第2話


パチパチ ここちいい音が聞こえてくる。体が温かい。


視界が明るい。少年はうっすらと意識を取り戻した。

「気がつきましたか?」


ビクッ


声をかけられて条件反射的少年は体を起こした。するとくらっとした目眩に襲われ、気持ち悪さと全身のだるさに襲われ、口元を押さえ倒れこむような姿勢になった。


「あぁ、ごめんなさい!びっくりさせてしまいました。」


レイアは少年に近づき背中をさすった。すると少年は嘘のように吐き気がひいていくのがわかった。

「まだ、急には体動かせないの。」


少年はレイアを見た、すると視線があった。するとレイアはにっこり笑い、パタパタとかけだし温かいお茶を差し出した。

「はい、これ飲んで。」


レイアは温かい飲みものが入ったカップ少年に差し出した。


少年はカップを拒もうとしたが、体が言うことをきかず、上半身が前の方に傾いてしまった。それを見たレイアはカップをテーブルに置き、ベットの高さを調節し、背もたれを作った。そして少年の上体を起こし、背もたれにかけた。少年の硬い表情と体のこわばりで警戒されていると感じたレイアは少年に向かって微笑んだ。

「警戒しないで下さい。私は敵じゃないです。これなら少し楽でしょ?」

しかし少年の表情は硬いままだ。おそらく体力があれば抵抗され、レイアは無傷では済まなかっただろう。


「うん、そうだのよね、無理だよ、いきなりは。わたしだって警戒するよ。」

レイアは腕を組んだ。


「よりによって、お兄ちゃんいないし。」とため息をついた。

ため息をつくレイアから視線を移動し、 少年は天井を見上げた。今の自分には抵抗する力はまだない。スキを見て逃げだしたいところだが…。少年は周囲を確認した。ここは診療所なのか…身の危険は感じない。そして何故か妙な安心感があり、目の前にいる少女からも敵意は感じない。


さきほどより、体は確実に軽くなっている。さらに意識と感覚がはっきりしてきた。さっき手を当てられた背中が妙に温かいことも分かる。


ふと 少年はあることに気がついた。自分の首にあったアザがなくなっている。

「…な…い…」


「私のお兄ちゃんがとってくれたの。」


「私のお兄ちゃんこの雰囲気でわかると思うけど、町医者でさ、ザイが原因で起こるトラブルや、体調の不良を元に戻せるの。だから呪印なんてお手の物なんだ。」

あのアザをとれるものが…?少年は呆然とした。

レイアはカップを少年に渡した。


「申し遅れました、私の名前はレイアです。あなたのお名前は?」


少年はカップを受け取った。


名前 そういえば


昔 こう呼ばれてた。



「アルフィス…」

アルフィスは受け取ったカップを覗き込んだ。

いい香りがする。先程は匂いとう匂いで吐き気しかしなかったのだが。

グゥゥゥ

大きい音が響いた。


するとレイアはアルフィスに、笑顔を向けた。

「飲んで、力が出るよ。」


どうもこの少女には逆らえないとアルフィスは感じたのか、言われるまま一口お茶を飲んだ。

「………」


言葉こそ発しなかったが、アルフィスの表情は一気に緩んだ。そしてゆっくりゴクゴク飲み始めた。



「うん、回復してきたね。ご飯食べれそう?」


アルフィスは一瞬何のことかわからなかった。

するとレイアは小さいテーブルをアルフィスの前に運び、そこへ肉と野菜を煮込んだスープと、焼きたてのパン、果物をならべた。

「まずはこれくらい?どうぞ。」


アルフィスはスプーンを持ち、ゆっくりと食べ物を口に運び始めた。


なによりも 命の根源であるザイ。そして人はザイを魔法に変換することができる。魔法には個人差、特性があり、水を操るもの、火を操るもの、また未来を観測するものなどがいた。魔法を使うと、体内とザイを消耗するため、新たにザイを取り入れなければならない。それは食事や休息で十分なので、魔法を使って命に関わることはほとんどない。しかしある一定以上の力を使ってしまうと、ザイが枯渇し命に関わる。


それが今のアルフィスの状態である。一度にザイを大量に使う、もしくは回復するのを待たずに使うと体に負荷がかかり、体が上手く機能できずに死んでしまう。


「うまい…」


アルフィスの表情が緩んだ。そして瞳から一粒の涙がこぼれた。


「……シャル…レオ…」


アルフィスは誰かの名前をつぶやいてた。


レイアはその様子を黙って見ていた。

体のザイが正常に巡り始めたみたい。印象が違うのはそのせい?お兄ちゃんなら何かわかったかもしれない。まぁ今日デートで、張り切ってたからなぁ。そのうち戻ってくるか。てか、早く戻ってきて!

