4◆異世界焼き魚(後編)

「いらっしゃいませ~」

 十人も入れば一杯になりそうな手狭な店内に客はいなかった。

 寒々しい店の中で、俺たちを出迎えたのは割烹着の店員ただひとり。


 そして店員を見て俺は息をのんだ。


 間延びした口調とウエイブのかかった長い青色の髪。割烹着の上からでもわかる豊満なふくらみ。

 その店員は異世界の住人であるウロコツキに酷似していた。


「うわっ、外国人ッスか? 髪、ちょ~綺麗ッスね」

「ええ~、そんな感じです~」

 無遠慮なガキみたいな質問に、店員はのほほんと答える。


 向こうは俺に無反応だが別人なのだろうか。演技をしている素振りはない。


「日本語、上手いッスね」

「練習したので~」

 そんな会話で、彼女が日本語を話しているという事実に気づく。


 ウロコツキ本人なら、こうも流暢な日本語は使えまい。

 だが、他人の空似と言うには似すぎている。


「先輩、おっぱいばっかり見てちゃ失礼ッスよ」

「おまえが俺に失礼だ」

 小声で指摘する後輩の妄想を否定する。


「あたしだってFなんすから、みるならこっちにしてください。恥ずかしい」

「恥ずかしいのはおまえの脳味噌だ」

 なんでこんなヤツをうちの会社は採用したんだ。


「あの~、お客さまでいいんですよね?」

「ああ、ふたりだ」

 反射的にそう答えてしまった。ここまできたら腹をくくるしかあるまい。


「本日は~焼き魚定食のみの提供になりますが~よろしいでしょうか~?」

「魚の種類は?」


「えっと~、大きな魚です~」

「ざっぱッスね」

 後輩が笑う。


「すみません、あんまり名前に詳しくないもので。でも美味しいから安心してくだいさい」

「ほんとっすか? この人味にうるさいですよ」


 俺がうるさいのは味ではなく、異物混入と手抜きに関してである。

 初対面の相手にそこまで説明する必要はないが。


「まぁいい、ふたり分たのむ」

「賜りました。それでは少々おまちください」

 店員は、お茶とおしぼりを出すとカウンターの向こうに移動した。



 割烹着の店員は大きな七輪を用意すると、そこに火のついた炭を移す。

 焼き網が温まったのを確認すると、大きな魚の切り身をそこに乗せ、火の様子を見ながらパタパタと内輪で小さくあおぎはじめた。


 手間のかかった手法だ。

 これでは時間がかかって数がこなせないだろうに。


 味のために手間を惜しまない料理は客としてありがたく思う。

 だがこんな非効率なやり方で売り上げは大丈夫なのだろうか?


「そういえば、ここの店名ってかわってるッスね。お国の言葉ッスか?」

 細かく団扇をあおぐ店員に後輩がたずねる。


「いえ~、こちらの童話からいただいたんですよ~」

「人魚姫か」

 六人いる人魚の王の娘、その末の名前がシレネッタだったか。

 のどの引っかかっていたものが、ようやくとれた。


「そ~です~。私は退屈だった故郷を飛び出して~この国に来たんです~。だから主人公にちょっぴり共感して~」


「ご家族とか反対されなかったッスか?」

「うちは放任主義なもので、そのあたりは大丈夫でした~。

 簡単ではないですけど、帰れないこともないですし~」


「大変ッスね」

「ええ~、自分の店を構えるまであちこちで修行しました~。

 でも~本当にいろんなことがちがってて目まぐるしいくらいでした~」


「たとえば、どんなところがちがいます?」

「そうですね……男の人がたくさんいることですね」


「ほほう?」


「むこうじゃ、男同士とか考えられませんでしたから」

 突然鼻息が荒くなる。


「男同士いいですよね!」

「はいっ!」

 どういう訳か女同士が腕を組んで結託した。


   †


 黒塗りの盆に焼き魚を中心とした食事が配置される。

「美味しそうッスね」

「そうだな」

 見た目は鮭に似た切り身だが……通常よりもふたまわり程度大きい。それに鱗のあたりもやけに丈夫そうだ。


――これって、異世界の魚じゃないか?


