後編:世界最後の日にバイトをバックレる人の話
少女「あはは……ばかばかしい話ですね。酔ってますよ、男さん」
男「違いない。ばかばかしい話だ。というか、そもそも世界が終わるってのがまずばかばかしいんだよ」
少女「世界が救えるだとか、そんなの、一介のコンビニバイトが夢見すぎというか……漫画の読み過ぎというか……ほんと…………」
男「ばかばかしいついでにひとつ、いいか?」
少女「……はぁ。どうせ世界最後です。なんなりと」
男「さっき少女が聞いた、世界最後の、ひとつだけの願いごとってやつなんだけど」
少女「……」
男「ヒーローになりたいって言ったら、笑う?」
少女「あはっ。……あはははっ。笑いますよ、そりゃ」
男「男はみんなヒーローに憧れてるもんなんだよ」
少女「本当、酔ってますね。先輩」
男「百も承知だ」
少女「………………」
少女「ふふっ。お酒なんて、飲み慣れてないのに飲むもんじゃないですね」
少女「私も少々、酔いが回ってきちゃったみたいです。」
男「……ん?」
少女「救いにいきましょうか。世界を」
男「良い酔い方だ」
少女「そもそも言っちゃいましたからね。……叶えてあげますよって」
◆
少女「なんてノリノリで言いましたけど、スクーターですか」
男「なんだ、文句あるのか。俺の通勤の相棒だぞ」
少女「車とかないんですか?」
男「まず免許がないな」
少女「なるほど。ではヘルメットは」
男「一つしかないな。ほら、被れ」
少女「先輩はノーヘル運転ですか」
男「だな」
少女「ついでに言えば、飲酒運転」
男「だな」
少女「そもそも私を後ろに乗せるわけですから、二人乗りですよね」
男「もちろん」
少女「最高にロックですね」
男「だろ」
少女「法律も守れない人間に世界が守れるんですかね」
男「法律は守るもんじゃない。守ってもらうもんだ」
少女「屁理屈ですね」
◆
少女「……乗ってから思ったんですけど間に合うんですかこれ」
男「普通に走ったら間に合わないだろうな」
少女「まともに走っていたら着くのは朝になる……というか、そもそもスクーターの電源が保ちませんよね」
男「だろうな」
少女「……。どうするんですか」
男「高速道路を使う」
少女「高速……って空間転移装置を使うんですか!? 車じゃなく、スクーターで!? 私たち、生身ですよ!?」
男「危ないってだけで使えないわけじゃないだろ」
少女「生身であれに突っ込んで転送空間内で身体がばらばらになったらどうするんですか!」
男「安心しろ、今死んでも数時間の誤差だ」
少女「安心できませんってぇええええ!!」
男「何にせよ、今日中にニュー東京タワーに辿りつくにはそれしかないだろ。それともやめるか?」
少女「むぅ。ちょっと待ってください。他の方法を今――」
男「まぁ、やめるつってもスクーターから降ろさねぇけどな」
少女「えっ」
男「しっかり掴まってろよ」
少女「先輩のばかぁぁぁぁああああああああ!!!!」
◆
男「よぉーし、そろそろだぞ!」
少女「あぁっ! もうっ! わかりました! こうなったら自棄です! 酒の勢いです!」
少女「乗りかかった船、いやスクーターに最後まで付き合ってあげます!」
男「その意気だ! お前の残りの人生、預かったぜ。 まぁもう一時間もないけどな!!」
少女「せめてもうちょっと気の利いた安心できそうな言葉をください!!!!」
男「いっくぞぉぉぉぉっぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
少女「いゃああああああああいきゃああああんふらぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!――――
◆
男「……おわっ……と! あっぶねぇ。こけるとこだった」
少女「ああああああああああ……雨? せ、せんぱっ、いき、生きてる! 生きてます!五体満足!」
