3◆異世界たこ焼き(後半)

「おい、シロミミ!」

 チビチビとプリンを食べていた白髪の少女。その頭部に生えた猫のような耳がぴくりと反応する。


「こいつらが、馬鹿やらないように見張っておけ。いざとなったら斬っちまってかまわねぇ」

 料理長からの物騒な指示にシロミミと呼ばれた少女は「了解しました」とごく自然に受け入れた。


 少女は俺たちのそばまでくると、無言でこちらをながめる。

 その視線は主にウロコツキの脚部に注がれているが……なにか理由があるのだろうか?


 そんなことを気にしつつも、俺たちは次の作業にうつった。


 五右衛門風呂のような大鍋を借り、大量の湯を沸かして塩を入れる。

 『灼熱の王座』では巨大な食材は珍しくないため、こういった調理具にはことかかない。


 大鍋の中にヌメりをとった足をゆっくりと湯の中に投下する。

 すると足は、少しずつ丸まっていった。

 

「こいつ、動くぞ!?」

「どんどんと~赤くなっていきます~」

 蛸が茹でられる様子にふたりの冒険者は興味津々である。


 頃合いをみて湯からあげると、蛸は見事な赤に染まっていた。


「さて、これを一口大に切り分けたいんだが……」

 包丁は貸してもらったが、素人の俺でこの巨大な足を上手く切り分けられるだろうか。


 ウロコツキとバニーサンにたずねるが、ふたりとも魔法職業のため刃物の扱いは不得意ということだった。


 だったら、当の前衛に頼もうとするが、ナガミミともう一人の女性は引き受けてはくれなかった。

 それどころか、耳を塞ぎ聞こえないフリまでしている。


「今回、前衛の人たちは大変だったの」

「それでも~、解体するのは手伝ってくれたんですけどネ~」

 なにがあったのかは知らないが、頼りにならないということだけは理解した。


「さっきみたいに、魔法でちょいちょいっと切るわけにはいかないのか?」

「切断はミミナガの得意分野なの」

 なるほど、魔法使いといっても得意不得意はあるんだな。


「とすると、やはり俺がやるしかないのか……」

 少々不格好になっても問題はないが、素材が不必要に痛むのは避けたいところだ。


 すると意外なところから声がかかった。

 シロミミだ。


「よかったら、私がやりましょうか?」

「いいのか?」


「はい、ただ眺めてるだけというのも退屈ですし、珍しい食材に触れられるのは私としてもありがたいですから」

 淡々と表情を動かさずに説明するが、尻から生えたしっぽは震えている。

 どうやら、まったく偏見がないというわけでもないらしい。


「なるべく大きさはそろえて切ってくれ。あと、先っぽは念のため処分だ」

 指示を聞いたシロミミは、手際よく蛸の足をサイコロ状に切り分けていく。

 近くに置かれたザルに蛸の山が積まれ、すぐに二つ目のザルにうつった。


 最初こそおぼつかなかったものの、見習いとは思えないほどよい手際だ。

 鮮やかな手際にみとれた俺は、途中でシロミミを止めるのを忘れた。

 いつの間にか無数のザルに蛸の山が築かれている。

 改めて確認するが、さすがにこの量は多すぎる。


――本当に全部食いきれるのだろうか。


   †


「さて、ここからがようやく本番だ……」

 無数の穴の開いた鉄板を火にかける。


 当然、異世界にたこ焼き用の鉄板などありはしなかった。

 そこはバニーサンの魔法で鉄鍋の形状を変化させることで対応した。

 これがなければ、たこ焼きからお好み焼きへ変更していたかもしれない。