 そう思いはしたが口にはしない。


 すでに異世界素材はなんども口にしている。

 いまさら恐れる理由はない。


 後輩は普通の魚とのちがいを気にしていないようだ。


「いただきます」


 両手を合わせてから、魚に箸を伸ばす。

 身を摘んで口に運ぶと、塩で味付けされた魚の風味が存分に広がってくる。


「美味いっ」


 セットで出された味噌汁も風味豊かで美味かった。

 漬け物はほどほどだが、ご飯を上手に引き立てっている。


「気に入っていただけたら~うれしいです~」

「先輩はお世辞とか言う機能がついてないんで信用して大丈夫ッスよ」


「まぁ~ほんとうですか~?」

 確かにそのとおりだが、その説明では俺が偏屈みたいじゃないか。


「ところで、この魚は地元から送られてるんですか?」

 どうやって? という言葉は飲み込む。


「いえ~、お恥ずかしいことに自分で捕まえてきたんです~。

 鮮度に関しては~ちょっとした秘伝を姉から教わったので……」


 後輩は「すごいッスね」と無邪気に喜んでいるが……その秘伝とは向こうでウロコツキが使ってた魔法のことだろうか?

 姉が冒険者で蛸を捕まえて料理屋に卸し、妹は魚を捕まえつつ自分で小料理屋を経営しているのか。


「それにしたも、こんなに美味しいのに人がいないなんて不思議ッス」

 他に客のいない店内を見回す。


 こいつは歯に衣を着せることを知らんのか。


「そうなんですよ~、ときどき足を運んでくださる方もいるのですが~、なかなか常連さんは増えてくれないんです~」

 入店前に想像した通り、やはりこの店は流行ってないようだ。


 駅から離れた立地と、集客力のない営業方針が足をひっぱっているのだろう。

 例え提供する品がよくても、それだけで客を集めるのは難しい。


 なにかと忙しい現代人は、味よりも時間と値段に判断基準を置いてしまいがちだ。

 このままでは遠くないうちに、店を閉めることになるだろう。


「なにか店の目玉になるものがあればいいんだが……」

「それならここにドバーンときれいな巨乳お姉さんがいるじゃないッスか。コスプレでも水着でもジャンジャンお客が呼べるッスよ」

 せっかく味の良い店をイロモノにしようとするんじゃない。


「確かにそれで人は集まるかもしれんが、調理は誰が担当する。コスプレした店員が調理するだけで客は満足するものか?」

「目当ての相手が七輪にかかりっきりじゃ、確かにもの足りないッスね。だったら人を雇うとか?」


「人件費が跳ねあがるだろ」

 多数の客を相手にするなら当然の手法だが、この店しれねったの定員は十名ほどだ。加えて調理に時間がかかるため客の回転は必然的に鈍くなる。


 客が回らなければ売り上げはのびない。単純な理屈だ。

 4~5人の人員で100名超えの客に対応させているファミレスなどはまことに優秀な営業スタイルといえよう。勤めている側は大変だろうが。


「一食2千円くらいにすればいいッス」

「それで客がつくのか?」


「某所、オムライスが千円くらいッスけど、ドリンクやなんかつけると2千円くらいするから、いけるんじゃないッスか?」

「なるほど……だが、ちょっとまて」

 あらためて狭い店内を見渡す。


「七輪の数はいくつあります?」

「ふたつだけです~」

 女主人の言葉に俺は渋い顔をする。


 いまの客数なら十分間に合うのだろうが、数を増やす必要があるだろう。

 いや、単純に七輪の数だけを増やしても、そう簡単には手が回らんのか。


「とすると……お客さん2人に15分で料理出せるなら、1時間で8人。1万6千円の売り上げなら悪くないんじゃないッスか? オプションでお酒が出れば、その分売り上げがあがりますし」


