5◆異世界プリン(中編)
街の北東部にある広場には大勢の人間が集まっていた。
ナガミミたちのような武装した冒険者だけでなく、非武装の一般人の数も多い。
前者はまじめな顔つきだが、後者は祭りにでも訪れたように浮かれている。
そんな連中の話に耳を傾けると、なにやら魔物がやってくるという話だ。
だが、今のところ魔物の姿はどこにも見えない。
だいたい街の周囲には巨大な石壁で囲われている。いったいなにがどこから襲撃するというのか。
すると、誰かが「あれだっ!」と指さした。
首をあげ上空を見上げると、濃い緑の円盤が
円周上から四本の火炎を噴出させ、それを動力にねずみ花火のように回転している。
これはUFO!?
まさか、異世界にはUFOの襲来まであるのか!?
緑色の円盤が広場に着陸すると、集まった連中はそれにつぶされまいとあわてて待避する。
その光景にはどこか既視感があった。
はじめて見るのに、はじめてではない……そんな感じが。
その解答を示すように円盤は次なる活動をはじめる。
のそりと四本の太く短い触手を本体から伸ばすと、大地に降ろした。
さらにもう一本触手を生やしたところで俺はようやくその正体に気づいた。
「…………亀?」
触手と勘違いしたそれはずんぐりした手足と首だ。
円盤部は甲良で、そこに収納していたらしい。
巨大亀は身体を起こし、四本足から二本足で立ち上がり周囲を威嚇する。
それはまるっきり怪獣映画のワンシーンだった。
「こいつはジャイアントタートルだな」
アカツノが巨大亀の正体を告げる。海辺に生息する魔物で、近づいた者を襲う習性はあるが、こうして街を襲撃する事態は珍しいとのことだった。
魔物の襲来に、すぐに討伐にかかるのかと思えばそうではなかった。
冒険者たちの中から魔法が使えるものが広場に逃亡防止の結界を張り巡らせる。
すると半透明なドーム状なものがあたりを覆った。
さらにバニーサンがステッキ片手に踊るように魔法を唱える。
「ピョピョンピョンピョン、ピョピョンピョン…………、いでよ『
剥き出しになった地面から、土が盛り上がっていく。
それは亀の周囲に壁と観客席を形成し、文字通り
「すごいな魔法は。これなら建築とか楽勝じゃないか」
即席とは思えない出来映えに驚嘆する。
「魔法で作ったもんは、固定化の魔法を上乗せしないと簡単に崩れ落ちる。
まぁ、2~3時間は問題ないけどな」
そう説明すると、俺を連れ最前列の眺めのよい場所を確保した。
巨大な建築物をひとりで作り上げた
彼女は戦闘に参加しないのか。
「しかし、こんな巨大な魔物が現れたってのに、誰も動揺してないな」
「もともと、魔物に襲来されたときのために、魔物よけの結界を張ってねぇ場所を作ってんだよ。頭の悪い魔物はあっさり誘導される。ここなら少々暴れられても被害は出ない」
アカツノの説明によると、これこそがこの街、一番の観光名物なのだとか。
このあたりは魔物が多く、かつては街が苦しめられることも珍しくなかった。
それを逆手にとり、魔物を特殊な素材と見なすようになってから街は大きな発達を遂げたらしい。
そして話題は他の街まで広がり、腕に覚えがある冒険者たちが大挙し、それにともない街に活気が訪れたのだ。
魔物の肉を調理して出すのもその一環で、商店では魔物の牙や皮などを加工した物を売っているらしい。
まったくもって商魂たくましいことだ。
「さぁ冒険者たちの手により舞台は整いました。どなた様もお見逃しのないように。これから我が街の観光名物、討伐ショーが始まりです」
肩胛骨のあたりから天使の翼を生やした少女――パタパタが、空中から高らかに声をはりあげる。
ミミナガの仲間であるパタパタは、空中で二つに結んだ髪を翼とともに揺らしながら解説をしている。
背の開いた黄色のドレスを着て、ふんわり開いたスカートの内側からはフリルがたっぷりついたドロワーズがのぞけている。
「冒険者が討伐した魔物は、契約している店に降ろされ食べることができます。