レイアは思わずため息をついてしまった。知らない人と2人きりなんて、緊張するよー…。レイアは心のなかで叫び続けていた。


一方ただいま絶賛デート中の兄はというと


町の小さい喫茶店でショートヘアがよく似合う素敵な美女とデートしてニヤニヤしてた。

「いやぁ、姫さまとデートなんて、幸せだなぁ。」


「キルア!姫さまでなく、今はクリスと呼んで下さい!」

クリスと呼ばれた女性は手に持った品のいいカップを置いてキルアに怒った。


「ごめんなさいー」


キルアは棒読みだ。

「お忍びの意味ないじゃないですかー。このへんみんなクリスの正体知ってるし。てか、エアハルト元気?また、きれーなオネーサンのお店一緒に行きたいなー。」

キルアは茶化した。するとクリスはため息をついた。

「兄は元気です。あなたと同じこと言ってました。また歓楽街に行こうぜて、わめいてました。ところで、例のものは?」


「ツメテー、もう本題?もーちょっとデート楽しもうぜ。」


「いいから、例のもの見せて下さい。もちろんあなたとレイアに会いにくるのは楽しみにしてましたわ!」

クリスは右手を差し出した。


「妹ありきね。照れちゃって。」


クリスがキルアを睨んだ。すると一瞬空気が冷たくなった。


「すいません、これです。」

キルアはアルフィスの呪印を取り込んだ水晶をクリスに大人しく渡した。クリスはため息をついて、水晶を覗き込んだ。


「まぁ、これは…」


「なんですか?クリスさん。少し失礼します。」

近くにいた店員も一緒に覗き込んだ。


「タチが悪そうですね。おそらく何重もの術式が組み込まれてる。結界系のザイが組み込まれているのはなんとなく分かるのですが…」

店員が渋い顔をした。


「あなたもそう思います?店長に伝えておいて下さい。国境の警備を強化した方がいいかもしれません。まぁあなた達とキルア、レイアがいるから大丈夫だと思いますが。」


するとキルアはため息をついた。

「ここ10年くらいガリア帝国とは和平状態だったが、裏でやっぱやばいことやってるみたいだな。」


「これはしばらくエアハルトに会えねぇか。」


するとクリスが笑った。

「つぎ連れてきますわ。兄様にも息抜きは必要ですから。でも本当、ここのケーキ美味しいわ、2、3個いけます。」


クリスはケーキをパクパクと頬張り始めた。


「だってさー、シャノン良かったじゃねぇか。」

キルアは厨房に聞こえる大きめの声で話した。すると厨房からありがとうーと返事が返ってきた。


「ふふ、レイアにも買っていきましょう。ところで、レイアは今保護した少年とあなた達の診療所で2人きりなのですね?」


「おう、そうだ。」

キルアはにこにこ笑っていた。

「大丈夫ですの?同じくらいの年頃の少年ですよね?」


「大丈夫だ、あの少年、おそらく年はレイアと同じ18歳だが、今あんたに渡した呪印の影響だろうが心がそんなに成長していないと見た。いやー、見た目は最高に綺麗でさ、髪は腰まで長かったし、女装すればちょー綺麗だ、あの子。レイアとくっついてくれねーかなー。」


「まぁ、そうですか。私、ガリア帝国との関係を左右する事件が起こる、おそらく戦闘用奴隷が捨てられるから保護しなさいと伝えましたのに。物色しろとは言ってませんわ。」


すると店内がざわっとした。みんなクリスとキルアの方に視線を送った。

「呑気ですねー、キルアさん。」

「やっぱいろんな意味で違うよなー。」

クスクスと笑いが起こっていた。


すると厨房の奥から料理長と思しき人物が2人ほど出てきた。料理長の一人は男で、体格もがっしりし、背丈も高かった。もう1人は呼ばれた華奢で可愛いらしい女性でおそらくシャノンであろう。女性は年頃はクリスと同じように見えた。


