【SS】ワールズエンド・ブレーカー
ゆきの
前編:世界最後の日にバイトに出る人の話
『米国の人工衛星、誤作動による地球に対してレーザー照射の可能性』
『都内の重力波に異常予報 無重力空間の発生の可能性も――世界終焉に、関与か』
『アフリカ森林で未確認生物の目撃情報多発。生物実験と環境の異常発生両方の線で調査』
『国内森林の生態系の大幅な変異を確認いたしました。 天災の予兆でしょうか。 我々は最後の瞬間まで――』
『速報です。イギリスの某大学に向けバイオテロの声明が出されたとのことです。大学側は世界終了との関連性についての情報を政府に求めておりますが、政府は依然として沈黙しており――』
少女「いやぁ、どの新聞を読んでも、どのニュースを見てもオカルト記事みたいなのばっかですねぇ」
男「世界最後の一日だしな。そんな信じられないような現実の中なんだから信じられない話がわんさかと出てくるんだろ」
少女「公式に発表があったのは"今日で世界が終わる"ということだけでどう終わるのかとか、なんにもわかんないわけですもんねぇ」
男「こういう新聞の積み重ねもわけのわからない現実と向き合ってるというより、何もわからない現実からの逃避なのかもな」
少女「でも記者の人達もよく世界最後の日に仕事しようと思えますよねぇ」
男「そういう俺達もコンビニバイトの最中なんだが」
少女「バイトの最中といっても休憩室でテレビとか新聞を見てるだけですけどね。まぁ、そこはほら。私達、暇ですし」
男「世界最後の日に暇とかそういう概念があるのか……」
少女「じゃあ先輩は違うんですか?」
男「消去法だな。実家には行ってみたけど既に誰もいなくてさ。だったら家に一人でいるよりはこっちにいる方が幾分かいいだろ」
少女「先輩、見捨てられたんですか」
男「あんまり家族仲、良くはないんだよ。連絡先のメモ書きは置いてあったんだけど、なんか連絡入れる気にもなんなくてさ。友達なんかは昨日まで一通り会ってこれで最後だな、なんて言いあってたんだが今日は生憎と誰とも予定が合わなくて一人ってわけだ」
少女「結局のところ、そういうのを暇って言うんですよ」
男「……そうかもしれない。少女は家族とか友達とか大丈夫か? この街は田舎だからほとんどもぬけの殻だ。どうせ客も来ないし、帰ったっていいんだぜ」
少女「さっきも言ったじゃないですか」
少女「私は暇、なんですよ」
◆
少女「いやぁ、しかし科学が進歩しててよかったですねぇ」
男「藪から棒だな」
少女「発電や回線、果てはライフライン供給まで。人類が生きていく上で必要な管理体系のおおよそを機械が自動で行ってくれる時代です。だからこそ、こうして私達はライフラインに悩まされることなく最後の一日を迎えられているんですよ」
少女「……商品在庫の自動配送システムには悩まされてますけど。もう棚いっぱいですし」
男「確かにそれはそうだが……」
少女「なんなら高速道路の空間転移装置がなかったら今頃道路は車で溢れかえってますよ。最初は車を持ってない人達だけでも道路がいっぱいだったんですし……でもそっちの方がコンビニ商売としてはお客さんがいていいのかもしれませんね」
男「みんな、最後に行きたい場所ってのがあるんだろうな。もしくは最後に一緒にいたい人だとか」
少女「不思議ですよね。どこで死んだって一緒だと思うんですけど。どうせ明日には全部なくなるのに、人々は死ぬ前に何か意味のあることをしようと動くわけじゃないですか」
男「まぁ、結局のところ自己満足だよ。俺がここにいるのもな」
少女「先輩は私と最後に一緒にいたかったわけですね」
男「少女がいると思って出勤したわけではないぞ」
少女「じゃあ、先輩にとって最後に行きたい場所がただコンビニだったと」
男「さっきも言ったろ。消去法だよ」
◆
少女「うぅん……では」
少女「世界最後にひとつだけ。願いごとはありますか?」
男「願いごと?」
少女「先輩、行きたい場所も会いたい人もいなさそうですし最後にやりたいことはないのかなぁ、と思いまして」
男「なるほど。願い事なぁ」
少女「なんならどうせ最後ですし私、叶えてあげますよ」
男「じゃあ、そうだな。……おっぱい揉みたい」
少女「おっぱ……。いいでしょう。さぁ、存分にどうぞ」
男「えっ……」
少女「……」
男「……」
少女「……」
男「……」
少女「……。ほら、早くしてくださいよ。間を開けられるとなんだか余計に恥ずかしいです」
男「やっぱなしで」
