一人称で視点変更がタブーなリクツ

 ちょっとまずはこちらのエッセイ作品の290話を読んでみてください。

『とある底辺ワナビの色々垂れ流しあるある』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884464758/episodes/1177354054886878548


 これは、一人称視点がコロコロと変わるのは苦手です、という著者さんの思いが綴られています。けれどご存知の通り、通常は一人称の視点人物が切り替わることはお作法に反するとはされてません。そういうの言われたのは昔だけです。


 しかし、この著者さんの仰るような、苦手感覚はよく聞く話なんですな。昔の書き方教本ではやっちゃイカンと明確に書かれていた本もありましたし、あんまり良い方針ではないのは確かです。私も、一人称は視点切り替えせずに済むように努力するのが妥当と思います。(実力が足りないなら仕方ないけど)


 これ、内面描写の性質に関係しています。


 普通、視点人物切り替えが必要なケースでは三人称を使えと推奨されているわけですね、三人称はこれもご存知の通りで感情移入が少し阻害されると言われます、一人称に比べて。


 ここを深く考えてみれば、綺麗に繋がるわけなんですが、つまり、視点人物=感情移入する、と考えれば、この視点人物が、読者の感情移入が深いと困るんですわ。


 例え話にしますと、感情移入という時の感覚を思い出してください、それは海にダイブして深く潜っていく感覚に近いです。これを仮に視点主にシンクロさせて実現するとして、深く潜水していくまでにかなりの文量を読み込んでませんか?


 のめって読み込むという状態ほど、その潜水にかかる文量は多いはずです。深く深く深海へ潜っていく感覚です。勘のいい方はもう気付かれたと思います。



 潜水にかかった文量だけの、「浮上するための」文量が、本来必要だから、です。



 誤字脱字があったらダメとか文章が下手だとダメ、という話にも通じますが、感情移入が深まる、シンクロして読んでいる状態、というものは海底に到達した状態です。そこへ至る過程があり、読み始めてすぐに海の底に行けるわけではないです。


 一人称はこれが、非常に深いところまで一気に潜れる手法であり、三人称はセーブしてための手法です。


 潜水病ってのありますが、一気に浮上するとよくないのは読書においても同じで、物語を心地良く読んでいる状態というのは、とも言えて、「引き戻されてしまった」とかのガッカリ感はつまり、海中から顔を上げてしまった状態ということです。


 三人称は、だからこそあまり深くシンクロして感情移入されては困るんです。そうでなく、少し潜り、少し浮きあがり、いわばスキューバ状態。


 一人称はダイブ、一点で深く深く底を目指して潜るものであり、良作を読んだ時の感想でも、深海へ潜っていく感覚と似ています。


 三人称は「範囲」で、一人称は「深度」。


 一人称で、視点主が切り替わるというのは、潜る海が変わるということに等しいわけで、そうと意識しやすい読者、正攻法な一人称(切り替わりのない小説)に慣れた読者ほど、海が違うと認識してしまい、一度顔を上げてしまいやすい、ということだと思われます。


 これは、無意識の認識過程で、人称が一人称であるということは、ひと括り、その人物の間は「一つのストーリー」と意識しており、その視点主が変わることで「別のストーリー」が開始したと無意識に識別してしまうせいかもしれません。


 違和感というカタチでしか、リクツの部分はあまり認識されませんけど。



 内面描写に特化するでもなければ、本来、一人称を使うメリットはほぼないと、ものの本には書かれていて、いわゆるワトソン型で観客の代理に徹するか、私小説型で自省に徹するか、というのが本来の一人称の使い道だったものと思われます。



 一人称は、深く潜水するのは前提に過ぎず、つまり感情移入がどれだけ強かろうがそこで評価されると思うのは間違いで、その先が肝心です。海底で「何を」見つけられるかでその感情移入の強さが得たもの、作品の意義を確定させるのです。=文学。


 小説が発展していく中で、潜水=感情移入という型の一人称と、三人称代替=ワトソン型の一人称が出来ていくわけですが、ワトソン型はこれはこれで、ミステリで発展したといって過言じゃないんじゃないか、という疑惑ががが。(笑


 ミステリ発祥時点では、「これはダメ」扱いだったのは有名な話ですが、なぜダメだったかに関わるのではないかな…なんて。


 この辺はまた、機会があれば。

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