5◆異世界プリン(前編)

「美味い」

 口の中で溶ける濃い黄身の味わいに俺は賞賛の言葉を捧げた。


 甘さは若干控えめのプリンだが、その分素材の味を堪能できる。

 まさか『灼熱の王座』で自世界の料理を、それもこんなにも美味く調理され出されるとは予想していなかった。


「まぁ、当然だな」

 珍しくテーブル席に招かれた俺の正面では、アカツノは満足そうな笑みを浮かべている。


 前回差し入れられたプリンを参考に、自分の知識と経験をフル動員してプリンこれを作り上げたらしい。


 今回は試作品の感想をより率直に聞きたいということで、テーブルにまで出向いてきている。

 普段と異なる位置からみえる彼女の笑顔もまた俺には新鮮だった。


「うちの客は、あんま甘いもんを食わねぇが、たまには出してもいいいかもな」

 砂糖が嗜好品扱いで、デザートに馴染みが薄いのだろう。甘いものを注文する客が少ないのも無理はない。


 俺など糖分なしでは仕事が回せないタチなので、机にブドウ糖を忍ばせているくらいだ。

 入社当初はよく「男の癖に」とからかわれたものである。


「レシピもなしに、こうも見事に作るとは……流石だな。土産は必要なかったかな」


「土産?」

「ああ、これだ」


 一冊の本をテーブルに載せる。

 生クリームでデコレーションされたプリンが表紙の専門書だ。


 先日知り合った女性の意見を参考に、アカツノが興味を持ちそうなものを異世界コチラに来る前に選んでおいた。


 本を受け取りながらも、何故だか彼女は俺の隣まで移動してからソレを開く。

 彼女の趣向にあったようで、夢中で頁をめくっている。

 どうやら助言は正しかったらしい。


「これ文字だろ、なんて書いてあるんだ?」

 アカツノは写真に添えられたレシピと作品コンセプトが書かれた文字を指さす。


 なるほど、表紙の文字を見た時点で読めない本であることを察していたのだろう。

 だからわざわざ隣に移動してきたのか。


 さして視力の良くない俺は、彼女の邪魔にならない程度に顔を近づけ、その内容を読み聞かせた。


 異世界コチラにない道具や手法についてはその都度解説することになるが、料理もロクにしない俺に菓子づくりの知識などあるハズもない。そのあたりはずいぶんおおざっぱな説明となった。


