第5話 穏やかな人が怒るととても怖い


はあ…と深いため息が出た。

何をしても手がつかず心ここにあらずと言ったところである。


何故なら初めて陽斗を本気で怒らせてしまったのだ。




ことの発端は昨日の夜。

会社の同僚の人と飲みに行っていた私だが、そのことは既に陽斗には事前に連絡はしていて、帰りには必ず連絡をしてと言っていて夜は危ないから送っていくと付け加えられており、了解と私は送った……







んだけど…





その日疲れていたのか酔いが回るのが早く、陽斗との約束を忘れた私は同僚と別れた後、ふわふわした体で自宅に帰り携帯を見ることなく、そのまま家に着くなり床で寝てしまったのだ。




陽斗からの連絡が鬼のように来てるのに……






翌朝、体の節々が痛い中起きて携帯を見ると、陽斗からの連絡が埋め尽くされており、さーっと顔から血の気が引いた。





そこにタイミングよく家のチャイムが鳴り、モニターを見ると鬼の形相をした陽斗がいた。

や、やばい…こんなに怒ってる陽斗初めて見る。

恐る恐る玄関を開けると、無表情で「おはよう、真琴」と言われたので、つられて「…おはよう。ど、どうぞ」と部屋へ招き入れた。





お茶を出して一息ついたところで陽斗が口を開いた。




「昨日、帰るとき連絡してって俺言ったよね?」



「はい、確かに言ってました…」



「なのに、なんで連絡がなかったのかな?俺がどれだけ心配してたか分かる?別に飲みに行くのは構わないよ。

けれど、夜道を女の子が一人で歩いて帰るのは危ないってなんで分からないわけ?

もし、真琴に何かあったら………」




そこまで言うと陽斗は言葉を詰まらせて口を噤んでから、一呼吸をしてから悲しそうな顔をして私から目線をそらしながら、




「…ごめん。俺今冷静じゃないわ…ちょっと頭冷やしてくる」



「あ、……陽斗っ」



そう言い部屋から出て行った陽斗の背中を見ながら、宙に浮く手が寂しげに揺れる。




私の馬鹿ーーー!!

戻れるなら昨日の私を叩いてやりたい。

でも、そんなのは出来るわけもなく頭を抱えため息しか出てこない。



陽斗怒らせちゃった……

こんなことで悲しい顔させてしまった。

私に呆れたかもしれない。

けど、ちゃんと謝って今度はこういうことがないように気を付けるって言おう。

そうと決まれば善は急げ。

もやもやした気持ちのまま陽斗を待ってるのは嫌だから、捜しに行こう。

きっと近くで頭を冷やしているはず!



扉に手をかけようとした時に、タイミングよくガッチャっと扉が開き、つかみ損ねた手がまた宙に浮いたまま陽斗を見上げた。




「……何やってるの?」


怪訝そうな顔で言われ、慌てて手は引っ込めた。



「あ、あはは。何でもない!それより…あの……」



「座って話そうか」



私の頭にポンと手を置き、部屋の中に入った陽斗の後を追いかけるようについていき席に座った。




「陽斗、ごめんなさい。言い訳になるけど、疲れが溜まってたみたいで昨日は酔いが早くて陽斗に連絡をするのを忘れてたの…

今度は気を付けるから…許してください…」



「…うん、俺こそごめん。真琴もいい大人だし、俺が過剰に干渉するのはやっぱり少し直さなきゃなって思った。

でも、夜道を一人大切な彼女が歩くのは心配だから、今度からはお願いします」



「分かった」




お互い目を合わせ照れくさそうに笑って、「よし。この話は終わり」と陽斗が手を叩き、私の隣に座った。



「ね、真琴。さっき頭冷やしてて思ったんだけど」



「なに?」



「一緒に暮らそうか」



満面の笑みで告げた陽斗を見上げ、驚きで開いた口が塞がらない。




「……え、ええーー!!頭冷やしててどうしてそうなったの」



「頭冷やしてたから思ったんだよ。真琴が心配なら一緒に暮らしちゃえばいいじゃんって。ここの賃貸もうすぐ更新だし、一緒に暮らせばお金も節約できるし、一石二鳥…いや、俺からすれば三鳥にもなるな…」



話が急展開過ぎて頭がパンクしそう!

同棲ってことだよね!

ってことは、陽斗は私との先の未来を考えてくれてる…?




「…あまり話したことなかったけど、陽斗は…その……」



陽斗は私の手を取り口元に持っていきながら



「もちろん結婚前提、だよ」



顔を覗き込まれながら言われ、胸がキュッと締め付けられた。




「だから、同棲してもっと俺のこと、知って?

好きになることも、嫌なことも含めてもっと知ってほしい。

俺ももっともっと真琴のこと知りたい。

もっと知って真琴にプロポーズして、その先の人生真琴の隣にいたい」




……ああ。もう、この人は―――



私は掴まれてる手を外して、陽斗の首元に腕を伸ばしギュッと抱きしめた。



―――私を喜ばせる天才だ。




「陽斗、それもうプロポーズしてるのと同じだよ」



「プロポーズはもっと雰囲気のいいとこでするから待ってて」



陽斗は私を抱きしめながら言い、私はクスリと笑った。

二人は自然に顔を近づけ、普段とは違った意味で甘いキスをした。

とても幸せで、胸の内がほわほわと温かい。








「陽斗、好きだよ」



「俺はもっと好きだ」




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理想的彼氏。 冬木 麻衣 @uw_mai2

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