「なるほど、人件費を1500で計算しても、現状よりマシになるか」


 それなら一考の価値はある。

 だがそれをあっさり否定したのは後輩自身だった。


「でも実際、2千円出したお客さんはもっと長居したくなるから、手狭なこのお店だとやっぱり厳しいかもしれないッスね」

「となると、やはりメニューから見直さなければならんか」


 この焼き魚定食を失うのは惜しいが、15分かけて二人分しか焼けないのではどうにもならない。

 そもそも本当に人が集まるかもわからないのだ。

 これは根本から見直す必要があるだろう。


「メニューにこだわりなどはありますか?」

「ん~、それほどではありませんが……やっぱり自分で採って~、調理したものを喜んでもらえるとうれしいですね~」

 そう彼女は良い笑顔で言う。


 何故か後輩が「スケコマシ」と彼女から見えない位置から俺の足を蹴り飛ばす。

 俺がなにをした。ただ営業の相談にのってるだけだろ。


「あのおふたりは夫婦でお店でもなさってるのですか~?」

「誰と誰が夫婦ですかっ」


 確認すると、女店主ののんきな顔から笑顔が消え去り青ざめる。

 しまった、いくら不快だからといって、おびえさせてどうする。


 俺は「こほん」と間をおいてから誤解を解く。


「いえ、たんなる職場の同僚です」

「そうなのです~?」


「はい、飲食業のプロという訳でもなく、単なるプログラマーです。

 仕事の都合上、注文や会計に関するアプリにも携わっているので、いささかノウハウを知っている程度です。だから先ほどの話も鵜呑みにせず、ただの世間話だと聞き流してください」


 正式にはSEシステムエンジニアだが、一般人にはプログラマーと言ったほうが想像してもらえやすいのでそう名乗ることにしている。


「そうなんですか~。でも本当に参考になりました~。またお話聞かせてくださいね~」

「先輩、これは営業トークッスからね」

 うるさい、おまえなんぞに念を押されなくともわかってる。


   †


「ごちそうさまでしたッス」

 食事をおごらせた後輩は上機嫌に言うと、いまさらになって店内をキョロキョロと見回している。


「トイレか?」

「先輩、デリカシー!」


 親切で聞いてやったのだが、酷い言い分だ。

 だが、店主にトイレの場所を聞くと「花摘みッスよ」と、そのまま店の奥へと消えていく。


 俺は待っている間に、会計を済ませておくことにした。


「ところで、ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

 ひとりになったのを好機と店主に話しかける。


「なんでしょ~?」

「あなたなら、お国の方にここからプレゼントを贈るとしたらなににしますか?」


「えっと~、それはあまり参考にならないと思うのですが~」

「それはこちらで判断させていただきますので」

 俺も異世界に行ったことがあるなど説明すると話が長くなるので省略する。


「そうですねぇ~。

 相手の趣味にあわせた本とか面白いかもしれません~。故郷にはあまり本がないので~」


「それだと文字が読めないのでは?」

「趣味の本なら~、絵や写真だけでも楽しめます~。

 逆に外国語のほうが~、格調高くみえたりすることもありますし~」


 その意見でふと疑問が解ける。


「ひょっとして表の看板も?」

「はいそうなんです~♪」

 現地人から見ればへんてこな平仮名の看板でも、本人はお気に入りのようだ。


「なるほど、参考になりました」

 ちょうど、そこへ後輩がもどってくる。


「あー、また先輩が女の人くどいてるッス」

「人聞きの悪いことを言うなっ」

 会計をすませると俺たちは店をあとにした。


「美味かったッスね」

「ああ」

 気軽にこられる距離ではないが、安心して食事ができる店が増えるのはありがたい。

 この店をつぶさないためにも、なにか上手い手を考えなければな……。

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