 刷毛の代わりに、綺麗な布を丸めて油につける。それを菜箸で持つと温まった鉄板に油を塗りつけた。


 油を塗り終わると、今度は鉄板に作られた穴に、水で溶いた小麦粉を溢れるほどに流し込む。

 まずは試作なので、全部には入れない。

 とりあえず6個分でいいだろう。


 ジュッ


 水分と接触した油が音を立てて飛び跳ねた。

 すると、近くでみていたウロコツキにかかったらしく「あつっ」と晒された足を押える。


 治療行為なのか、シロミミが「舐めましょう?」と申し出たが、ウロコツキは「女の子同士は構わないのですが~」と言いつつも辞退した。


 ウロコツキは自らに『耐火』の魔法をかけた上にさらに鉄板から距離を置く。


 俺は、跳ねる油を腕にあびながらも、穴のひとつひとつに蛸を落としていった。


 生地がだんだんと固まり始めたところで、錘の代わりの竹串で線を引くようにはみ出した部分を切り分ける。

 穴に入った生地だけで焼こうとすると、生地が足りなくて綺麗な丸にならないらしい。


 だが、そうしたコツを抑えながらもたこ焼きは歪な丸にしかならない。

 固まりかけた生地を必死に回すが努力は報われず、形は綺麗に整わなかった。


   †


 いびつな丸に焼けたたこ焼きを皿に移して試食を開始する。


 最初の一口は本件の責任者として俺が食べることにした。


「いただきます」

 指先を合わせてから、竹串でソレを口に運ぶ。


――だめか


 残念ながら、俺たちの作ったたこ焼きは今一つとしか言いようがなかった。


 しっかり火は通っているが、逆に焼きすぎで妙に生地が硬い。

 焼き方が下手なのも問題だが水分調整も上手くない。妙にボソボソしていて、蛸の旨味が十分に発揮しきれていない。


 当事者である女冒険者ふたりも試食に名乗り出る。

 シロミミはこちらをジッとみつめるだけでなにも言ってはこない。


 悪魔の肉を口にするのは、調理よりもハードルが高いだろう。

 俺も善意の協力者に無理強いするような真似はしない。


「意外と美味ほひしーですよ♪」

 たこ焼きを口にしたバニーサンが楽しそうにほめてくれる。


「そうですよ~、そのまま食べるよりもずっと美味びみです~」

 ウロコツキもホフホフと口から湯気を出しながら喜んでくれた。


 だが、ふたりが賞賛は世辞にしか聞こえなかった。

 少なくとも俺にとってこれはたこ焼きではない。


 最初から上手くいくとは思ってはいなかったが、失敗はやはり悔しい。


「丸くならないのが不満なんですか?」

「ああ、そうだな」

 シロミミの質問を俺は曖昧に肯定する。


「だったら、私にやらせてもらえませんか?」


   †


 二回目の焼きは、やり方を見ていたというシロミミに任せることにした。


 水分を調整しなおした新たな生地を鉄板に流し込む。


 ジュッ


 再び鉄板が音を立て、生地に熱が通りはじめる。

 シロミミは額にあせを浮かべながらも、無表情に鉄板を見つめていた。


 そして、生地が固まりだしたのを見計らって「こうでしたね」と、竹串を動かしはじめる。


 蛸を切るときもそうだったが、シロミミの動きはとても素早かった。

 おなじ初めてでも、俺などとは比べものにならないほどに良い手際だ。


「上手いな」

「ありがとうございます」

 彼女は淡々と受け答えをすますが、ふと視線をおろすと彼女の尻から生えたしっぽが左右に動いているのに気づく。

 表情は動いてないが、この子も意外と楽しんでいるのかもしれない。


 しばらくするとたこ焼きが焼きあがる。

 

