4◆異世界焼き魚(前編)

「なにやってんスか、こんなとこで?」

 休日の午後。澄みわたる秋空の下、ビル跡地で開催されたフリーマーケットにおいて俺を呼び止めたのは後輩だった。


「それはこちらの台詞だと思うが?」

 後輩はビニールシートに商品とおぼしき雑貨を並べ、その中心に鎮座している。


 犬系の獣人に見立てた付け耳に、メイド服をあわせた姿で……。


「あたしは友達の手伝いで売り子やってたッス」

「それでその格好なのか」


 売り子に若い娘を使う手法の有用性は世界のあちこちで証明されている。

 着ている服の選択が正しいのかまではわからんが手法としては間違ってはいない。


 だがしかし……彼女の周囲にあるアニメグッズとおぼしきイラスト付きの商品の並びは雑だ。

 いくらフリーマーケットとはいえこれで商売が成立するのか疑問である。


「これで売れるのか?」

「失敬なっ、売るわけないじゃないッス!」


「売らないのか?」

「売り物は午前中にちゃんと全部さばききったッス。いま並べてるのはあたしがここで得た戦利品の数々ッス」


 童顔に不釣り合いな胸を張ってそう主張するが、俺にはその価値が理解できない。


 まぁ、理解できぬものをどうこう言っても仕方あるまい。俺としても価値観のちがう相手に自らの主観を押しつけようとは思わない。


「先輩は、なに探しに来たんス?」

「別にどうだっていいだろ」

 そのまま立ち去ろうとする俺の袖を後輩が捕まえる。


「逃げなくったっていいじゃないッスか。スーツ以外私服の格好てレアだから、もっと衆目に晒しておくッス」

「こんなもん、紳士服売場にいけばいっぱい並んでるぞ」


「マネキンじゃダメッス。先輩が着てるってのがいいんッス」

 面白がるほど変か。俺の私服姿は。


「それでなにしに来たんすか?」

「ただの冷やかしだ」


「時間があったからって、休日にフリマに来るのは非合理的で先輩らしくないッス」

「たまたま前を通りかかったんだよ」


「通りかかったのはたまたまかもしれないッスけど、のぞいたのには目的があったからじゃ?