少女「…………へたれ」
男「いや、なんか違うだろこれは」
少女「先輩がへたれであることには違いありません」
男「そ、そういえばニュー東京タワーとかいうの作ってたのに世界が終わるなんてもったいないよな」
少女「あからさますぎる話題の転換ですね」
男「うるせぇ。ほら、あれだよ。あれ。あのぴかぴか光るやつ」
少女「話題にした割には知ってる内容がふわふわしすぎてますね……大体の観光目的のタワーはぴかぴか光ると思いますよ……というかあれなら先日完成していたはずです」
男「え、できてたのあれ」
少女「ええ、世界終了のアナウンスにすぐ掻き消されてしまいましたけどね。完成はしてるみたいですよ。一般開放は最後までされなかったようですが」
男「なんだかもったいないな。完成間近で世界が終わるより完成してから一度も利用されることなく終わる方がもったいないような気すらするよ」
少女「利用、ということでしたら一般解放はされなくとも世界終了のアナウンスはそのニュー東京タワーの設備を使って全世界に発信されたとかなんとかいう噂なら耳にしましたね」
男「全世界に?」
少女「あのタワー、地球全体にくまなく電波を発信できるらしいです。世界初らしいですよ」
男「タイミングを考えると、極秘で世界終了のアナウンスのために建てられたのかもな」
少女「陰謀論ですね」
男「終末論的世界の最中ならかわいい話だろ」
少女「違いありません」
◆
少女「もしも、明日が平然と来るとして、今日のこの勤務っていつも通りの時給なんですかね」
男「まぁ、そうなんじゃないか。何も言われてないわけだし」
少女「でも休日とか深夜とか手当がつくわけじゃないですか。あんまり人が働きたがらない時間に働くと手当がつくわけですから、今日とか"終焉手当"みたいなのがついてもいいと思いません?」
男「もしも明日があるなら、店長に直訴してみたらどうだ」
少女「いや、そんな勇気は私にはありませんよ。先輩お願いします」
男「冗談っぽく言ってみる努力はしてみよう」
少女「ふふっ」
男「どうしたんだ?」
少女「いえ。世界が終わる最後の日なんですから、明日なんて夢みたいな話なんでしょうけど、ニュースや新聞よりずっと、こう、現実味というか、可能性を感じてしまって。おかしいなぁって」
男「まぁ、確かに明日世界が終わるなんて漠然としたお告げよりはそうやって普通に明日がやってくる方が幾分かありえるような気がしてしまうな」
少女「結局のところ現実味ってのは現実的かどうかではなく親近感が湧くかどうか、なんでしょうね」
◆
男「しかし誰も来ないなぁ。少女、そこの煙草取ってくれない?」
少女「いいですよ。はいどうぞ」
男「もう煙草で寿命が縮まるなんて気にしなくていいから気軽に吸えるな」
少女「そもそも先輩、今まで気にしてたんですか?」
男「いいや、まったく」
少女「でしょうね。……そうだ、私にも一つくださいよ」
男「少女はまだ未成年だろ」
少女「世界最後の日に未成年も何もありませんよ。第一咎める人なんていやしないでしょう」
男「俺が咎めるかもしれないぞ」
少女「男さん、未成年の頃から煙草を吸ってる質でしょう」
男「なんで知ってんだ」
少女「知ってませんよ。なんとなくです」
男「ほら、一本だけだぞ」
少女「ありがとうございます」
少女「……むむ、なかなか火がつきません」
男「煙草に火を点けるときは吸いながら点けるんだ。直接火を当てるんじゃなくて、火から少し離して、ストローで火を吸い込むように」
少女「……」
男「……」
少女「……火、消えますけど」
男「吸い込む力が強すぎるんだ」
少女「むぅ。難しいですね……けほっ。あっ。点きました。……けど別に美味しくないですね。けほっ」
男「まぁ、何にでも好き嫌いはあるさ」
少女「ねぇ、シガーキスってやつしましょうよ。シガーキス」
男「なんだそれ」
少女「火を点けるために煙草の先端同士でキスするんです。ほら、花火も点いてる人から火を貰ったりするじゃないですか。あれと似たようなものです」
男「花火のあれはファイアーワークスキスになるのか?」
少女「そもそもくわえるものじゃないのでキス要素がないのでは?」
男「くわえてやればいいのか……?」
少女「絶対火花が顔面に直撃しますよねそれ」
男「確かに。……というか、そもそもシガーキスをしようにも俺の煙草も少女の煙草も既に火が点いてるが」
少女「あ、そうですね。じゃあ先輩の次の一本でやりましょう」