「おお、こんどはまん丸だね」

「なんだか~、別物っぽいです~」

 新たに焼かれた6個のたこ焼きに、バニーサンとウロコツキがそれぞれ感想を述べる。


 自分が失敗したことを年下の女の子にあっさり成功されると、複雑な気分だ。

 まぁ、しかしこれで成功の目処が立ったのだから良しとしよう。


「どうしましたか?」

「いや、さっきはこれを忘れていたと思ってな」

 シロミミの不信をそう言って誤魔化すと、持ち込んだビニールの中から新たに持ち込んだ調味料を取り出した。


「「これは?」」

「ソースという調味料だ。たこ焼きにあう」


 粘性の高い黒い液体をかけると、ずいぶんたこ焼きらしくなった。

 本来なら鰹節などもほしいところだがさすがに贅沢は言えまい。


 今回、料理法にたこ焼きを選んだのは調理が簡単――と言いつつ苦戦したが――なことと、このソースをアカツノに売り込むことが目的だった。


 塩・胡椒は保存が利くが、短期に大量に持ち込んではさすがに迷惑だろう。

 それを回避するために新らたな需要を作ろうというのがソースを持ち込んだのだ。


 そして幸いにも売り込むためのタイミングにも恵まれた。


「これで今度こそ上手くいくハズ……」

 そう願いを込めて、熱々のたこ焼きを口へと運ぶ。


 すると、熱気とともに賞賛の言葉があふれ出た。


「美味い」


 形は味に含まれないハズなのだが、シロミミの焼いたたこ焼きは俺のものよりずっと美味かった。


 水気を増やしたのが良かったのだろう、上手い具合に外はカリッと、内はトロッと焼けている。

 たこ焼きという名の小宇宙の中に、蛸の星々が広がっている。

 これでこそたこ焼きだ。


「ほんと、さっきよりもさらに美味しいよ♪」

「この甘辛なソースも~、良い感じですね~」

 続いて試食したバニーサンとウロコツキからも大絶賛を受ける。


 残った三粒をテーブルで待つ三人の女冒険者に届けると、やはり好評であった。

 ナガミミなど「本当に食べるの?」と嫌そうにしていたが、一口食べると評価を一変させ、すぐにお代わりを要求してきた。


 綺麗どころの集まったテーブルから歓喜の声が聞こえると他の客たちも注目しはじめる。

 気味が悪い映像をみた客たちはすでに退店しているので、素材の正体を知っているのは店の関係者だけだ。


 すぐに「こっちのテーブルにもアレを頼む」と素材の正体を知らない客たちが注文をはじめた。


 俺はそれを聞くと「頼んでもいいか?」とシロミミにたずねる。


「私が……いいんですか?」

 試作品を焼くのと、店で商品として調理するのでは責任がちがう。

 見習いの少女は視線で料理長の顔色をうかがった。


「おまえしかできねぇんだ。やれ」

 客の要望を優先したようだ。アカツノは渋々といった感じで許可を出す。


 それにシロミミは「はい」と答えると、急いで追加の生地を鉄板に流し込んだ。


   †


「ところで、あんたたちはこの肉が売れないことを知らなかったのか?」

 出来立てのたこ焼きをうれしげにほおばるナガミミにたずねる。


「いえ知ってましたよ」

 ソースで口元を汚したまま、あたりまえのように答えられた。


「だったらどうして……」

「それは~、あたしからお教えしますわ~」

 ウロコツキが口を挟む。


「こいつはウルトラ~ダイナミック~キング~オクトパス~(仮)っていう名前で~、あたしの故郷の村を荒らしてた怪物なんですよ~」

 ウロコツキが言うには、オクトパス討伐を身内価格で安請け合いしたものの、戦闘で破損した武具の修理代や魔法の触媒で足が出てしまったらしい。

 

 被害にあった村から追加報酬をもらうことも、他に代用できるものもみつからなかった。

 そこで無茶を承知で、蛸の肉を『灼熱の王座』へと売り込んだということだ。


 ウロコツキが他のメンバーよりも熱心に売り込んでいたのもそのあたりが理由か。


「あやうく~、身体を抵当に入れられるところでした~」

 そう彼女は言うが、どこまで本当かは判断できない。


   †


 たこ焼きの調理法を習得したシロミミは休む間もなく焼き続ける。

 室内に充満した独特の匂いが後押しをし、注文は絶え間なく続いていた。


 ザルに山をつくっていた蛸の足はほどなくして消えた。

 まだひと山だけだが、このペースでいけば、切った分くらいはすぐに消費できそうだ。


「あの、私もいただいてもよろしいでしょうか?」

 注文が一区切りし、手が休まったシロミミがたずねる。

 長時間、火の前で焼き続けていた彼女は汗でぐっしょりだ。


 ひたすら焼き続けていたせいで、試食するタイミングを逃したようだ。

 一番の功労者をほっておくなど、俺も気がまわらない。


 すぐさまOKを出そうとするが、ふと思いとどまった。


――猫に蛸って食わせていいんだったか?