 先輩のことだから、具体的に欲しいものがあれば専門店に乗り込むか、ネット検索で良いものがないか事前調査を怠らないハズ。

 にもかかわらず、不確定要素の高いフリマに来たのは、そもそも『なにか欲しい』けど『なにが欲しいのかわからない』からッス。

 だから目的は『なにか』のヒントを探しじゃないッスか?」


 後輩の推理は恐ろしいほどに当たっている。

 俺はアカツノにハンバーグとオムレツの礼だとプリンを贈った。だがそれでは双方の贈り物が釣り合っていない。

 故にもう少しちがうものを贈り直そうと考えたのだ。


 こいつの言うとおり、フリマここに足を運んだのも、その『ちがうもの』のヒントを求めてである。


「そして人付き合いの悪い先輩の交友範囲は狭いにきまってるッス。それでいて先輩が贈り物に悩む相手と言えば異性。つまりは……」

 普段、短絡的バカな行動をとっていても、こうしてさりげないところで地頭の良さをみせつけてくる。本当に天才という人種はあなどれない。


 そう思いかけていたが……、


「先輩はあたしへのプレゼントを考えてたッス!」

 自信満々に宣言する顔があまりにムカついたので、俺は無言でチョップを落とした。


   †


「ひどいっ、パワハラッス!」

「今日は休日で、ここは会社ではない。よってパワハラは適用されん」


 涙目で訴える後輩を一蹴する。


「ぶ~」

「とにかく、俺はもう行くからな」


「ちょっと待つッス。すぐに片づけるッス」

 そう言って、戦利品だという荷物を雑に袋に押し込めはじめる。


「片づけてどうするつもりだ?」

「えっ? ふつうにご飯をたかろうかと思って。昼飯まだなんッスよ」


「どうして俺がおまえにおごらなければいけないんだ」

「散財しまくって手持ちなくなっちゃったんス」

「それは理由にならんだろ」


「いや~、たいへんだったッス。最後の最後にお宝を発見しちゃったから、所持金足りなくて。

 身につけてる物を足しにしてなんとかなったッス」


「身につけてるもの?」

「パンツッス」

 俺は二発目のチョップを落とした。


「いたっ、ちょっ、冗談に決まってるじゃないッスか」

「笑えない冗談はやめろ」

 おまえならやるかもと思っただろ。


「だいたい、こんなたくさん人が集まってるのに、堂々とパンツ脱いで交換なんてできないッスよ」

「常識的に考えれば確かにそうだな」


「だから、ハンカチを不足分にしてもらったッス。あと写メとられたけど、そのくらいで割り引いてもらえるならラッキーッス」

「それは常識の範囲を若干逸脱していないか?」


「そんなことないッス。無料で写真撮らせるレイヤーさんたちと同じッス」

 そういうものだろうか。


「それで、なに食べにいくッスか?」

 後輩はまんぱんにつまった紙袋を手に、当然のように俺のとなりに立つ。

 犬耳カチューシャとメイド服はつけっぱなしで、このまま帰るらしい。


「本当に無一文なのか? 交通費は?」

「ふた駅分くらい歩けば定期が使えるッス」

 まるっきり学生のノリである。


「先輩、ここであたしに飯をおごっておけば、アレッスよ」

「アレとは?」


「好感度うなぎのぼりッス」

「……なんら益があるようには思えないんだが?」


「ひどっ」

 酷いのは理由なく飯をたかろうとするおまえの根性だろ。


「じゃっ、仕方ないッス。衣装は借り物だから無理ッスけど、パンツなら……アウチっ!」

 スカートの内側に手を伸ばす後輩に三発目のチョップを落とす。


「やれやれ、その代わり店は俺が決めるからな」

 これ以上、馬鹿な会話を続けるよりは、要求を飲んでしまったほうがマシだ。

 俺は「了解ラジャッス」と元気よく答える後輩を連れ歩きだした。


   †


「ありませんねぇ。わがままな先輩を満足させてくれそうなお店」

「おまえだって、並びたくないとか文句を言ったろう」


「先輩、責任転嫁はよくないッスよ」

「どっちがだ」


 気づくと、駅からだいぶ離れた場所まできいた。

 あたりに食堂どころか店すらろくになく、まばらにみえる店はどれもシャッターをおろしている。


「一度、駅の方にもどるしかないッスね」

「そうだな」


 人混みに戻ると、通りすがりの人間からいきなり写真を撮られたり、見知らぬ人間から「彼氏の趣味かな?」などと、不快な目に会うが……このままではいつまで立っても目的が達成できない。


 仕方なく引き返そうとした時、俺の目は違和感をとらえた。


 確認するとそれっは貼り紙だった。


 白いA4の用紙に油性ぺんで『魚定食1000円』と書かれた貼り紙が引き戸に貼られている。


 小料理屋のようなたたずまいだが、屋号は平仮名で『しれねった』と書かれていた。

 どことなく聞き覚えのある単語だが……なんだったか。


 古びたビルの一階の店だが、リフォームされており小綺麗だ。

 だが、個人的にこの貼り紙のセンスには疑問を覚えざるをえない。


 消費税込みか抜きか明瞭にされていないし、その場しのぎのような手書き。

 だいたいこの手の値段は消費者心理を考慮して、980円などにとどめておくのが定石だろう。

 それに『魚定食』では、焼き魚か煮魚かわからないじゃないか。魚の種類も書いてない。


 要するにこの店は客を集めるための営業努力を怠っているのだ。

 そういったスタンスの店に入ると失敗するケースが多い。店内から客の気配を感じないこともそれを後押ししている。


 だがこの店はどこか気になる。それは一体なんなのか?


「ここにするッスか?」

「いや、まてっ」

 俺は後輩をとめるが、彼女は気にせずガラガラと店の戸を開ける。


「これ以上、待ったらおなかと胸がくっついちゃいますよ」

 財布を持たぬ後輩を食い逃げ犯犯罪者にしないためにも、俺はあとに続くしかなかった。

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