 どのみち材料も重さの単位もちがうのだから、正確な説明など無駄だろう。

 アカツノもそれを承知しているのかメモすらとっていない。


 それでも彼女は側まで椅子を寄せ、楽しそうにうなずきながら俺の声に耳を傾けていた。


「おまえんとこじゃ、本を作るのにわざわざ魔法を使うのか。まさか貴族の為の本じゃないだろうな?」

 写真に目を近づけ、指で触れながらたずねてくる。


 この世界の基準でみると、我が世界の印刷技術は魔法並みに高度ということか。

 本がごく普通の技術で作られたものだと説明すると、そちらの方がずっと驚かれた。



「なんだか楽しそうですね」

 興味津々に寄って来たのはナガミミだ。エルフの美人冒険者は珍しく鎧を着用している。


 新緑の皮鎧はとても軽そうで、それで細い身体を守れるのか心配になるほどだ。

 もっとも、彼女に丈夫な金属製の鎧を着こなせるかと聞かれれば「無理だろう」と答えるしかないが。


「珍しいね。仕事明け?」

「うんうん、逆。この後、仕事に出る予定」

 聞けば先日ひと仕事してきたらしい。そして休息を挟んでまた次の仕事と言うわけだ。

 次はどんな素材を仕入れてきてくれるのやら。


「それ、すごく精密に描かれてるね。魔法で紙に転写させたの? いえ、そもそもこの真っ白な紙の質からしてずいぶん上等な……」

 どうやら、彼女もこれが単なる技術の産物とは思わなかったらしい。

 まぁ、印刷やコピー機の仕組みなど現代人でも理解しているのは少数派だろうが。


 指を伸ばし写真に触れ、食い入るように本を見つめるナガミミだが……俺はちょっと困る。

 もともと肩が触れるほどの距離にアカツノがいたのだが、反対からグイグイ押されては狭い、とても。

 それに女性の身体にみだりに触れるのも風体が悪い。


 なにより、ふたりの美女に挟まれると言えば聞こえは良いが、赤毛の美女はもとから生えている角を伸ばす勢いで機嫌を悪化させている。


 料理の話を遮られたのが、そこまで気に入らないのか。


 助けを求め周囲に目を走らせるが、誰も俺と視線が合うと顔をそらしてしまう。


 だが、全ての人間が遠ざかったわけではなかった。


 真っ白なおかっぱ頭から猫の耳を生やした少女――シロミミだけが俺たちの方へと近づいてくる。


 湯気を立てた皿を運んでいるが、俺の注文ではない。


「ナガミミさん、たこ焼きお待たせしました」


 なるほど、彼女の注文だったか。

 シロミミも逃げる訳にはいかなかったろう。


 ナガミミは先日の一件以来、たこ焼きが好物になり、ちょくちょく注文しているらしい。

 材料を自分で持ち込んでいるのに自分で調理しないのは、彼女も俺とおなじで料理下手なのだろうか。あるいは単純に手間暇の問題なのか。


 どちらにせよ、片側の押さえ込みが解け、ようやく俺は諸々の圧迫から解放された。


 他にもたこ焼きを注文するものは多いらしく、一番詳しいシロミミがまだ見習いながらも当番として腕を振るっている。

 アカツノは安価なたこ焼きに出番を奪われつつあると口では嘆いているが、ぶっきらぼうながらも優しさを含んだ物言いは部下の成長を喜んでいた。


「そうだシロミミ、キミにも土産があるんだった」

 そう言って、たこ焼きに手を伸ばすナガミミに待ったをかける。


「補充のソースと……これだ」

 俺が袋から取り出した茶色い物体に注目が集まった。


「なんだそりゃ、ブーメランか?」

「木製の置物……にしてはシュールな形ね?」


 ふたりは見当ちがいな解答を口にする。


 だが三番目に発言した少女はその正体に気づいた。


 ジッとみつめたまま「魚ですか?」と半信半疑でたずねる。


 そう、魚だ。

 これは世界一堅い食品としてギネスにも登録されている鰹の加工食品。

 いわゆる鰹節である。


 削り節になる前の形ではすっかり見かけなくなったが、それを彼女はしっかり言い当ててみせた。

 どうやら、魚類に関しては相当目端が利くようだ。あるいは匂いか。


 どうすれば魚がこんな状態になるのかの説明は省略する。一応、調べてはあるのだが、カビだの発酵だのと中途半端に説明しては警戒されるだけだろう。


「これを使うとたこ焼きがより美味くなるんだ」

「マジッスか!?」

 ナガミミがすっとんきょな声を張り上げる。


 最初に出会った頃は美しい淑女だと思っていたのだが、美味い料理が絡んだとたん食いしん坊キャラに変貌してしまう。

 これはこれで親しみやすいとも言えるが。


 信じられないというのはナガミミだけではなかった。

 アカツノは「それをどう使う?」とそもそも食べ物であることに懐疑的で、シロミミも小首をかしげている。