 携帯が使えれば即座に調べられるのだが、生憎と異世界にまで電波は届いていない。

 加熱調理すれば問題なかったように記憶しているが自信はない。


 そもそも彼女の体質が人間よりなのか猫よりなのかもわからないのだが……。


 シロミミはこちらをみている。

 ここで安全策をとるのは簡単なことだ。


 だが、ここでダメと言って蛸への不信が生じるのは歓迎できない。

 それにシロミミが俺の目の届かないところで蛸を食べないとも限らない。


 だったら、回復魔法の使えるウロコツキがいるうちに試して置くべきだろう。

 俺は「1個だけ」ととりあえず許可をおろす。


 シロミミはフウフウと念入りに息を吹きかけてからたこ焼きを口に運んだ。

 すると突然床を転げまわった。


「おい、大丈夫か!?」

あふいれす」

 あれだけ冷ましてもまだ熱かったらしい。


 だが味は気に入ったらしく「れも、美味ほひしいれす」と涙目で言った。


 どうやら、最初に試食を断ったのは猫舌が原因のようだ。

 そのせいで、つまみ食いもできなかったのだろう。


「そんな他人事に言うな。キミが調理したんだから、もっと誇って良い」

 そう言って、耳の生えた頭をなでてやる。

 小さい子にやる仕草だと失敗に気がついたが、目を細める様子からして嫌がられてはいないようだ。


「なんか、おまえら楽しそうだな」

 アカツノが冷めた視線を俺に向ける。

 職場を荒らされたせいか、今日はほとほと機嫌が悪い。


 俺は皿に残ったたこ焼きを、誤魔化すように上納する。


「ふむ、悪くない」

 アカツノの反応は悪くはなかった。


 そこで俺は切り出す。

「残り食材についてなんだが……」


 確かに蛸の見栄えは悪いが、小分けにして衣に隠したので問題ない。

 味に関してはみな良いと言ってくれている。

 これだけ結果を出せば蛸の購入を拒否する理由はないハズだ。

 俺はそう計算していた。


 だが、無情にも彼女はそれを断った。


「なんでですか!?」

 料理長の判断に、まっさきにかみついたのはシロミミだった。


 下っ端の口答えに不満だったのか、アカツノの目に不愉快さがみてとれた。

 それでも少女は引き下がらない。


「せめて理由を教えてください」

そいつを美味く食わすための、材料が足らん」

 そう言って、一本しかないソースをつまみあげる。


 それは盲点だった。

 ソースなど自世界に帰ればいくらでも手にはいるが、ここではそうはいかない。

 かといって、作るにしても一長一短にはいかないだろう。


 だがしかし、それには簡単な解決方法がある。


 俺が次回の来店時に新しいソースを買ってくれば済む話だ。


 幸い魔法のおかげで食材の新鮮さはキープできる。

 ウロコツキ曰く、蘇生予定の死体を腐らせないための保存魔法を応用している……とのことだ。

 凍らせなくとも鮮度が保てる技術はうらやましいな。


   †


「ブッチョウズラさんありがとうございました」

 そう言ってシロミミが猫耳の生えた頭を深々とさげる。

 普段、調理に関われない見習いにとって今日の体験……なによりも多くの客に「美味い」と喜ばれたことが嬉しかったらしい。


「礼を言うのは俺のほうだよ。美味いたこ焼きをありがとう」

 手頃の位置にあるせいか、つい彼女の頭の手を伸ばしてしまう。サラサラな髪の手触りは良い。


 続けて女冒険者たちもシロミミに礼を言い彼女の手際を誉めていた。


 彼女らはアカツノの許可を得て、無事に悪魔の肉と言われた蛸を買い取らせることに成功したが……相当買い叩かれたようだ。

 どうもその理由は悪魔の映像で客を追い払った件や厨房を水浸しにした件が影響しているらしい。


 ことの顛末を見届けると、俺もそろそろ撤収しようとする。

 すると、いつぞやのようにアカツノに呼び止められた。

 一度は料理長が「いらない」と言ったものを、強引に売り込んだことで不興を買ったのだろうか。


 懸念が頭をよぎるがそうではなかった。

 単に「次はいつくる」という確認だ。


 ソースがなければたこ焼きの売れ行きは制限される。

 だから早い補充を望んでいるにちがいない。


「仕事も一段落したからな、ゲートの都合さえつけば、すぐに来させてもらう」

「そうか、とっと来いよ」


「それとだ……」

「まだなにかあるのか?」


「次はちゃんと俺様の料理で腹を満たしてやるから覚悟しておけ」

 ほんとうにアカツノは負けず嫌いである。

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