3◆異世界たこ焼き(前半)

 実のところ後輩は優秀なSEシステムエンジニアである。

 他のエンジニアよりも作業が格段に早く、組んだシステムは余分がない上に独特な使いやすさがあって客からの評判もよい。

 ただし、客の依頼から逸脱したシステム設計は、本来ならクレームを受けても申し開きできない代物である。


 そこでトラブルが生じないよう立ち回るのが悪魔顔の臨時営業主任の仕事だ。

 ヤツが「これは良いものです」と顧客に説明することで、本来ネガティブであるハズの要因がポジティブな要素に転化させる。

 ときどき腹立たしくもなるが、おなじプロジェクトにいるときは頼もしいかぎりだ。


 もっとも、それだけで問題点がすべてが解決するわけでもないが……。


 後輩はこともあろうに仕様書もロクに書かず、勘任せにプログラムを打ち込みはじめるのだ。

 早さの秘訣はそこにあるのだが、仕様書もなく、従来とはちがう手法で組まれたプログラミングは解読を困難とする。

 さらに雑でおおざっぱなタイピングのせいで多くのバグも多い。


 結果、デバッグ作業に多大な労力を割く必要性が出てくるのだが……そこで俺の出番となる。


 俺は食い物だろうが文章だろうが、不純物に過敏な反応をしてしまう。

 時にそれは、他人の粗探しにつながる嫌われ技能だが、それでもデバッグ作業には大変役立っている。


 故にデバッグ作業の大半を俺一人で受け持つことになり、その結果極限まで精神と体力を削られることになるのだ……。


   †


「これで一段落だな」

 デバッグをすませたシステムが正常稼働するのを確認する。


 納品前の最終チェックや納品先での動作確認など、まだすることはあるが後日の話だ。


 眼鏡を外し、手をあてるとこめかみのあたりがコリすぎていて膨らんでいるのがわかった。

 ゆっくりもみほぐすと、そこにつながる神経の形がわかるようだ。


 それでもいくらかマシである。

 いつもなら納期開けは寝込むくらいに消耗しているが、今回は差し入れのおかげかそこまで酷くはない。


――これなら寄り道しても問題なさそうだな


 部署の戸締まりを済まして会社を出ると、近くの店々で買い物をしていく。

 それが済むと俺は自宅とは反対方向――繁華街へ向かった。


 夜気と怪しげな光が混じり合う通路を客引きの誘いを無視しながら虱潰しに歩く。

 しかし目当てのものはなかなかみつからない。


――今日はダメか?


 そうあきらめかけた頃になり、ようやく異変を察知する。

 ビルとビルの合間の風景がわずかな歪んでいるのを発見した。


 臨時営業主任曰く、雑多な場所にはこうした歪みが発生しやすいのだという。

 そしてそれは本来あり得ないようなトラブルを引き起こすが……俺はそれを逆に利用する。


 誰にも見られていないことを確認すると、俺はそこに足を踏み入れた。


 一瞬の浮遊感。

 たったそれだけのことで、周囲の風景が異世界の裏路地へと変化していた。


――どうやら、今夜も美味い飯にありつけそうだ。


 俺は懐から取り出した白銀色の指輪を自らの左手にはめると、『灼熱の王座』を目指して足を動かしはじめる。


   †


「また出来立てのゾンビみたいなツラしてきやがったな」

 カウンターの向こうから俺を出迎えたのは、この店の料理長であるアカツノである。


 赤い虎柄のチューブトップをまいた角付き料理長は、部下たちの三倍の早さで調理をすすめている。


 それほど混雑してはいないが、注文が彼女に集中したのだろう。

 なかなかに忙しそうだ。


 俺はアカツノの邪魔をしてはいけないと、近くで給仕をしていた少女を呼び止め、「みんなで食べてくれ」と差し入れを手渡す。

 少女は獣人で白髪の間から猫のような耳を、尻のあたりからは尾を生やしていた。

 以前、ドラゴンの肉を運んでいた見習いの子だが、仕事の合間に給仕もしているらしい。


 生ものなので、日持ちしないことを伝えると、手の空いている料理人からそれを手にとるが……プラスチックのスプーンや容器を不思議そうに観察するだけで、なかなか食べはじめようとはしない。


 ドラゴンの肉すら調理する料理人たちでも異世界の料理を口にするのは躊躇するのだろうか。

 そもそもこの世界にプリンはないのか?