「まぁ見ててくれ」


 俺は一緒にもってきたカンナを取り出すと、木槌で台を軽く叩いて刃の長さを調整する。


 鰹節の方向を確認すると、カンナに当て斜めに構える。

 そして緊張とともにそれをスライドさせた。


 軽い音とともに身が削られ、下部に付けられた木箱へと落ちていく。

 まだ綺麗な面になっていない部分は削りにくいので、慎重に削っていく。


 食堂でカンナを使うことに違和感があるのだろう、少しずつ身を細らせていく鰹節に周囲から奇異の目が集められる。


 視線にプレッシャーを感じながらも俺は繰り返し鰹節をカンナにかける。

 最初のうちは若干手こずったものの、回数を重ね刃の幅を調整するうちに、綺麗に削れていく感触を引き当てた。


 鰹の良い匂いが、徐々に濃くなっていくシロミミがうっとりとした表情になる。


「あの、なにをなさってるんですか?」

 こころなし、普段より丁寧な口調でナガミミがたずねてくる。


「これを作ってたんだよ」

 俺は頃合いをみて小箱を外し、中身を公開する。

 小箱には透けるほど薄く削られた削り節が溜まっていた。


 普通にカンナをかけた木材から出るものと大差ない姿に、見学者たちの疑問は解けなかった。


 これ以上は、説明するよりも試してもらった方が早いだろう。


 俺は削り立ての削り節を、まだ熱いたこ焼きへとふりかける。

 すると、熱気にあおられた削り節はその身を生物の用に踊らせた。


「まっ」

「魔法じゃないよ」

 言い掛けたナガミミの言葉を先回りで封じる。


 木材にしか見えなかったものが動き出せば、そう疑うのも無理はないだろう。

 だが、いちいち説明を挟んでは先に進まない。


「冷める前に試してみてくれ」

 そう言って勧めると、ナガミミは恐る恐る竹串でたこ焼きを突き刺す。


 好物でも、得体の知れないものがかかっていると躊躇いが生じるようだ。

 はじめは木材のような姿で、いまは湯気にあおられ蠢いている。不信感をもつのも仕方ない。


 しかし、ナガミミは勇気を振り絞ると、たこ焼きを口の中へと放り込んだ。


 すかさず表情は一変した。


「美味しい~ これ、めっちゃ美味しくなってますよ、ブッチョウズラさん」

 トロけるような笑顔で絶賛する。


 すると、賞賛の声に釣られたのだろう、距離を置いていた彼女の仲間が集まり、次々とたこ焼きを奪っていく。


「バニーサンも一個もらうよ♪」

「わたしも~よろしいでしょうか~?」

「アツアツね」

「それじゃ、ボクもひとつ」


「「「「美味しいっ!」」」」


「私のたこ焼きソウルフードが!?」

 六つでひと皿のたこ焼きは早くも最後の一個となる。

 ナガミミは残りを死守しようとするが、警戒外の方向から伸びた手がそれを奪い去った。


 犯人であるアカツノである。

 彼女は行儀悪く手づかみで奪ったそれを口に放り込んだ。


「なるほど……、確かに美味いな」

 手についたソースを舐めとりながら感心したように言う。


「おまえの世界にゃ、いろんなもんがあんだな」


「たこ焼きのことか?」

「さっきの本もだ」


「だからって、その全てが良いものとは限らないけどな」

 だったら、俺はわざわざ異世界に足を運んだりはしない。

 現世界が便利なことは認めるが、そのすべてが自分に有利に働くとはかぎらないのだ。

 

 少なくとも、俺のような偏屈者にとっては空回ることも多い。


 もっとも……、

 仮に俺がこの異世界での定住を願ったところでそれを叶えるのは難しい。

 俺の特技は限られた場面でしか活用できないのだ。職にありつくことすら難しいだろう。

 生まれた世界から旅立つのは容易ではない。



「酷いっ、客が注文したものを店の人間が奪うとかどんな詐欺よ!?」

「うるせえな、わーってるよ。シロミミ、もうひと皿こいつに……」


 ナガミミからの抗議にアカツノがめんどくさそうに答えていると、外からカンカンと大きな鐘の音が鳴り響いた。


 その鐘の音が響いた瞬間、店の空気が一変する。


 まっさきに動いたのはナガミミら女性五人組の冒険者だった。

 近くに置いた武具に手をのばし、すぐさま店外へと駆け出す。


 他の客たちは、料理を口のなかに押し込んで後を追った。

 冒険者とちがい後者に緊迫感はなく、物見遊山にでも行くようだ。


「この鐘は北東エリアだな」

「なにが起こってるんだ?」

「それは見てのお楽しみってやつだ」

 アカツノは楽しげに立ち上がると、俺の手をにぎり店外へと出た。

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