら、後々面倒なことになるよ」


「ああ、そういえばそんな決まりもあったか」

「どういうことだ?」


「魔物が現れたからって、誰かれかまわず襲いかかったら無駄な怪我人が出るし、場合によっては街にも損害が出る。

 だから街に来た魔物を狩るには許可証が必要になるんだ。自称腕自慢の観光客に怪我をされないようにね。

 それがなきゃ、魔物を倒しても最悪牢屋行きになる」


 それについては街のあちこちに説明書きが記されたポスターがあるらしいのだが、生憎と俺はこの世界の文字が読めない。そのせいで知らないままでいた。


「許可証っつっても、半分賄賂みたいなもんだけどな」

「その代金で、直接戦闘参加してない連中にも報酬が払われるんだから、それほどひどいもんじゃないさ」


「つまり、アカツノはその許可証がないので、あの亀と戦っちゃいけないと?」

 だとしたら、この事態を誰が収拾するんだ。


「そうだな、許可証のないアカツノがそんなことすりゃ問題になるかもな」

 意味深げに笑うと、彼女はカメンからトレードマークである羽根付き帽子と目元を覆う仮面を奪いとった。


「だが許可証をもってるナガミミの仲間カメンなら問題ない」

 それを自分に装着すると、闘技場へと飛び降りる。

 いくら顔を隠したところで体型とかまるでちがうんだが……。


「おおーっと、ここでミミナガパーティーの援軍に現れたぞ。仮面がチャームポイントのカメンだ。ちょっぴりいつもよりゴツい気がするけど、よい子のみんなは気にしないでね!」


 司会役であるパタパタがアカツノの参戦をごまかす。

 だが、彼女は想像以上に有名人らしく、周囲からはアカツノコールが響いている。


「大人気だな」

「そりゃ街どころか、この大陸で三指に入るほどの戦士ですから。彼女で勝てなきゃ王都に軍隊要請しないといけないレベルですよ。自警団くらいじゃ相手にならない」


 説明したのは仮面と帽子を失ったカメンだ。

 彼女の瞳はつぶらな黒で、その周囲がまるでアライグマのように黒ずんでいる。


 そして帽子を失った頭からは丸みを帯びた耳が露出していた。

 いままで気づかなかったが、カメンも獣人だったのか。


「みたな、ボクの恥ずかしいところをガン見したな」


 涙目で訴える。

 不謹慎ながらちょっと可愛い。


「いや、そんなこと俺に言われても……可愛いと思うぞ?」

「そっ、そんなこと言ったて、ボクはだまされないんだからな」

 まるで俺が過去に誰かだましたような言いぐさだ。


 それよりも……、

 視線を闘技場に降り立ったアカツノに戻す。


 アカツノはその場に置き去りにされた大剣を拾うと、軽々と担いでみせる。


 巨大亀は再び現れた敵に怪光線を放った。

 アカツノはそれをよけようともせず、それを全身であびた。

 しかし、彼女の身体どころか衣服にすら傷ができていない。


 そういえば、彼女の赤い虎柄の装いは魔物の毛皮という話だったな。

 ただし全てが平気だったわけではなく、カメンから接収した羽根付き帽子は黒こげになっていた。


「ああ、ボクの帽子が!?」

 カメンが涙目で絶叫する。


「ったく、この程度の奴に手こずるとかどいつも鍛錬が足りねえよ。もっとまじめに料理の練習しろって」

 普通、料理の練習で魔物を倒せるようにはならないだろう。


「あらよっと」

 その一言で闘技場にいたハズのアカツノが消えた。

 それは巨大亀も同様だったらしく。相手を見失っている。


 巨大亀の背後に現れると、膝裏のあたりを蹴り飛ばす。

 たったそれだけのことで巨大亀は仰向けに倒れた。


 再び立ち上がろうと手足をバタつかせるが、上手くいかない。


 今度こそ決着かと思われたが、まだ巨大亀は粘りをみせる。

 首と手足を甲良の内側に仕舞い込むと、そこから火花を吹かせた。


 巨大亀はアカツノの手の届かない空へと舞いあがる。

 冷静に考えてみれば、そうやって飛んできたのだから、それで逃げ出しても不思議ではない。


 だが卵の恨みか、はたまたコケさせられた恨みか、急旋回するとアカツノめがけ突撃した。


 体重差を活かした攻撃だ。

 二階建ての建物ほどもある魔物が勢いをつけての突撃すれば、そここに発生するエネルギーは相当な量となる。

 あれを受ければいかにアカツノといえどただではすまないのだろうか。


 しかし彼女はそれを迎え撃つように大剣を構えて見せる。

 手にしたその剣で本当にそれを両断できるのか。


 そんな緊張感が走るが、アカツノはそれを振るうことを断念し、甲良の直撃をすんでのところで回避した。

 

