出会い、別れ、振り返る。
ユキノシタ
1 / 出会いはいつも、偶然に。
「よし。今日の仕事はここまでかな」
私は伸びをするとパソコンの電源を落とした。この仕事を始めて、もう2年になる。飽き性で根性なしの私にしては長続きしていると思う。それもこれも、全ては家族のおかげだ。
私の両親は、私が小学生の時に事故でこの世を去った。そして私はこの家で祖母に育てられた。その祖母も、今では写真の中で笑っている。それが丁度4年前のこと。あれから私は1人、この家に住んでいる。幸いにも、3人の遺産が私を生かしてくれていた。
その遺産に甘えてばかりではいけないと、高校を出てすぐ働くことを決意し、今に至る。働きに出たくても出られない私は必然的に内職の道を選んだが、それは私に合っていたらしく、今もきちんと続けられている。
私はずっと座っていて硬くなった腰を回し、閉め切っていたカーテンを開けた。昼にも関わらず暗かった部屋に暖かい光が差し込む。それが眩しくて思わず目を瞑った。
ふと、どこからかお腹の虫を鳴かせる匂いがした。目を瞑った私の妄想がそう思わせるのかとも思ったが、頬を撫でていく風を感じる。
私はゆっくりと目を開け、部屋の中を見渡した。閉め切っていたはずの窓が、1つ開いている。
私は窓のそばに寄り、それを閉めようとした。流れ込んでくるその懐かしい匂いが私の涙腺を緩ませてくるのだ。
窓の外はやけに賑やかで、どうやら空き家だったお隣の家に人がやって来たらしかった。この匂いも、その家からだった。
窓に手をかけた時、丁度、荷物を運び入れている途中の人と目が合ってしまった。
「どうも、こんにちは。今日、ここへ引っ越して来ました。……あ。すいません、こんな格好で。また後で改めてお伺いしますね」
久しぶりに人から笑顔を向けられた私は、こんな時どうすればいいのか忘れてしまっていた。取りあえず、ひとつ頷いた。
内職を始めて視力が悪くなり、眼鏡をかけているのだが、いつもはウザったいだけのそれに今は感謝しかない。その小さなガラス越しに見えた彼の姿は、どこか懐かしかった気がする。
懐かしいもので満たされたこの空間から逃れたくて、私は急いで窓を閉めた。
家の中には、しばらく懐かしい残り香が漂っていた。それが私の家の冷たい匂いと混ざり、妙に生温い。胸の奥がざわつく感じがして、私は洗い流そうとシャワーを浴びた。
シャワーから上がり、着替えたところでインターホンが鳴った。一瞬聞き間違いかとも思ったが、再び聞こえたそれに現実なんだと知らされた。嫌々ながらも玄関から顔をのぞかせる。
「……はい」
「あっ、どもっ! 隣に引っ越して来た者です!」
さっきの人とは違う人はそう言った。さっきの彼だけが引っ越して来たわけではないらしい。やけに元気なその人は、私の顔を見ると驚いた顔をしたまま黙り込んでしまった。そこまで露骨に嫌な顔をしていただろうか。
丁度、角度的に見えていない所から声がする。
「おい、
さっき笑いかけてきた人の声がした。その声に、周りの空気が懐かしさを浴びた。ベタベタと肌にまとわりつくそれは、次の声に、その濃度を増した。
「よろしく、お願いします」
ドアの向こうにいるはずの声の主に、私の顔が見えていないのが幸いだった。さっきまで嫌で仕方のなかった空気が今では心地よく感じる。
懐かしいその顔を見るために、私はドアを大きく開けた。
そこには、いつかの幼馴染みの姿があった。
出会い、別れ、振り返る。 ユキノシタ @Tukina_Kagura
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