「クリス、お元気そうで何よりです。」


料理長とシャノンは一礼した。

「ところでキルア、さっき若い連中から話はきたんだが、以前お前からもらった魔晶石、今回でどれくらい使う?お前の見積もりでいうと?」


「10個あれば足りるかな。」


「お、やっぱりか。じゃあまだ十分足りる。」


「すいません、ジルこの1ヶ月以内にはじめてくれれば十分なので、よろしくお願いします。」


クリスはぺこりと頭を下げた。

「わかりました。クリスの見立ては確かだ。」

するとひょっこりシャノンが会話の間に出てきた。

「ねぇ、クリスこれお土産。どうぞ。私たちからの差し入れ。」


シャノンはケーキの入った箱を2つクリスに渡した。

「こっちは、城に帰ってから。こっちはレイアとその少年くんに。」


「ありがとうございます。お代は…」

クリスがお金を出そうとしたら、キルアがお金と赤い綺麗な石を2つシャノンに渡した。


「これでまた美味い飯作ってよ。」

キルアが渡したのは魔晶石だった。

「わぁーい、いつもありがとう。」


「いやぁ、おかげで安くしてもらってるしね、あんがと!」


「じゃあ、クリスそろそろ行くか。」


「えぇ、ありがとう、キルア。」


2人は店の人たちにお礼を言い、店の外に出た。外には雪が降り積もっていた。

「キルア、ご馳走さまでした。」

「いえいえ、デートですので。あと、いつもエアハルトに出してもらってるからクリスには奢る。」

キルアはクリスの手を握った。

「じゃあ、お手を失礼。家までだけど。」

するとクリスが照れながら嬉しいに笑った。

「そうですね、行きましょうか。レイアのところへ。」


2人はゆっくりとキルアの家に向かった。



コンコン

家の扉が叩く音がして、レイアは目が覚めた。どうやら自分は寝ていたらしい。

「ただいまー。」

「おじゃまします。」


キルアとクリスの姿が見えたので、レイアは駆けつけた。

「お帰り!そしていらっしゃい!待ってたよー!2人とも!」


するとクリスが笑った。

「そう思ってしました。」

「ぼく、さびしぃーなー。」


キルアは冗談まじりに言った。

「とりあえず、かけてね。今お茶入れる。で、あの子アルフィスって言うんだけど、ご飯食べたら寝ちゃった。」


レイアは診察室のベットで静かに寝てる少年を指差し、そのままお茶を入れに台所へ行った。レイアが示した通り、少年は安心しきった顔でスヤスヤ寝てる。

「あ、本当だ。寝てる。」

クリスとキルアはハマった。キルアは少年に近づき様子を見た。

「顔いろだいぶよくなったな。」


「完全ではないでしょうけど。お話しできればと思ったのですが、これは起こすのは忍びないですわ。」


「泊まれるなら泊まってくか?用事なければ。」

「兄様が駄々こねますね。」

クリスはうーんと考えた。そしてポケットから手鏡を取り出した。

「兄様ー、出れますか?」


すると鏡の向こうにクリスではなく、エアハルトと思しき中性的な事を持つ青年の顔が映った。

「出れますよー、クリスはお泊りですかー。」

「いいのですか?」

「えぇ、むちゃくちゃ羨ましいですけどね。キルアからもらった水晶だけ下さい。先に解析しときます。」

鏡の向こうでエアハルトはふて腐れていた。

「わかりました、キルアと話しますか?」

「話します!」

そしてクリスは鏡をキルアに渡した。するとキルアはエアハルトとたわいない話で盛り上がった。それを横目にクリスはエアハルトに頼まれたものを自身のハンカチで包み、家の外に出た。


「エアハルト兄様のところまでお願いします。」

するとハンカチは鳥の形になり、シナ国の城の方向へ飛んで行った。


ガチャリ 玄関の扉が開いた。

「クリス、冷えるから中へ。」

「えぇ。ありがとう、キルア。」


クリスはキルアとレイアのいる温かい家の中に入って行った。

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恵の雨は世界を切り裂く @ricos

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