今回のジャイアントタートルは見た目グロテスクながらも、滅多にお目にかかれないレアな魔物。果たしてどの店の冒険者が倒すことになるのか!?」
当然、『灼熱の王座』の契約冒険者はナガミミたちである。
アカツノの他にも各店の料理人が集まり、自店と契約している冒険者たちを激励している。
「いや~、今回は僕の出番はなさそうだね」
そう言って、俺の隣に座ったのは、目元を仮面で覆った少女――カメンである。
羽付き帽子に、男装をしているがその骨格は間違いなく少女のものである。
ナガミミの冒険者仲間は、ウロコツキ、バニーサン、パタパタ、カメンの4人である。
すでにバニーサンが会場づくりで力つき、パタパタは司会役で戦闘参加する様子はない。
ここでカメンまでエスケイプしては戦力とよべるのはナガミミしかいない。
その割に契約者であるアカツノは余裕で、野球観戦をしているおっさんのように、売り歩きの少女から酒を注文していた。
「おいアカツノ、そんなに悠長に構えてて大丈夫なのか?」
すでに巨大亀との戦いははじまり、大勢の冒険者たちが二階建ての建物ほどもある魔物に我先にと押し寄せている。
「まぁ、大丈夫だろ」
巨大亀は口から怪光線を吐き出すと、それで冒険者たちを攻撃する。
対する冒険者たちは、手にした武器を的確に甲良以外の場所にたたきつけているが、目立った傷を与えられずにいる。
「なぁアカツノ、ちょっといいか?」
「ん、なんだ?」
「あの口から吐いてる光線って、魔法なのか?」
どういう身体の構造をしていれば、口から怪光線を放てたり、四肢の部分から炎を噴出できるんだ。
「ん~、知らん。魔物のやることにいちいち理屈を求めるな」
大ざっぱな。
続けて魔法で作られた、3メートルほどある土塊の人形が、巨大亀に相撲でも挑むように襲いかかる。
上手く怪光線を発する口の射角に入らない位置どりに成功し、そのまま相手を押し倒そうと力をこめる。
街中では炎を使ったり、広範囲に破壊をまき散らす魔法の使用は禁じられているため、こうした手をとる魔法使いもいるのだとか。
しかし、相手の半分程度の土塊人形はあっさりと力負けして破壊されてしまった。
すると、こんどは自分たちの出番だと次の冒険者たちが連携して襲いかかる。
ショーとしての意味合いが強いせいか、集まった全員で一気に襲いかかるのではなく、各
観てる分には楽しいが、本当にこれであの巨大生物を討伐できるのか。
「あっ、あのブッチョウヅラさん」
歓声の合間に俺を呼ぶ声がした。
見るとシロミミが息を切らしている。手にはたこ焼きが二皿ある。
「ナガミミさんの注文の品なのですが……まだお仕事中なので、よかったらいかがですか?」
「おう、ちょうどいいつまみだな」
質問されたのは俺だったのだが、アカツノがジャイアニズムを発動させ、それを横取りする。
たこ焼きは、俺やカメンにも分けられたが、シロミミは何故か不満そうだ。
「このたこ焼き、ほんと美味いな、酒のつまみにもなる」
「まったくですね」
仲間たちを心配する素振りすら見せないアカツノとカメン。
だが、シロミミの焼いたたこ焼きが美味いのは確かだ。
俺がいない間にシロミミが削ったのだろうか、削り節も透けるほど薄く削られていた。
「おまえら、仲間が戦ってるのに心配じゃないのか?」
「そりゃ大丈夫だろ」
アカツノがさして興味なさそうに、亀を眺めながらつぶやく。
「ああみえて、
†
「……それは本当か?」
ちょっと信じられない言葉を聞いた気がした。
カメンもアカツノの言葉に嘘がないと保証してくれる。
俺の中では、美人ながらも、ちょっと抜けたところのあるおもしろいお姉ちゃんなんだが……人は見かけによらないとはよく言ったものだ。
そうこうしているうちに敗退した冒険者たちがリタイアしていく。
それをウロコツキら回復魔法の使い手が介護している。
「おおっ~と、これで冒険者は全滅なのか、このままでは街が魔物に蹂躙されてしまうぞ~」
パタパタが芝居がかかった口調で場を盛り上げる。