 あるいは世界的には存在してても、肉料理を主体とするこの店では馴染みが薄いだけなのかもしれない。


 そうこうしているうちに、仕事を片づけたアカツノやってくる。


「へー、ブッチョウズラの土産か」

 彼女は面白そうに観察したものの、異世界の食べ物をなんら躊躇することなく口に運んだ。


 その瞬間、彼女の顔つきが変わる。


 ちょっと楽しげで、嬉しそうな表情。

 そしてぽつりと「甘い」と口にし、カップに残るプリンを一気に平らげた。


「これは卵と砂糖とミルク……それと匂いづけになにか入ってるか?」

「まぁ、そんなところだな」


 自分で作ったことがないので、細かなレシピまではわからない。

 自世界なら携帯からネット検索で調べられるだろう、異世界ここに電波は届いていない。


 何気なく二個目に手を伸ばすアカツノを見て他の料理人たちも急いで食べはじめた。

 料理長を毒味に使ったのだろうか。


 たしかに剛胆で体力自慢の彼女よりも毒味の適役はいないように思える。

 だからといって彼女が食べて平気なものが、他者もおなじように平気だとは限らない気がするが……。


「オムレツの礼だ。卵つながりで選んでみたが、気に入ってもらえたなら幸いだ」

「ああ、こういう上品な食い物も悪くない」

 プリンの個数が残りわずかになったのを確認すると、アカツノはゆっくりと味わうようにペースを落とす。


「ところで、あのオムレツってなんの卵で作ったんだ?」

「バジリスクって、トカゲの親戚みたいな怪物だ。

 にらまれると身体が石になっちまうやっかいなヤツだが……偶然市場に出回ってるのを見つけてな。確保しておいた」

 察するに、とっておきの材料を使わせたようだ。

 プリンくらいでは釣り合いがとれないかもしれん。


「代金はエイギョーのヤツにふっかけておいたから気にすんな」

 プリンを平らげたアカツノはそんな冗談を残して厨房へと戻った。


   †


――さて、今日はなにが食えるのやら

 心弾ませ、カウンター端いつもの席で待っていると背後から柔らかな衝撃を受けた。


「ブッチョウズラさん~、助けてください~!」

 声の主は、半透明な布地を身体に巻き付けた女性だった。

 アカツノ同様に露出度が高い衣装を着用しているが、彼女とちがって女性的な柔らかさがある。

 青味がかった長い髪が印象的だ。


「キミは?」

 エルフの女冒険者の仲間だと記憶しているが、それ以上の面識はないはずだ。


「ウロコツキって~呼んでください~」

 語尾を伸ばしながら自己紹介すると、そのまま説明に入る。


「酷いんです~。鬼料理長が意地悪してあたしたちの持ち込んだ食材~、買い取ってくれないんです~」

「どういうことなんだ?」

 アカツノにたずねると、ことの経緯を簡単に説明してくれた。


「こいつら、『悪魔の肉』を売り込んできたから断ったんだよ」

「悪魔の肉?」

 そんなものまであるのか。


「それは~偏見です~。うちのほうじゃふつうに食べてるんですから~」

「それに東方の島国じゃ、アレを食べてそうですよ。見た目はちょっとかなり絶望的に悪いですけど……」

 仲間ウロコツキの訴えに金髪のエルフ――ミミナガが弱々しく援護する。


「だったら、そっちまで売りにいってこい。ここじゃ注文客のするヤツがいねーのに、そんなもん買えるか。スライム退治から出直せボケ」

 アカツノの言葉に、店内にいたスライム状の客がプルルンと身体をふるわせた。


 ウロコツキは涙目で俺に訴えるが、アカツノの言い分が正しい。

 商売をしている以上、不利益を避けるのは当然だ。

 簡単に情にほだされては店の経営を傾けさせ、従業員を路頭に迷いかねない。


「それにしても悪魔の肉か」

 異世界というのは不思議なものであふれているな。ここの住人にとっては俺たちの世界の方が不思議なんだろうが。


「興味ありますか~!?」

 ウロコツキは必死に売り込もうとする。


「まぁ怖いもの見たさ的には」

「でしたら~、バニーサン~!」


 呼ばれて「は~い」と、返事をしたのはたのは桃色の髪の隙間から黒い兎耳を生やした獣人族の少女だった。

 自世界で言うところのバニーガール的な姿をしている。

 外見的には十歳前後に見えるが、冒険者ということはすでに成人しているのかもしれない。


「は~い、バニーサンにお任せだよ♪」

 なぜか、ブイサインでポーズを作るってからステッキ片手に「ピョピョンピョンピョン~」と、呪文の詠唱に入る。

 そして魔法が発動すると、なにもない空間に悪魔と呼ばれる巨大な怪物の姿を投影してくれた。


 それを見て俺は落胆した。


 何故なら悪魔と忌まれた怪物の正体は、日本人には見慣れた『蛸』だったからだ。


   †


 頭と見間違える大きな胴体。一対の目がついた頭部の下からは無数の吸盤がついた八本の触腕。

 ディテールに若干のちがいはあるものの明らかにそれは『蛸』だった。


 そういえば、ヨーロッパの一部地域じゃデビルフィッシュと呼ばれて嫌われてたか。

 鱗のない魚は食っちゃいけないと、教義的に蛸を禁止している宗教もある。

 こちらの世界で忌避されていたもなんら不思議ではない。


「別に毒があるわけじゃなんです~。