男「煙草は一時間に一本までと決めてるんだよ」
少女「それ、守ったところでそこそこ吸ってますよね」
男「しかしシガーキスとかよく知ってるな」
少女「昔本で読んだんですよ」
男「本とか読むのか。電子書籍?」
少女「いいや、紙の本です。不思議ですよね。世界は次々に色んなものが進化していきますけど、本のように百年、もしかするともっとずっと前からそのまま残ってるようなものもいっぱいあって」
男「それこそ煙草なんかは吸い方は多様化してるけど、根本的には数百年前から何も変わっちゃいないしな。あとは傘なんかもずっとあの形らしい」
少女「ロマンがあるからこそ、続いてるのかもしれませんよ。紙の本だって、好きな人が多いから今まで在り続けている側面も大きいですし、好きという感情はロマンの権化です」
男「じゃあ、煙草や傘にもロマンがあるのかな」
少女「シガーキスに、相合傘。ロマンならいくらでも。何かが進化するときは、人々がロマンを忘れたとき。もしくはそれを越えるロマンが眼前に現れたとき、なのかもしれませんね」
男「案外、俺達が知らないだけで何気ない行動にいろんなロマンが詰まってるのかもしれないな」
少女「相合コンビニですか」
男「たぶんそこには何もないと思う」
少女「でも、私が紙の本を好む理由は好きってだけじゃなくて、コンピューター関連はいろいろと開発関係やらで使ってるのであまりそういうメディアを持ち込みたくないというのもあるんですよね」
男「開発とかしてるんだ」
少女「はい。趣味ですけど。そもそも私、大学が工学関係ですしね」
男「ロボットとか作ってるの?」
少女「たとえばこのコンビニ、既に私が改造済みですから自走しますよ」
男「嘘だろ」
少女「嘘です」
男「じゃあどんなの作ってるんだ」
少女「そこのテレビの横でゆらゆら動いてるやつあるじゃないですか」
男「あぁ、そこのひまわり? よく100均で売ってるソーラーのやつ」
少女「あれ、私が作ったんです」
男「地味っ」
少女「いやでもすごいんですよ? 従来の二倍のエネルギー効率なんですよそれ」
男「いつもやたらめったら高速で揺れてると思ったらそういうことだったのか……」
◆
少女「そろそろ夜も更けてきましたね」
男「いつもなら今の時間帯が一番忙しいのになぁ」
少女「終末様様ですね。給料が変わらないなら暇に越したことはありません」
男「その給料が貰えるか怪しいんだけどな」
少女「まぁ、どうせ人も来ないんですしそろそろ夜ご飯食べませんか? ご飯ならいっぱいそこに並んでるんで」
男「商品食うのかよ」
少女「どうせほとんど廃棄ですよ」
男「……だな。しかし最後の晩餐がコンビニ飯かぁ」
少女「フライヤーで唐揚げ作ってあげますよ。女の子の手料理です」
男「なんだろう、そんなに嬉しくない」
◆
少女「お酒ってどれが美味しいんですか?」
男「酒、飲むのか?」
少女「せっかくですからね。飲んだことないまま死ぬのももったいないですし」
男「じゃあそこらのチューハイあたりが飲みやすいんじゃないか。ジュースみたいで」
少女「なるほど、チューハイですか。じゃあこのパイナップルのやつにします」
男「ついでに俺にも適当なビール取っといてくれ」
少女「おぉっ、先輩も飲むんですか?」
男「せっかくだからな。おつまみも何個か持っていこう」
少女「ノリノリですね。私もポテトチップス持ってきまーす」
◆
男(……世界最後の一日でも、SNSは元気だな)
少女「よっと……お待たせしました」
男「そんなに待ってないよ」
少女「知ってます。じゃあ、食べましょうか」
男「うん」
少女「何見てるんですか?」
男「SNS」
少女「なるほど。何か有益な情報流れてます?」
男「うん」
少女「食べながらは行儀が悪いですよ」
男「うん」
少女「有益な情報ってどんなのが流れてました?」
男「うん」
少女「……先輩、私のこと好きですか?」
男「うん」
少女「…………」
少女「えっと……確かバッグのここらへんに……あった」
少女「えいっ」
男「!? えっ。何、停電!?……いや、スマホの電源も落ちてる。え?」
少女「ふっふっふ。えいっ」
男「あっ。点いた。……スマホも再起動しないと」
少女「無視しないでください先輩」
男「え、何。少女の仕業なの?」
少女「いかにも。私の発明です。この私お手製スマートフォンは半径20メートル以内の電子機器の電源を強制的にシャットダウンさせる電波を発することができるのです」
男「なにそれすごい」