そこでミミナガが満を持しての登場だ。観客席が盛り上がる。
「たいして美味い素材じゃねーが、これで客がうちに押し寄せるのは間違いねーな」
たしかに、これほど屈強で大暴れした魔物の肉なら、怖いもの見たさで試したくもなる。話の種にもなるだろう。
だが、戦意ある冒険者はナガミミただひとり。彼女だけであの巨大な亀を討伐できるのだろうか。
「真打ち登場ね」
ただひとり残った女性冒険者が、自らの3倍はあろう魔物と対峙する。
長い金髪を優雅になびかせ、余裕の態度は崩していない。
手にした剣は細身で、そんなもので大男たちが失敗した巨大亀を傷つけられるとはとても思えない。
だが、俺の予想を裏切るようにミミナガは静かに動き出す。
「風よ、我が身に助力を……『
彼女はその身に風をまとうと巨大亀へと一歩踏み出した。
その一歩は自然な一歩でありながら、亀との間合いを一瞬にして詰め寄せた。
加速を刃に乗せ、短足に切りつけると赤いハ虫類の血液が飛び出す。
巨体を誇る魔物に対してその傷はあまりに小さい。
しかし、それを繰り返すことで、不自然な体勢で立ち上がっていた巨大亀は足元をふらつかせた。
ナガミミの逆転により観客が沸きたつ。
こうして観ていると、それまで戦っていた冒険者たちが彼女のための前座にすら思えてくる。
「せっかく、見逃してあげたのに、わざわざこんなところまで来るなんて、愚かなことです」
「見逃す?」
ミミナガの台詞に俺は疑問を覚えた。
それ答えたのは一緒に観戦しているカメンだった。
「ああ、それはね。アカツノから、依頼があったので、ボクらはちょっと珍しい卵を採ってきたんだ」
ひょっとして、さっきまで食べてたプリンの材料だろうか。
騒ぎの一端を自分が担っているのかと思うと少々胃に重いものを感じる。
「丁度相手の留守をつけて依頼品の卵を手に入れられたんだ。
だから、わざわざ相手の
それがわざわざ向こうから陸にあがってくれるなんてね」
まるでうれしい誤算だと言わんばかりだが、周囲のお祭り騒ぎをみればその通りなのだろう。
話を聞いているうちに巨大亀とミミナガの戦いが進展する。
片足に集中的に付けられた傷が、巨大亀のバランスを崩させた。もともとアンバランスな体勢で立っていたのだから、無理もあるまい。
ミミナガはそれを見逃さず、剣を掲げ渾身の力をそこに込めはじめた。
「光の精霊、太陽の子らよ……、万断の
掲げた剣が太陽に似た輝きを放ちはじめると、ゆっくりと後方へゆっくりと振りかぶる。
集められた光と熱が空気を熱し像を歪めさせる。
剣に蓄えられた光と熱が限界まで蓄積されると、ミミナガはそれを振り放った。
「
放たれた剣は光の輪を形作り、膨大な光と熱を放出しながら巨大亀の首めがけて襲いかかる。
体勢を崩した巨大亀に回避の余地はないと思われた。
誰しもが戦いの決着を予測しただろう。
俺もそうだ。
だがしかし、狙われた首はひょいと甲良の中に逃げ込むと、ミミナガ渾身の魔法を上手くやり過ごしたのだった。
投げられた剣は、周囲に張られた魔法使いたちの結界を破り、空の彼方へと消え去った。
「…………………………………………」
先ほどまで熱狂渦巻いていた会場に、沈黙が訪れる。
「あたしの剣~!」
ミミナガは悲鳴をあげ、司会であるパタパタに取りにいくよう命令するが、とてもそんな状況ではない。
「剣なくったって、魔法は使えるんでしょっ、なんとかしなよ」
「やだっ、それじゃただの魔法使いじゃない」
予想外のハプニングに会場は爆笑である。
「この街で五指に入る魔法剣士?」
ミミナガの実力に太鼓判を押した料理長と冒険者に確認する。
「まぁ、この街の魔法剣士なんて6人しかいね~からな」
「剣術と魔法の両立は大変だからね。簡単な魔法を使う剣士はいるけど、そのくらいだと魔法剣士を名乗るのは逆に恥ずかしいから」
彼女の仲間はそんな無責任なことを言い目をそらした。
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