 あったってあたしが蘇生魔法で責任をもって生き返らせますから~。

 これを買ってもらえないと~、あたし~大変なことになるんです~」

 俺の落胆を感じとったのだろう、ウロコツキは必死に弁明する。


「おまえら、いい加減にしないと『灼熱の王座』ウチ出入り禁止にすんぞ」

 機嫌を損ねたアカツノが、ウロコツキをにらみつける。

 なぜだか一緒にいる俺まで息がつまりそうだ。


「まぁ、まってくれ、アカツノ」

 なんとか言葉を吐き出すと提案をする。


「俺が食う分だけなら買い取ってやれないか?」

「ブッチョウズラ……おまえ、マジで食う気かよ?」


「まぁ、なんとかなるだろ」

 見切り発車は性に合わないが乗りかかった船である。


 彼女らにはわずかながらに縁もあるし、なにもせずに見捨てるのはさすがに忍びない。

 アカツノが職務上の理由で彼女らを救えないのなら、それに縛られない他の者が善意の手をさしのべてもいいだろう。


 それに異世界の蛸が気にならないといったら嘘になる。

 勝算がないわけでもない。


 だが、浅はかな判断はすぐに後悔に変わるのだが……この時には気づけなかった。


   †


「俺は手伝わないからな」

 アカツノはそう条件をつけたものの、厨房の隅で調理することを容認してくれた。


 それには客席一面に投影された悪魔の映像が客を退けてしまったのが影響しているのかもしれない。

 真実を追究するのはやめておこう。


 上着を脱いだ俺はシャツの袖をまくり、五人の女性冒険者のうちふたりと借り受けた場所に陣取る。


 ひとりは俺に泣きついてきたウロコツキ。

 水住族だという彼女は回復魔法の使い手らしい。

 液体っぽさのある独特な生地を身体に巻いている。

 生足を晒すような格好で冒険者などして大丈夫なのだろうか。山道に入っただけで傷だらけになりそうだ。


 もうひとりは魔法使いであるバニーサン。

 ぶっきらぼうなアカツノもバニーサンと呼んでいたので、サンはおそらく敬称ではない。

 フワフワな桃色の髪の隙間から黒い兎耳を生やしている獣人の少女である。

 彼女の衣装は自世界でいうところのバニーガールに酷似しているが、古来より伝わる民族衣装なのだという。


 場所の都合からも、協力者はこのふたりだけ。

 売り込みの援護をしていたナガミミは厨房に入ろうともしなかった。


「ところで、その悪魔の肉とやらはどこに?」

 店内を見渡すが蛸の足すら見当たらない。

 まだ納入してないのだろうか。


 すると、バニーサンが「まずは一本」と前置きして呪文の詠唱しはじめた。


「一本?」

「魔法でも圧縮しきれないので~、分割保存したのです~」

 ウロコツキの解答にようやく自分が浅慮であったと気づくが……既に手遅れだった。


『解放』リリース

 魔法使いバニーサンが指先をテーブルに向けると、そこに蛸の足が現れた。


 案の定、それは俺の知ってる蛸よりも格段に大きく、丸太のように太くて長い。


「……なるほど、たしかにコレは悪魔っぽい」

 これほどまでに大きいと1本消費するのも大変だ。


 残りの足と胴体に関してはとりあえず考えるのをやめよう。


   †


「たこ焼きを作ろうと思う」

 いくつかの理由で俺はそう提案した。


「たこ焼きって~なんですか~?」

「バニーサンも聞いたことないよ?」

「俺の国の名物料理だ。調理が簡単な上に美味い」


 全部の材料は集められないが、小麦粉と水があれば体裁は整うだろう。


「まずは、この足を一口大に……」

 と思ったが、その前にやることがあった。


 目の前の蛸はスーパーで購入するものとはちがって下拵えをされていない。

 まだヌメりけと生臭さを漂せているのだ。

 このまま調理しては失敗が目に見えている。


「まずはこのヌメリをとらなきゃだな」

 蛸のヌメりは塩で擦ってとるものだが、これだけデカいと俺が持ち込んだ塩を使い切っても足りないかもしれない。

 いきなり挫折しそうだ。


 バニーサンも「これに触らなきゃなの?」と笑顔をこわばらせている。


 しかしそれは、ウロコツキが提案によって解消された。


「それだったら~、あたしにお任せです~♪」

 ウロコツキが手をあげて主張すると厨房で魔法の呪文を唱える。


「ピチャピチャ、ピチャピチャ、水の子ら。

 汚れをピカピカ流しちゃって♪ 『洗浄』クリーナー


 魔法が発動すると、どこからともなく大量の水がわき出して蛸にかかる。

 それはヌメりをドンドンと除去していった。


「便利だな」

「水精族のウロコツキは水や浄化の魔法も得意なの♪」

 バニーサンの誉め言葉に「えへん」と胸を張るウロコツキだったが……それは完全とは言えなかった。


 確かに蛸のヌメりは綺麗にとれた。

 だが、排水量を考慮していなかったため、汚れた水が溢れて臭いとともに厨房内に広がっている。


「おいテメーら、なにしてやがる?」 

 鬼の形相をした料理長が怒りを露わにする。


 ウロコツキの「テヘッ」で許されなかったのは当然と言えよう。

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