男「後ろは……やっぱり転移装置だな。高速道路の見た目は代わり映えしないが、無事に空間転移装置をくぐったようだし、もうここは東京なんじゃないか?」
少女「もうすぐですね……って先輩、前、前!」
男「へ? 前?」
少女「道路が途切れて……ま……」
男「あ、これ死んだわ」
少女「死んだわじゃなああああああああああああああいきゃああああああああああああんとふりゃあああああああああああああああ――
――あああああああああ…………あ? あれ? なんか……浮いて……」
男「俺と少女だけじゃない。雨粒も、スクーターも宙に浮いたままだ」
少女「あ、私知ってます。これはあれでしょう? 走馬灯ってやつでしょう?」
男「……いや、違う。これは――」
――『都内の重力波に異常予報 無重力空間の発生の可能性』
男「奇跡ってやつだな」
少女「いきなり何言ってるんですか」
男「おそらく、今ここは無重力状態だが、いつまで続くかわからない」
少女「むじゅうりょ……あぁ……あぁ! そういえば新聞で……。ありふれたオカルト記事のひとつだと思ってました」
男「俺もだよ。……それより少女、まだ足届くだろ。スクーターを蹴って反動で地面に向かえ」
少女「私はって……先輩はどうするんですか……!」
男「俺のことはもう見捨て……ないで俺の手も一緒に引いて地面に向かってくれ」
少女「そこはかとなくドラマ性が失われた気がします」
男「ドラマより命だ」
少女「違いないです……じゃあ、いきますよ!」
男「よっ……っと!」
少女「いたっ」
男「いてっ」
少女「……っててて。重力、元に戻っちゃいまし……ひっ。スクーター爆発しましたよ」
男「まぁあれだけの高さから自由落下してるわけだしな。もしも奇跡が起こらなきゃ俺達もああなってたな」
少女「私達は爆発はしないと思います。というか先輩がちゃんと前見ないからですよ、ばかっ! ばかっ!」
男「何も言い返せねぇ……てかひとついいかな」
少女「言い訳なら聞きません」
男「ふつうこういうときってどっちかがどっちかに覆いかぶさる形で地面に落ちると思うんだけどなんで俺達当たり障りなく両方とも地面に横たわってるの」
少女「言い訳より最低な台詞が飛んでくるとは思いませんでした。漫画の読み過ぎですよ」
男「何にせよ、お互い無事だったんだ。とやかく言ってる暇もないだろ。ほら、手。貸すよ」
少女「……ありがとうございます」
男「ごめんな。 全部終わったらハーゲンダッツ買ってやるから」
少女「むぅ。全種類ですよ」
男「今月のバイト代全部飛ばねぇかなそれ」
少女「さぁ、行きましょう。このままだと明日が来ても雨のせいで風邪を引いてしまいそうですから」
男「風邪引いた体にアイスって逆効果じゃない?」
少女「風邪になってもハーゲンダッツは買ってもらいます」
男「仕方ない。世界が救えたらハーゲンダッツ囲んでお祝いパーティーだな」
少女「約束ですよ」
◆
男「ニュー東京タワーって、これ、だよな?」
少女「そうですね。新聞で見たのと同じですし。スマートフォンの位置情報的にもここで合ってます」
男「やっぱりぴかぴかじゃん」
少女「ちなみにさっきスカイツリーもありましたけど、あれはどう思います?」
男「ぴっかぴか」
少女「ボキャブラリのなさがすごいですよ」
男「とりあえずあれ、入り口なんじゃないか? いかにも関係者用の。送信機室に行くならあそこから入るべきだよな」
少女「そうですね。入り口は……あれみたいです。とりあえず行ってみましょうか」
男「なんだろう。世界を救う立場なのに悪いことしてる気になってきた」
少女「やってることは怪盗もののそれですもんね」
◆
男「よっ、えいっ……うーん」
少女「やっぱり都合よく開いてたりはしませんよねぇ」
男「まぁ、そりゃあなぁ」
少女「じゃあちょっとタワーのセキュリティをハッキングしますか」
男「できんの?」
少女「天才ですからね。懸念があるとすれば時間くらいです」
男「あと20分くらいで日付変わるからなぁ」