 強烈な地響きとともに闘技場が揺れる。

 衝撃で舞い上がった砂埃の中央には巨大なクレーターができあがっていた。


 巨大亀はそこで獲物をしとめたか確認の為に首を出した。

 それが彼女の狙いとも知らずに。


 その巨躯さが災いしたのだろう。

 巨大亀は己の甲良の上に捕食者が控えていることに気づくことができなかった。


 あたりを確認しようと伸ばした首にアカツノの振るう凶刃が襲いかかる。

 それは断頭台の如く巨大亀の首を斬り落とし、長く続いた舞台に終止符を打った。


「これで、ちっとは盛り上がったか?」

 手を上げ、歓声に応えるアカツノは余裕綽々である。


   †


「ようやく決着つきました。倒したのはアカ……ではなく、ナガミミパーティーのカメンです。今回倒されたジャイアントタートルは食材として『灼熱の王座』へと提供されます」

 司会のパタパタが会場にアカツノの勝利を伝える。

 すでに正体はバレバレでアカツノコールまで起きているのに白々しい。


 そのまま臨時開催の催しは終了となり、客たちが腰をあげはじめる。

 だが、仮面を放り捨てたアカツノに呼びつけられたパタパタがそれを止める。


「ただいま討伐されたジャイアントタートルですが、『灼熱の王座』料理長であられるアカツノ様からすぐに調理に入るので、お時間のあるお方は是非とも味わっていって欲しいとのことです。お時間のない方は後の予定を調整してお楽しみください」


 落とされた頭をすぐ近くに横たわらせたままアカツノは巨大亀の調理を始める。

 頭だけでもかなりの大きさだ。瞼は閉じられているものの、まだ顎が動いているあたり、生命力の強さを感じられる。


 さきほどまで手にしていた大剣を無造作に放りなげると、腰に差してあった鉈のような包丁を取り出す。

 それで甲良横から刃を入れはじめる。


 ちょうど甲良の内側をはがし終わったころになると、シロミミに連れられた店の面々が調理具とともに入場する。

 それとともに、ナガミミたちも関係者として手伝わされている。

 どうやら自分たちの手だけで巨大亀を討伐できなかったことでアカツノに借りが増えたらしい。


 地面に流れ落ちた血は水で下水へと流される。もともと闘技会場として使われていた場所だけにあって後処理への配慮もできている。


 内臓を外すと、すぐに使わない部位はバニーサンの圧縮魔法で保存される。

 肉には毒抜きなのか、臭み抜きなのかウロコツキの浄化魔法をかけられていた。


 肉の下拵え済み、部下たちのもってきた追加の食材をあわせると、アカツノは巨大な甲良を鍋に見立てて肉を煮込みはじめた。


 火をつけたのはナガミミの魔法。

 ただし、それを続けるのは至難らしく薪をくべて火力を維持している。


 パタパタは引き続き解説とトークで観客を楽しませ、カメンは傷んだ仮面を付け直すと雑用として四方を走り回っていた。


   †


 巨大な亀鍋が完成間近になると、俺はアカツノに呼びつけられた。


 どうやら光栄にも味見として呼ばれたようだ。


 器に入れられたスープを受け取る。ゴロりと大きな肉が存在感たっぷりだ。


 できたてのスープに息をはきかけ適度に冷ます。

 そして口に運んだ亀肉は濃厚な味を備えていた。


 がっちりとした肉質はいささか歯ごたえが有りすぎだが、その味わいは卵ともども濃厚なものだ。


「美味いっ」


 俺は掛け値なしの評価を口にする。

 素人の評価が影響したわけでもないだろうが、実食を決めかねていた連中も列に並びはじめた。


 これなら大量の鍋もすぐになくなってしまうかもしれない。


「ちっこいやつなら、そのまま焼いちまったほうが美味いんだが、これだけでかいと体液を煮詰めるのに時間がかかりすぎちまうからな。

 それに大勢で食うならこっちの方が便利だ」

 アカツノは血に汚れた身体をぞんざいに手ぬぐいで拭いながらそう説明する。


「ブッチョウズラさん、無料ただでいいからこっちも食べていってよ」

 周囲を観ると、鍋以外にも肝臓レバーを串焼きにしている料理人や、余った肉を小さく切り分け唐揚げにしている料理人もいた。シロミミも鉄板を持ち込んでたこ焼きを焼いている。


 こちらの貨幣を持ち合わせていない俺は好意に甘え、各自自慢の料理を堪能させてもらった。

 この借りはまた差し入れで返させてもらおう。


 他の店の料理人たちも、自店から食材をもちこみ料理を振る舞うが、出遅れたせいで客の大半が腹を満たしていた。

 これではそう売り上げは伸びないだろう。


 『灼熱の王座』以外の勝利者といえば、酒を売っていた少女たちだ。

 彼女らはアカツノから事前に話を聞かされていたらしく、急いで酒を補充し売り上げを伸ばしていた。


 アカツノ考えとしては、この場に酒があれば自分たちの料理がさらに売れることを見込んでのことだろう。


 日が暮れかける中、皿洗い罰ゲームにかり出されたナガミミの「あたしにも食べさせて~」という泣き言は酒の肴にされていた。

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