少女「私はこの装置を電波式シャットダウナーと名付けました」
男「あんまりかっこよくはない」
少女「えぇ……なんか必殺技みたいじゃないですか?」
男「何を追い求めてるんだ……というか、なんでそんなすごいものを作れるのにコンビニ定員をやってるんだ」
少女「趣味です」
男「趣味」
少女「ま、先輩。最後なんですから。スマートフォンなんかじゃなく私とお喋りしましょうよ」
男「もしかして、妬いてる?」
少女「いや、揚げてます」
男「唐揚げの話ではない」
◆
少女「ぷはーっ。……お酒って思ったより美味しくないですね。苦いです」
男「最初から美味しいって言うやつは見たことないな」
少女「もうそれ、思い込みというか、プラシーボの類なんじゃないですか」
男「かもしれない。もしくは慣れかな」
少女「お酒に慣れながら私たちはだんだんと大人になっていくんですね……」
男「ふつうは大人になっていくんじゃなくて大人になった後、だんだんとお酒に慣れていくんだよ」
少女「てへへ。いけない子ですね」
男「まぁ、俺も未成年の頃から飲んでたから責められはしないさ」
少女「そもそも先輩、自分のこと大人だと思ってます?」
男「愚問だな」
少女「童心を忘れない姿勢、嫌いじゃないですよ」
男「苦味がきつかったらコーラとかサイダーで割って飲むといいぞ」
少女「持ってきまーす」
◆
少女「サイダーを持ってきてみました。ついでにくじの景品のコップも」
男「そういえば酒を割るためのコップがなかったか。ちょうどいいのがあってよかったな」
少女「全く知らないアニメのくじですが、明日も世界が続くなら感謝を込めて観てみようかなと思います」
男「明日にはその気持ち忘れてるだろ。まずはチューハイとサイダーで1:2くらいで割るといい。まだいけそうだったらチューハイを足して、きつかったらサイダーを足すんだ」
少女「ふむふむ……あ、ほんとだ。飲みやすくなりました」
男「だろ。お酒好きな人からすると甘すぎるって言われるけど慣れてないとそれくらいでちょうどいい感じ」
少女「でもこれ、結局のところ美味しいのってチューハイじゃなくて……」
男「皆まで言うな」
◆
少女「……やけに静かだなと思ったらテレビの電源、切れてたんですね」
男「あぁ、さっきの停電でか」
少女「停電ではないです。電波式シャットダウナーです。……よっと」
『全国でセキュリティシステム、セキュリティロボの類が暴走を開始――』
『都内セキュリティマシーンからレーザー光線の暴発が多発――』
『世界終了の要因は人工知能の暴走による世界規模のロボットシステム暴走であるとみられ――』
少女「なんかすごいことになってますよ」
男「機械の暴走かぁ。だとしたら、日付が変わっても逃げ回れば少しくらいは延命できるかもなぁ」
少女「いや、機械相手なら別に逃げなくても大丈夫ですよ」
男「なんだそれ。遅かれ早かれ的な?」
少女「いえ、ほら、その」
男「……?」
少女「シャットダウナーがあるじゃないですか」
男「ちょっと略すのか……」
少女「そこはどうでもいいです」
少女「シャットダウナーがあれば20メートル以内に侵入してきた機械類は有無を言わさず電源を落とせるので大丈夫ですよ」
男「そんな凄い装置なのか」
少女「先輩だって効果のほどはさっき見たでしょう?」
男「そんなに凄い装置なら他にも作ってるやついるんじゃないのか?」
少女「私を甘く見ないでほしいですね。……控えめに言っても天才です」
男「なんでコンビニバイトしてんだよ」
少女「だから暇つぶし程度の下界の観察ですって」
男「下界って……そもそもコンビニバイト二人が生き残り続けたところでどうなんだ……」
少女「あんまり希望は見えないタイプのアダムとイヴになっちゃいますね」
男「暴走した機械類が全て時間経過で壊れるよりシャットダウナーが壊れる方が早そうだ」
少女「違いありません。量産化は早急に検討するべきですね」
男「…………ん? ちょっと待てよ」
少女「どうしました?」
男「その装置、電波で周りの機械の電源を落としてんだよな?」
少女「そうですね」
男「――で、さっき話に出ただろ、ニュー東京タワー。あれは――」
少女「地球全域に……電波を……送信……でき……」
男「なぁ、もしかしてなんだけどさ」
男「――俺達、ヒーローになれるんじゃないか?」
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