【追加原稿】ワトソン形式の強さを誤解しないこと

 ワトソン。世界でもっとも有名な探偵、ホームズの相棒かつ、ホームズ譚の視点主であるこの人物およびこの形式を、便宜上でワトソン形式と呼んでいます。これ、すごく多い形式でして、主役がどっちか解かんないという感じになるように書かれます。


 ワトソンは観測者として事件を傍観気味に眺めていて、解決自体は探偵役のホームズがこなす、という役割分担です。これは探偵モノにはすごく多い。

 それにも理由があり、ホームズという天才を演出するに、外側から描き出した方が説得力が増すというのが一つ、伏線を隠しやすいというのが一つ、ミスリードをフェアに仕込むことが出来るというのが一つ、とお得感満載であります。


 しかし、一番重要なのは、ワトソンという人物像を描き出すと同時にホームズの人物像もくっきりと描き出すことが出来る、いわば、一度に二人の人物を読者に印象付けていくことが出来る形式である、という点だったりします。これがキモなんです。


 しかも、ワトソンは観測者が基本の立場であることさえ守れば、協力者でなくともいいんです。プラス出来る立場のパターンは自在です。バリエーションが豊富。そして、観測者ですから、注目する人間は複数にも出来ます。これを絞り込むことで、相手のキャラを立てる割合も自在に出来るわけです。とっても便利なので覚えてください。「星降り山荘の殺人」などはこれを大いに利用した傑作です。


 ただし、この方式ゆえの欠点もあります。


 それは、観測者という立場です。傍観状態ですので、緊迫感を演出するには向いていません。落ち着いた状況で深く思考するなどには向いていますが、ハラハラドキドキには初めから向いていないのだという点は踏まえておいてください。

 同様のことは三人称という形式自体にも言えてしまいますし、回想形式という別方式のやり方でも言えます。アクションなどはドキドキハラハラのためのパーツであり、これらと混ぜないことが肝要です。何がしたいのだ、という評論的な問題です。


 手法は数多くありますが、その一つひとつの概念や効果を知らず、適当に使っているだけだということを暴露してしまいます。傍観者は冷静に対応する立場にあって初めて効果を最大限に発揮するので、それが急かされたり視野狭窄に陥ったのでは本末転倒です。常に落ち着いて周囲を広く見回していてこそ、観測対象となった人物達を読者にも紹介することが出来るわけなので。落ち着いた環境に置いてあげてください。


 例えば、観測者は命を狙われているとしましょう、襲撃者が襲ってきてハラハラドキドキ、アクション満載。しかし、そういう状況で観測者が落ち着いて周囲の色んな人々をじっくりと観察してますか、しかも良い点を。

 たいがい、悪い点ばかり気にして疑心暗鬼で揚げ足取りに、その視点から誰かを描写するにしたって褒め言葉なんざ出てこないでしょう。自分は危険に晒されている、そしたら味方すら疑ってしょーがないのが普通の視点というものです。リアリティに掛かってきてしまうのです。四方八方敵だらけ、と考えるのが普通の人間です。


 それを避けるには、この観測者という立場にそもそもで命のやり取りに慣れているという立場を足さねば視点が公正に保たれるリクツが通りません。設定の破綻です。これを無理に普通の人という立場に固執すると、ある場面は普通の人、ある場面はプロの何者か、なんていう人物像のブレが生じたり、もっと悪いと記号化します。説明用NPCですね。


 アクションを取るか、普通の人を取るか、ワトソン視点を取るか、この選択が発生していることに気付けていないとこういう破綻を起こすわけですが、これに気付けないということはつまり、ワトソン形式という手法を理解していないという話です。


 以上。

 技術技術と口うるさいのは、つまり、こういう話ナノヨ。


「陰陽師」て、夢枕獏先生の本読んでて琵琶の話が出てきて、名人が伴奏しだしたら一人目の誰かさんは途中で演奏を止めてしまい、二人目の誰かさんは最後まで弾いた、さてどっちのが技量は上だろうかて話があったのよ。

 これの種明かしで、一人目は技量の違いが解かる程度には腕前があり、二人目は解からんほどの腕前だったのだ、て言うのね。これで思い立って書いた。


 リクツを知らず、ただ暗記したパターンを組み替えているだけだから、文章題の問題文が変われば解けなくなる、て話と同じ。自分で小説書いてるわけじゃないの。

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