少女「男さんはセキュリティーシステムのパトロールマシンあたりに見つからないよう周りを警戒していてください」
男「その必要はなさそうだぞ」
少女「えっ?」
男「もう見つかってる」
ロボ「シンニュウシャハッケン……!」
男「っ! 避けるぞっ!」
少女「あわっ」
男「大丈夫か?」
少女「銃撃とかじゃなくていきなり本体がタックルしてくるなんて……」
男「でもおかげさまでセキュリティーにハッキングをかける必要はなくなったみたいだぜ」
少女「……! パトロールロボが飛び込んで扉がぶち破られてます!」
ロボ「シンニュウシャ……シンニュウシャ……」
男「また突っ込んでくるぞ、さっさとシャットダウナーを使え!」
少女「えっと……ですね」
少女「私のスマートフォン、向こうなんですよ。あの、ロボの脇にある奴です」
男「……は?」
少女「落としてきちゃいました。てへへ」
男「パトロールロボに首を差し出してやろうか」
少女「やめてください。死にます」
ロボ「シンニュウシャ……シン……ニュウシャ……!!!!」
男「あぁっ……! くそっ!」
少女「きゃっ……先輩、二度も女の子押し倒すなんて大胆ですね」
男「二回も一撃必殺のタックル避けてんだよ!」
ロボ「シン……ニュウ……シャ……」
少女「しかも三回目が来ますね、これ」
男「だぁぁああ……! もう! 待ってろ!」
少女「せ、先輩、タックルのタイミングが読めないんですよ!? ロボに注意していないと危ないですって!!」
男「うるせぇ! ほら、取ったぞ!! 少女、受け取れ!!!!」
少女「あ、あわ、な、ナイスシュートです、先輩!」
男「お前もナイスキャッチしてくれ!」
少女「乙女ですから! 運動神経に期待しないでください!」
男「んなこと言ってる場合か!!!!」
ロボ「シンニュウ……シャ……ハイジョ!!!!」
男「…………っ!」
ロボ「オ……ォオ………………」
少女「はぁー。間一髪ですね」
男「……………っはぁーっ。死ぬかと思った」
少女「……ハーゲンダッツ、割り勘でいいですよ」
男「パーティーは開催されるんだな」
少女「ふぅ。なんとか塔の中に入れたはいいですが、なんだかやけに外が騒がしいですね」
男「これ、塔に集中砲火されてないか?」
少女「なるほどです。急いだ方がよさそうですね」
男「もともと俺達にはあまり時間はないんだけどな」
少女「とりあえず急いで五階に向かいましょう」
男「五階?」
少女「このタワーの送信機室が五階にあるんですよ。先に調べておきました」
男「なるほど仕事が早い……つってる場合でもないな」
少女「間違いないです」
◆
少女「こ、ここです! ここですよ! 先輩!」
男「送信機室……おぉ……扉は普通に開かれてるのか」
少女「まぁ、中に入るまでのセキュリティが厳重ですからね。案外中身はこんなものなのかもしれません」
男「機械がめちゃくちゃあるけど、大丈夫か? 使い方わかるのか?」
少女「任せてください。……五分あれば理解には十分です」
男「頼もしい」
少女「……ふぅ、先輩」
男「どうした?」
少女「なんにもわかりません」
男「嘘だろ!?」
少女「嘘です」
男「心臓に悪いわ」
少女「とりあえず、私とのスマートフォンとの接続は終わりました」
少女「いわゆるチェックメイトってやつです」
少女「――どうぞ。ヒーローになってください」
男「……え?」
少女「あとはそのボタンを押すだけです」
男「押せば……?」
少女「この世界のあらゆる電子機器が電源を落とします」
男「俺が押して良いのか?」
少女「むしろ、先輩が押さないなら誰が押すんですか?」
少女「先輩、言ったじゃないですか。」
少女「――"ヒーローになりたい"、って」
――その瞬間、一人のヒーローによって、世界中のブレーカーが落とされた。
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