私と幼女と三人と
子供というのは、覚えた言葉を直ぐに使いたがる。いや、何でも興味のある言葉を覚えてしまうと言う方が正しいのか。
誰だ。犯人探しをする。
みなが首を横に振る。あのような言葉を子供に吹き込んだのは誰だ。
自分ではありませんよーとある者は他のメンバーに罪を譲るよう笑顔を振りまく。ある者はそんな事言って聞かせるのは普段から行いと、口の悪い彼だろうと華麗に推理する。
果たして。
ゆゆちゃん(8歳)にその言葉を教えたのは誰か。
唐突もないレッテルを数分前に男に貼った彼女は、今も一同を混乱の極みに突き落とす。
ゆゆちゃんにあのような言葉を教えたのは誰――?
「しゃこはホモなんだよね!? あーーーーん」
一人の男をいきなりホモ扱いした挙句、更に両手でえーんと大袈裟に泣く真似をする。
「はぁぁ?」
名指しで不名誉(その当人にとってはであり、差別ではない)を被った赤い髪の彼は、牙を剥き出しにして物凄く不愉快そうに腹を立て「それはこいつの事だろッ!」と親指を隣の友人に向ける。ぴっぴと何度も。
「誰だよホモなんて教えたのは……」
いやまずホモ疑惑を解消するべきではないか? と私は思うのだが、赤い髪の彼にホモを擦り付けられた友人は、華麗にスルッとスルー(とここで自分で笑い)して問題点を原点に返した。大人なのか事実だったのか(……定かではない)
「それ多分……ククッ」
落ち着いたチョコレート色の和服の子が、笑いを堪えながら、また思い出して、口から息を零して、そして赤い髪の彼に睨まれていると気が付いて、いずまいを正してから真面目に解説する。
「ルイルイだね」
「やっぱりか」
「だよな」
ぽんぽんと一同から納得の頷きが現れる。もちろん私も、首を縦に行き来させ、今もえーんえーんとやり続ける子供に目をやる。
「ルイルイって見境ないからなんでも白昼堂々話しそう。子供に不適切な言葉を聞かせるのも平気でやりそうだよ」和服の子が肩を竦める。
「あのクソならやるな。あいつ人の事勝手にそんな風に言いふらしてんのかよ……」赤い髪の彼がため息を吐く。
「ところで、何故ゆゆりちゃんは泣いているの?」最後の友人だけは、一人放置された子供に視点を変え、近くによって背中を撫でる。
「ひーん……だってしゃこはホモだから! おんなのこのことキライなんだって! イヤなんだって! ゆゆはおとこのこじゃないからだめなんだ! えーん! しゃこはおとこのこすきなんだ! そーしくんがすきなんだ! そーびくんがすきなんだ! ホモーーー」
もう最後はヤケクソで、あらゆる男の名を連ねてから、トドメを差すように二文字の言葉を息の続く限り響き渡らせる。
「よかった〜、カナデさんは入ってない」
「ヒナちゃんもすきなんだーーー」
「えーーーアキ様も!? アキ様も対象なの!?」
不埒な! という緑の目を赤い目は真っ向から捉え。
「本気で殺すぞ」
低く唸る。
「可哀想に、ゆゆりちゃん大丈夫、彼は女の子が好きだよ」
「ホント?」
「ホント」
と友人がフォローする。あぁ、彼の柔らかな笑みと泣き止んでいく子供が微笑ましく私の視界に映り、ゆっくりと誤解を解いていく様が……、待て……"彼は"と言った友人の言葉を聞き逃してはならない。
「ちなみに、この中なら誰がタイプなのだ? あ、アキ様はナシで」
火に油を注ぐ真似を定番の盛り上げ問答で軽快に行えるのは尊敬に値する。和服の子は悪びれも無く四つん這いになり、ぐぐいと赤い髪の彼の前に迫る。
「お前でだけはないなぁ」
嫌に挑発的な態度で「よかったぁ」方やそれをものともせず、不快の行き先を笑顔に潰され、赤い髪の彼はまたしても隣の友人に始末を回す。
「テメェでもないからな」
「え? 残念、この中なら僕が一番君についてよくわかってあげられるのに」
「うわーーーん」
デジャブ。何に涙を引き寄せられたのか、ゆゆちゃんは乾き始めた頬に再びしょっぱい軌跡を表す。
「え? 僕!?」
一同の視線が刺さる。
なにが契機で子供を泣かせたか検討もつかない。まさか自分が幼い女の子を泣かせてしまい、更に原因が分からないときたものだから、友人はあたふたと狼狽する。
「ひーん、だってそーしくんホントはそう思ってるんでしょ!? ゆゆよりしゃこにスキだってじしんがあるんだ! ゆゆよりしゃこスキなんだ……ゆゆはそーしくんもスキなのに……」
げっ……といったように凄く申し訳なさそうな顔をしながら、友人は無垢に二人共が好きと言う子供の美しい思いに攻撃される。
「キミ、酷いな、独占欲と勝手な支配感はみっともないぞ」
「つかテメェが俺のナニをどこまで知ってるつぅんだ、気色悪ぃんだよ」
グサッ、グサッと友人のハートに針が刺さる。
「え、いや……」
「私はゆゆちゃんも奏さんも麝香さんも」一応友人も見ながら「朱墨さんも好きですよ」
子供に優しく微笑みかける。
まぁそろそろ、みんなをまとめようということだ。
「ゆゆもみんなスキ……」
「カナデさんも〜」
「僕も」
温かい気持ちがふんわりと纏まって、ゆゆちゃんの涙を乾かす。
「てかさ」
そこに嫌な横槍が入る。駄目な予感がして、おい待て――と私が手を伸ばしたのはもう遅く、
「お前も大概独占欲丸出しじゃねぇの? 俺が一番好きなんだろ? 差別だ。何がみんなスキだ、依怙贔屓の塊じゃねぇか、あァ?」
やってしまった。
やりやがったのだ。
デジャブ。
可愛らしい幼女が泣き止むには、どうやら王子様が謝るしかなさそうだ。
短編集 秋風 @cartagra00
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